第8話 犯人を挑発

 昼食後、私は乗務員室へ行った。

 従業員たちが私を待っていたようだった。大村さんが私の元へ駆け寄って来た。

「刑事さん、犯人からメールが届きました」

「メール! 見せて」

 12時08分にメールが届いていた。



  乗車時にもらった土産用の紙袋に金を入れて準備しておけ



「12時08分か、ついさっきね。私が食事していた時間か……。大村さん、誰か怪しい人を見なかった?」

「いえ、全く……」

「そう……」

 このまま現金の受け渡しを行って、降車のときに駅に来ているだろうN県警の応援に手荷物検査をしてもらおうかとも考えたが、抜き打ちで検査をするにも100人以上も乗客がいるので、それも難しいと思った。順番に検査を行っている最中に現金をどこかに置かれたり、あるいは捨てられたりして、結果、犯人逮捕に至らないことが考えられるからだ。

「こうなったら、コスプレショーを中止するしかないか」

「えっ、中止ですか? そんなことになったら、また怒られてしまいますぅぅぅぅ……」

 大村さんが泣きだした。

「大丈夫よ、緊急事態だから、事件解決後に警察から説明するから」

「ありがとうございますぅぅぅぅ……」

「では、アナウンスしてもらえますか? 人が多いから列車の中で暴れられたら困るとか理由をつけて」

 大村さんはマイク席に座ってしばらく目をつむってから、深呼吸した。

「~~パロンピロンポロン~~ 皆さま、12時30分から予定しておりましたコスプレショーですが、急遽中止とさせていただきます。鉄道安全管理局の通達によりますと、昨晩強い雨が降り、地盤が緩んでいるということです。本日は風が強いこともあり、列車の中で派手に動き回ったりすることにより、列車が脱線してしまう恐れがあります。楽しみにお待ちになっていたお客さまには大変申し訳ありませんが、コスプレショーは中止とさせていただきまちゅ。~~パロンピロンポロン~~」

 大村さんはまた言い間違いをしてしまった。“ます”ではなく、“まちゅ”と。

 私はすぐに乗務員室から出て二号車の展望車へ行き、座席に座った。乗客が数名、たぶん今のアナウンスに笑っていた。しかし、コスプレショーが中止になったことへの怒りなど誰も感じていないようだった。

 三号車からこちらにコスプレの格好をした人が数名来るのが見えた。大村さんを合わせて三名の乗務員が関東コスプレ同好会の人たちに説明をしている。

 中林さんが私に気づいて話しかけてきた。

「香崎さん、これどういうことなんですか? コスプレショーができるからこの列車を予約したんですよ。鉄道安全管理局のいうことに従わなきゃいけないんでしょうか?」

「申し訳ありません。われわれ鉄道会社は鉄道安全管理局の命令には従わなければなりません。人命第一に考えておりますので、どうかご理解いただけないでしょうか」

「んー、はい、そりゃそうですよね。何かあってからでは遅いですからね。文句を言う僕がおかしいですよね。すみませんでした」

 中林さんは三号車の方へ去って行った。他の人たちも仕方がないという様子で去って行った。


「私が予約を承ったときに、ちゃんと会社に伝えていればこんなことにはならなかったのにいいいぃぃぃぃぃ……おあぁぁぁぁ……」

「まあまあ、泣かないで。仕方がないんだから」

「ありがとうございますうぅぅぅぅ……」

 大村さんには少し気の毒だったが、これで犯人の行動を制限できたと考えた。

「どなたか、個室の渡辺さん一家を見に行ってもらえますか? 私は犯人に怪しまれるといけないので、どなたか、お願いします」

「では、私が行きましょうか」

 40代のベテランと思われる男性が名乗り出てくれた。

「はい、お願いします。ええっと、お名前は……」

「田辺です。渡辺と名前が似ているので、私が行きます」

「……はあ、はい……」

 理由はともかく、身長190cmくらいのガタイのいい車掌さんだったので、私は少しホッとした。

「犯人がこれからどう手を打ってくるか……まずは犯人からの連絡を待ちましょうか」

 乗務員たちは無言のまま頷いた。

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