32.前橋タク その11

 身体中に猛烈な違和感を覚えて目覚めた。そういえば電話したあとそのままベッドで寝てしまったかもしれないな。何だったかもう少しやることがあったような気がしたが……。


 俺は起き上がろうと思った。にもかかわらず全身が言うことを聞かない。仕方ないので記憶を辿ろうとする。


 ところが電話の他に何をしていたのか思い出そうとすると今まで感じたことのない頭痛に襲われた。


 いや違う、頭だけではない。身体の至るところが痛む。だんだんとはっきりしてきた意識に比例して痛みも大きくなっていく。




 どういうことだ、何が起きている? なんだこれは、夢?


 しかし、夢とは思えないほどの激痛を受けて現実だと確信する。ならばこの痛みは何だ。


 ようやく視界が輪郭を帯びてきた。目に入ったのは、真っ黒な夜空。なんだ俺は。外にいるのか? 周囲を確認しようと首を動かそうにも動いてくれない。辛うじて目線の端にオレンジ色のランプが点滅しているのを認識できた。


 あれは……車のハザードランプ?


 少しずつ意識が戻ってくる。ここは外か。もしかして俺は車に撥ねられたのか。なぜだ、そもそも俺は何をしていたんだ? そうだ、午前中からスズカと出かけていた。それから何人かと話をして、考えながら自宅に帰って調べものをしていたはず。




 そうだ! 俺は犯人がわかったんだ! 今は誰だか思い出せないけど、犯人を突き止めた記憶はある。


 それで電話をかけた。


 そう、犯人に。


 明日、会う約束を取り付けた。そのままベッドに倒れ込んで寝てしまったんだ。




 なのに、なのに。


 俺は外で夜空を見ながら倒れている。足、身体、首、痛くて動けねえ。左手は感覚すらないが右手はなんとか動くのがわかった。アスファルトの硬くて冷たい感触が今になって伝わってきた。


 同時に身体中に走る激痛が車との衝突だということもわかった。わかったというかトラックに撥ね飛ばされて宙を舞った感覚を思い出した。


 思い出せないのはただひとつ。俺がなぜこんな夜中に外出したのか、だ。電話をかけた後にベッドに倒れ込んだことまでは思い出せた。だが俺は外出した、なぜ?




「あれー? まだ意識があるみたいだー」




 語尾を伸ばした独特の声が聞こえた。


 その瞬間、すべて思い出した。犯人も。なぜ外にいるのかも。


 やっぱ俺には深夜に外出する理由なんてなかった。俺は眠ってしまった。そしてケイスケのように操られたんだ。




 まずいまずいまずいまずい、あいつが来る! 急がなければ。


 右手は動く。


 俺は右のポケットからスマートフォンを取り出し、操作を始める。意識が飛びそうなほどの首の痛みを無視して顔を画面に向ける。


「スマホ使ってるー。ダメだよタクー」


 声が近付いてくる。急げ急げ急げ急げ。右手にすべての感覚を集中させてスマートフォンを操作していく。


「そんなにしっかり手を動かせるんだー。もう助からないのにすごいなー。でも困るなー」


 声の主が走り出したのがわかる。これ以上は無理だ、俺は送信ボタンを押した。瞬間、右手を踏みつけられた。


「あーあ、送信されちゃったー。ちょっと見せてねー。どれどれ? お、スズカに送ってるんだねー。どっちにせよスズカも事故に遭ってもらうつもりだったけどー」


 俺のスマートフォンを取り上げ、操作し始める。


「送信した内容は……『にげろ、あやな、いるいか』。もしかしてバレてるー!? これは推測されちゃいそうだねー。それともスズカなら無理かなー、いやさすがにわかっちゃうよなー。参ったなー」


 いつもと変わらない調子で喋り続ける。右手を踏んでいた足を退けて俺のスマートフォンを持ったまま、目の前に顔を近付ける。




 星アヤナ。


 こいつが犯人だ。


「でもすごいよねー、私が異類会ってことまで知ってたのはびっくりしたよー」


 ちくしょう、こいつが、犯人なのに、やっと、突き止めたのに。直接電話なんて、しなきゃ、よかった。


「実を言うとねー、タクから電話来たとき、すでに私はタクの家のそばにいたんだよー。こっそり後をつけてきちゃったの。もしかしたら真相に近付かれるかもしれないなーって気がしてたからさー、殺そうと思ってたんだー。そしたら急に電話かかってきたからタイミングいいよねー」


 愕然とした。アヤナはもう俺を殺す気でいたのだ。


「お前の能力は、寝て、いる人を、あや、操る」


「それもわかってたんだー! すごーい。ただちょっとだけ発動が面倒でー、二十四時間以内に触れた相手しか操れないんだー。しかもー、操るときは30メートル以内に近付くのが条件だからねー」


 意識が薄れていく……。


「あ、この道もうすぐ誰か通りそうだから私帰るねー。そうそう、トラックの運転手は距離が長すぎて私の『ドリーム・ウォーカー』じゃあ操れないからさー、タクをタイミングよく飛び出させるの、苦労したんだー。もちろん運転手さんは一緒に来た人に手伝ってもらってるからもう死んでるよー」




 それじゃーねー、と言ってアヤナが去っていく。同時に痛みも薄らいできた。今になってようやく自分が夥しい出血をしていることがわかった。アヤナが右側から話しかけてきたのは俺の出血が右の方が少ないからだった。


 もうほとんど痛みがない。俺は死ぬのか。


 痛みがなくなる代わりに寒くなってきた。冬だし、道路に寝てるからな。


 あ、服が血で汚れちまってる。こんなに汚れてるんじゃあリメイクするの難しそうだな。


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