12.神保ヒロト その1

 僕はあまり目立ちたくない。そこそこの大学へ行って、そこそこの会社でそこそこ程度に出世して、人と争うことなく平凡に暮らしたい。


 まだ確定していないが、これまでネクストに目覚めていない自分に安堵しているくらいだ。


 僕が目指すのは「上の下」だ。それなりに上の方にいたいけれども、トップ層に混じって精神を削るほど苦労したくもない。


 そんな闘争心のなさが祟ったのか、高校は第一志望に受からなかった。合計で716点取れていたのに、第二志望になってしまった。僕としてはどっちの高校でもよかったが、親が悲しそうだったのでやっぱり受かりたかったという気持ちがなくもない。


 とはいえ、大事なのは高校より「国家認定クラス」で上のクラスになることだ。




「国家認定クラスは三段階あるんだ。一番上が『雪』、二番目は『月』、三番目が『花』。『雪月花』ってなるんだよ、おしゃれだろ? これはクラスの上中下がわかりにくいように配慮してるらしい。上中下って事実は変わらないのにな。ま、言葉尻を捉えて本質が見えない人がクレーム付けたらとこうなるよな。見栄えだけ綺麗に繕った結果、中身はそのままなのにわかりづらくなったってオチだ」


 担任の台詞である。あまり口がよろしくないので保護者とトラブルになることもあるらしいけど、僕は好きだ。


「年度によって少し変わるが、二日間の第一次選抜で平均点以下だと国家認定クラスは『花』。大体中3の半分弱だな。で、第二次選抜進んだ50%のうち、40%は『月』になる。残りの上位10%になると『雪』のクラスが確定して、第三次選抜に進む。ややこしいこと言ったけど、大体はこういうことだ」


 人差し指を立てて、小声になる。まとめるときの担任の癖だ。


「上位10%が雪!」


「真ん中40%が月!」


「下位45%が花!」


「残りの5%はネクストだったり特化型入試に受かったりしたやつ!」


「以上!」




 僕は『雪』のクラスに入りたい。実際にはそれぞれのクラスでさらに3ランクずつ細分化されているが、この際どうでもいい。むしろ『雪』の一番下がいい。


 そのためには今日、この第二次選抜を突破しなければならない。


 はっきり言って気分が乗らない。


「小論文」はまだいい。入門編みたいなレベルが中学小論文なのだから。


 気持ちが下がるのは、僕の嫌いな「面接」があるからだ。




 第二次選抜は三時間ぶっ通しで行われる。全員課題を与えられ、「小論文」がスタートする。


 その小論文の試験時間中に数名ずつ「面接」に呼ばれるのだ。面接が終わったらまた小論文の続きに取り掛かるという、これまでにないアクロバティックな入試である。


「自分の仕事中に突然上司に呼ばれたら途中でも上司のところへ行きます」


「上司の要件が終わったら席に戻り、自分の仕事を再開します」


「それと同じことだと言えます。そういった感覚を養うこともまた、社会に出る上で必要とされるべきではないでしょうか」


 これは当時の首相、林シンパチの言葉だそうだ。間違ってはいないが、「入試でわざわざやることか」と思ってしまう。


 実際に最初は賛否両論あったらしいが、受験する側も運営する側も時間の短縮になるということで採用。


 毎年特に問題なく実施されているみたいだ。反対意見もほぼなくなった。




 ただ、僕みたいな面接で緊張するタイプはきついだろう。試験が始まってすぐに呼ばれるなら、戻ってきてから集中して小論文に取り組める。


 だが、試験終了間際だったらどうするのか? ずっと緊張したまま小論文に取り組まなければならない。


 それがたまらなく嫌だった。先輩の話を聞く限り、マイナンバーや座席に関わらずランダムに呼ばれるようだ。なるべく早めに呼ばれるよう祈る。




 試験官が入室し、教室が緊張感に包まれる。


『受験は人生のお守り』だ。


 将来、平和で平凡な人生を送るためのお守りだ。乗り切ろう。心を固める。


 ああ、でもやっぱり面接は嫌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る