第18話 ファントムサイド


「旦那様。ヒースクリフでございます。お戻りになられたばかりで失礼いたします。」


なんとか日が沈まないうちに屋敷まで帰ってこれた私は、誰にも見つからずに自室に戻ってきた。


ふぅ。あまりのアンジェリカの魅力に、思わず帰るのを忘れそうになってしまった。


アンジェリカには嫌われているからな。私がクリスだと知ったらもうクリスとしてでも二度と会ってはくれないだろう。


それに、なによりもアンジェリカの前でファントムに戻ってしまえば、呪いの影響でアンジェリカに襲いかかってしまうだろうし。


なんとか、自室に戻ってきて安堵していたタイミングでヒースクリフがやってきた。


珍しいこともあるものだ。


基本的にヒースクリフは自分から話しかけるということをしない。こちらが呼んだ時のみくるのに。なにか、私の留守中にあったのだろうか?


「なにかあったのか?」


私は不思議に思いながらも問いかける。すると部屋の扉越しに、ヒースクリフが予想もしなかったことを言い出した。


「アンジェリカお嬢様がいらしています。」


「……はあ?」


ヒースクリフはいったい何を言っているのだろうか。ヒースクリフの言葉は耳に入ってきたはずなのに、脳が処理しきれない。


それほどのあり得ない言葉がヒースクリフの口から飛び出した。


「ですから、アンジェリカお嬢様がお見えになっております。」


「……なぜだ?」


信じられなくて、思わず声が低くなってしまう。だが、ヒースクリフは驚きもせずに淡々と続けた。


「旦那様を追いかけてきたそうです。」


「……はあ!?追いかけてきただとっ!!」


「はい。」


「なぜだ?今まで追いかけてきたことなどなかったのに。」


「それはわかりません。アンジェリカお嬢様に直接聞いていただけばと……。」


なぜアンジェリカは私を追ってきたのだろうか。


不思議に思って首を傾げる。いつもなら追いかけてなどこないのに。今日は、nあにかいつもと違うことがあっただろうか。


そう思って今日のことを振り替える。


最初に思い出したのはアンジェリカの笑顔だ。次に思い出したのはアンジェリカの頬の感触と、肌の甘さだ。


「……うむ。ん、んん!?んんんんっ!?」


そうして、思い出す。アンジェリカの頬の感触を堪能するまでにあった出来事を。


そういえば、アンジェリカはしきりに私に私の初恋の人のもとへと案内しろと言ってきたな。


もしかして、私がそれに頷いたとでも思ったのだろうか。


しかし、アンジェリカがついてきていたということを気づけなかった私もまぬけだ。


「……思い当たることがおありですか?」


ヒースクリフが私の反応に、確信したように問いかけてくる。


私はそれに頷いた。


「ああ。アンジェリカに私の初恋の人の元に案内するように言われた。」


「はあ……。それはアンジェリカお嬢様のことではないのですか?」


「ああ。だが、私はクリスの姿だったからな。伝わらなかったようだ。」


「……それで、誤解をしたアンジェリカお嬢様が旦那様が案内をしてくれると勘違いしたんですね。」


「どうやらそのようだ。」


アンジェリカの行動力には驚いた。まさか、クリスの後をずっとついてくるとは思わなかった。しかも、もうすぐ日暮れだというのに。


まったく、キャティエル伯爵はなにをしているんだ。年頃の女性を外にだしていい時間ではないだろうに。


「ヒースクリフ。アンジェリカをもてなしてやってくれ。それから馬車で送っていってくれないだろうか。」


「もちろんでございます。」


ヒースクリフは心得たとばかりに恭しく答えた。しかし、ヒースクリフはその場を辞さなかった。


「どうしたのだ?報告は以上か?」


私が不思議に思って問いかければ、珍しくヒースクリフが躊躇したそぶりを見せた。


「……アンジェリカお嬢様が明日もクリス様とお会いしたいと申しております。」


「それはいつもと変わらぬだろう。明日も私はアンジェリカの家にいく予定だ。」


なぜ、そんなわかりきったことでヒースクリフは躊躇していたのだろうか。


「いえ。そうではなく……侯爵家でクリス様にお会いしたいと申されております。」


「はあ!?なぜだ。いったい何があったのだ!?」


なにをどうしたら侯爵家でクリスに会うことになるというのだ。


むしろ、アンジェリカは侯爵家をというより、私を良く思っていなかったではないか。それなのに、なぜ侯爵家でクリスに会うということになるのだろうか。


アンジェリカの思考がよくわからない。


「たぶん、ですが。旦那様の初恋の人がこの屋敷内にいると思われているのではないでしょうか。」


「なぜそうなるっ!!……ってああ、そうか。クリスが案内したとアンジェリカは思っているわけか。」


「十中八九そうではないかと思われます。」


アンジェリカの言動から導き出される答えはそれしかない。


私の初恋の相手など……私が恋しく思う相手などアンジェリカしかいないというのに。


「旦那様。それで、アンジェリカお嬢様にはどうお伝えいたしましょうか。」


「もちろん、良いと答えておけ。どうせアンジェリカの探したい相手はここにはいないのだからな。なにもやましいことなど、ない。」


「かしこまりました。アンジェリカお嬢様にはそのようにお伝えいたします。それから……。」


「なんだ。まだあるのか?」


「今宵はアンジェリカお嬢様にお会いしますか?」


ヒースクリフは数秒考えた後、私にそう確認してきた。

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