13.川口アンジュ その2

 配布された小論文の問題用紙を見ながら私は思い出す。


「『小論文』は150点満点、『面接』は50点満点。これを忘れてはいけません。あくまでもメインは『小論文』です」


 塾の国語講師は面接を意識しすぎるな、小論文に集中しろと何度も伝えてくれた。大学受験や卒論のように難解な単語を使う必要もないと話していた。


 他には……そうだ、時間はそれなりに余裕があるから慌てなくていいと言っていた。書き方は先生からお墨付きをもらったので心配していない。




 試験開始の合図が放送された。


 問題用紙はシンプルだ。表紙をめくると問題文がたったの二行に400字詰めの原稿用紙が三枚。これに収まるよう論文を書けばいい。


 私は問題文を何度も読む。内容がわかっていても何度も読む。繰り返し読んでいると「わかる」を越えて「腹に落ちる」という状態になる。こうなると一気に書くことが固まっていくのである。


 早く書きだそうとすると、自分の中の考えや文章構成があやふやになってしまう。すると書いては消し書いては消しという余計な作業が増える。




「『高校入学及び国家認定クラス選抜試験』における在宅受験について自由に論じなさい。ただし、原稿用紙の使い方に留意し、1000字から1200字以内に書くこと」




 これが今年のテーマ。「作文」と「論文」を混同させるのにうってつけの題目だ。勉強が得意でも苦手でも関係ない。違いを理解してないと、大きな減点になる部分である。




「作文」の場合。


「私は在宅受験はなくしてもいいと思う。なぜなら、周りの先輩や友人に聞いても在宅受験をしている人がいないからだ。それに在宅受験の方がカメラなどが必要でお金もかかりそうだ。だから在宅受験はなくてもいいと思う」というように書く。これが作文だ。


「思う」などの自分の感情を入れる。「先輩に聞く」などの自分の体験を入れる。これらが作文には重要な要素となる。




「小論文」の場合。


「在宅受験は必要ない。昨年度の受験データによると、在宅受験者は受験生の一割未満であった。さらに自宅で受験環境を整えるには全方位カメラや専用ソフトなどで五万円以上の費用が必要である」という書き方になる。これが論文。


「データや事実」などを活用し、感情は入れず客観的な視点で書く。自分の意見を断定的に書く。論文には他にも「常体で書く」とか「序論、本論、結論の流れで書く」とかがある。




 絶対のルールではないらしいが、受験において基本の型を守ることは大切だ。そうでないと減点される可能性もある。




 今回のテーマは「高国」。受験生は自分の経験を書きやすい。


 今まさに経験している最中だからだ。書く前にしっかり意見と構成をまとめておかないといけない。さもないと自分の思ったことをうっかり記述してしまう可能性も考えられる。




 私にとって『受験は夢』だ。


 ずっと1位を取りたかった私の夢。それを叶える場所だ。あと一歩のところまできている。あいつを、習志野ケイスケを越えて必ず1位を獲る。


 おそらく第一次選抜は私が負けている。


 一次選抜の結果は私にとって満足のいくものではあったが、習志野ケイスケは次元が違う。勝っているかもしれない、などどいう甘い予測は捨てている。


 悔しいけど、あいつは天才だ。


 それでも勝ちたい。




「高国」も上位の点数は公表される。


 第三次選抜まですべて終えた後。十日程度で、平均点やトップ100人の点数がネット上に公開されるのだ。模試と違ってイニシャルすら掲載されないが構わない。誰かに見てもらいたいのではなく、自分のためだ。




 そのためには全力を尽くす!


 私は深呼吸をして脳に意識を集中させる。脳が光って暖かくなるような感覚になる。


 私のネクスト能力は最もありふれたもの。


 ネクストに覚醒した者の中で、実に20%のネクストが私と同じ能力。


 強制的に「ゾーン」とか「フロー」とか言われる超集中状態に入れる能力。


 一日に一度だけ、持続時間も十五分程度という短時間。


 でもこの十五分だけ、私は習志野ケイスケを越える。




 声に出さずに口だけ動かして発動させた。


「コンペリング・フロー」

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