第16話

「……クリスが侯爵家の猫ですって?」


「あ、アンジェリカお嬢様っ!?」


思わず隠れていたのも忘れてヒースクリフさんの前に飛び出してしまった。


このような時間に出歩いていることを咎められても仕方がない。だって。クリスが関わっていることなんだもの。


「アンジェリカお嬢様。なぜ、こちらに……?」


ヒースクリフさんはビックリとした表情を隠すことなく問いかけてくる。


確かに年頃の令嬢が出歩くような時間ではない。ましては、侯爵家まで猫を追いかけてきたなんて驚くのも無理はないだろう。


「クリスが侯爵家の猫。あの、クリスが……。では、あの晩餐会の時のドレスも侯爵家で用意してくださったものなの?」


「……ええ。旦那様の命令でドレス一式を贈らせていただきました。」


「クリスは侯爵様と会話をすることができるの?それとも、クリスはあなたと会話できるの?」


今までクリスに侯爵とは結婚したくない。結婚するならクリスとがいいと言っていたのが侯爵の耳にも入っているのだろうか。


だから、侯爵は私に会うのも嫌だった。とか?


それだったら自業自得じゃない。侯爵に嫌われているのも頷けるわ。


「……クリス様とは会話はできません。ですが、アンジェリカお嬢様の身辺を少し調べさせていただきました。いくら国王へ以下からの命令とは言え、ある程度のことは調べさせていただきました。申しわけございません。そのなかで経済状況がきになり、来てくるドレスにも困っているのではないかと思った次第でございます。決してクリス様と会話をしたというわけでは……。」


ヒースクリフさんはそう言って頭を下げた。


別にヒースクリフさんに謝って欲しい訳じゃない。それに、結婚相手のことを調べるのは普通だろう。それが侯爵ともいう地位があればなおさらだ。


「いいえ。謝らなくても良いのです。むしろ謝らなくてはいけないのは私の方です。クリスが侯爵家の猫とは知らずに私は……。」


侯爵家で飼われている猫にずいぶんと気安い態度をとってしまった。そのことにたいして侯爵から怒りをかわなければいいんだけれども。


でも、ちょっと待って。クリスが侯爵家の猫だということは、私が侯爵と結婚んすれば、クリスと一緒に暮らせるということ?


なにそれ。すっごく魅力的なんだけど。


よるもクリスと一緒のベッドで眠れるのよね?あのふわふわの暖かいクリスと一緒にベッドで寝ることができるのよね?

夢だったのよね。お気に入りの猫と一緒に眠るのって。それが、叶うの?


侯爵と結婚すればそれが叶うというの?


幸いにも、侯爵は侯爵家の使用人が好きなようだし、私がクリスとずっと一緒にいても構わないわよね?


侯爵は好きな相手と過ごしている間に私がクリスと過ごしていたっていいよね?問題ないわよね?お互い様だよね?


「……アンジェリカお嬢様?なにか、変なことを考えていませんか?」


クリスとの今後のことを考えていたら、表情にでていたのかロザリーに突っ込まれてしまった。


「えっ。いや、あの……。」


「どうせアンジェリカお嬢様のことです。侯爵と結婚すればクリスに添い寝してもらえると思ったのでしょう?昼も夜もクリスとずっと一緒にいられると思ったのでしょう?」


「うっ。」


さすが長年私の侍女をしているだけある。ロザリーには私が考えていることなど筒抜けのようだ。


「えっ?クリス……様、と?添い寝?え?」


それに対してヒースクリフさんは驚きを隠せないようで、言葉が上手く口に出せないようでどもってしまっている。


「悪いですか。クリスに添い寝してもらうことが私の夢なのですっ。」


知られてしまったからには仕方がない。ここはキッパリと宣言させてもらう。だって、夢なんだもの。


もし、これで侯爵家の人間にふさわしくないと言われたら、せめてクリスを譲ってくれないか聞いてみよう。ダメかもしれないけど。でも、侯爵の呪いを解いたって功績ができれば、もしかしたらクリスを譲ってくれるかもしれない。


今までは侯爵の呪いを解く目的が侯爵との婚約の解消だったけれど、今日からはクリスを譲ってもらうことが目的に変更だ。


婚約解消をこちらから提案してしまったらクリスに会えなくなるかもしれないしね。


「そ、そうですか。クリス様、と添い寝。……そんなこと聞いたら旦那様が飛び上がって喜びそうですね。」


熱くクリスといかに添い寝がしたいかをヒースクリフさんに伝えたところ、そんな答えが帰ってきた。


「……侯爵様が喜ばれるですか?」


ロザリーがヒースクリフさんの言葉に突っ込んだ。


確かに私もそこにはつっこみたかった。自分の嫁になるかもしれない人物が、自分の飼っている猫に添い寝したいと熱弁されて喜ぶだなんて。そんなの聞いたことないんですけど。


むしろ、今までの婚約者候補の人たちはそんなことを言ったら確実に引いた。


「あ、いえ。今のは私の失言です。申し訳ございません。えっと。もう遅いですし、馬車で送らせていただきます。」


ヒースクリフさんはこれ以上ボロを出してはいけないと思ったのか、そう提案してきた。


どうやらさっさと帰れと言うことらしい。


本当はここに侯爵の初恋の人がいるらしいから調べたいんだけど。でも、こんな時間にお邪魔をするのは確かにおかしい。それに、クリスがここの猫だっていうことがわかったんだし。


ここは、明日からクリスに会いにこの屋敷に訪れればいいわよね。別に侯爵がいなくたってクリスがいるもの。


「馬車を出してくださるの?ありがとうございます。あの、厚かましい申し出かもしれませんが、ヒースクリフさんにお願いがございます。私、明日からクリスに会いにこちらにうかがってもよろしいでしょうか?屋敷にあげてくれとは申しません。庭の片隅で構いませんので、クリスと一緒にいたいのです。」


勇気を出して聞いてみると、ヒースクリフさんはカチンッと固まってしまった。

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