第17話


「クリス、様に明日お会いになられるので、すか?」


「ええ。ダメかしら?」


驚きすぎているのか、ヒースクリフさんの言葉が変なところで途切れる。


そんなに驚くようなことだろうか。いや、驚くか。婚約者にではなく、婚約者の飼っている猫に会いに来たいというのだから。


「……旦那様に確認してまいります。しばらくこちらでお待ちください。」


日も落ちた時間のため、外で待たせておくのはまずいと思ったのか、ヒースクリフさんは屋敷の中に入れてくれた。そうして、応接室へと案内してくれた。


そうして、すぐにヒースクリフさんは応接室を出ていった。どうやら、侯爵に許可を取りにいったようだ。


「私まで、座ってもよかったのでしょうか。」


私の隣に座っているロザリーが困惑ぎみに確認してきた。


通常であれば、使用人は主と同じ席につくことを許されていない。


だから、ロザリーまでソファーに座っているのは不自然だ。だが、ヒースクリフさんは、ロザリーにもソファーに座るように促した。


なんでも女性を立たせて置くことはできないということだった。しかも、今は非公式の場だから臨機応変にということだった。


「いいんじゃないのかしら?他でもないヒースクリフさんが言うのだから。」


「は、はあ。」


「それより、クリスはお屋敷のどこにいるのかしら?応接室に来てくれないかしら?」


「そういえば、クリス様をお屋敷ないで見ませんでしたね。」


そう。侯爵の屋敷の中に入ればクリスに会えるかと思ったのだが、まだクリスに会えてはいない。


それどころか、この侯爵家には猫を飼っている気配がないのだ。


そのことに首をかしげているとノックの音とともに、女性の使用人が入室してきた。


使用人は静かに一礼するとティーセットを持って近づいてくる。


どうやらもてなしてくれるようだ。そんなに長居をするわけでもないのに。きっと、ヒースクリフさんが手配してくれたのだろう。


洗練された動作で目の前に紅茶と焼き菓子が置かれる。そうして、もう一度一礼すると「どうぞ、お召し上がりください。」という言葉と共に応接室から出ていった。


美味しそうな紅茶の匂いが鼻をくすぐる。


ぐぅーーー。


紅茶の匂いを嗅いだ瞬間に、自分がまだ夕食を食べていないことを思いだし、お腹の音が鳴ってしまった。


「アンジェリカお嬢様。せっかくですからいただきましょうか。」


ロザリーはそう促してきた。きっと、お腹の音が聞こえてしまっていたのだろう。


「ええ。そうね。」


私はにっこりと微笑みながら、とても良い香りのする紅茶に口をつけた。


「お待たせいたしました。」


紅茶に口をつけて一口飲んだところでヒースクリフさんが戻ってきた。意外と早い戻りだった。おかげで美味しそうな焼き菓子を食べ損ねてしまった。


「ああ。ゆっくりお召し上がりください。食べながらお話いたしましょうか。」


ヒースクリフさんは焼き菓子を見つめていた私の視線に気づいてそう言ってくれた。


私はそれに甘えて焼き菓子を口に含む。ほどよい甘さと、濃厚なバターの香りが口の中に広がった。


「美味しい……。」


今まで食べたどの焼き菓子よりも美味しかった。


「お口にあったようで安心いたしました。お土産も用意いたしますのでたくさんお食べください。こちらは旦那様も好んで食べる焼き菓子なんですよ。なので常に多目に常備しているんです。」


侯爵が焼き菓子を口にするなんて思っても見なかった。呪われているし、人前に出てこないので食事以外の間食はしないものだと思っていた。


「ああ。クリス様もその焼き菓子が好きなんですよ。明日も用意させますのでクリス様にも食べさせてあげてくださいね。」


そう言ってヒースクリフさんはにっこりと微笑んだ。


その言葉に私はハッとする。


「よろしいんですの?」


思わず声が弾んでしまう。だって、明日も焼き菓子を用意してくれるというし、クリスにあげてって言うんだもの。それってことは明日、侯爵家に来てもいいってことよね。


「ええ。日が昇ってからでしたらいつでもお越しください。お待ちしております。」


そう言って、ヒースクリフさんはにこやかに微笑んだ。


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