第13話 十一匹目
餌やりを続けていた○○さんは数年前に亡くなった。市役所に勤める同期が言うには(守秘義務があるみたいで全部は教えてくれなかったのだが)借金があり、ガラの悪い連中が取り立てに来ていたのだとか。土地を処分したのは借金の返却のためだったのだろう。
「だったら猫に餌を与えるどころじゃないだろうに」
叔父の猫捨て日記にも金融業者に追われる○○さんの事が書いてあった。
―――〇月○日、いかにも『借金の取り立てでござい』みたいな連中が「○○さんが来ていないか」と聞いてきた―――
○○さん宅へ取立てに行った借金取りが居留守でもされたのだろう。行政が用意したアパートは生活困窮者が集う場所で警察官の立ち寄り場所になっている。闇金業者はアパートではなくて餌やり場へ来るのを狙っていたようだ。
―――○○さんはパートへ出かける時とパート帰りに餌やりに来ている。それ以外は火・金のゴミの日に来ると伝えたら「おんちゃん、おおきに」と千円札を握らせてた。「何か茶菓子でも買うてくれや」と言われたが、恐らく口止め料だろう。ありがたく頂戴する―――
叔父宅からは○○宅が見える。口止め料を貰った叔父は金融業者に張り込み場所を提供し、時には金融業者をもてなしたりもしていたようだ。
―――猫を捕まえた日は○○さんが近所を覗きまわる。そこを狙ってはどうかと提案しようと思っていたら十一匹目を捕まえた。○○さん宅に出入りしている猫かはわからない。ただ、○○さん以外に放し飼いしている猫飼いは近所に居ない。可能性はゼロではないから金融業者に連絡を入れた―――
金融業者はすぐに叔父宅で張り込み、猫を探しての軒先や床下を覗いていた○○さんを捕まえた様だ。
―――○○さんは黒い乗用車に乗せられてどこかへ行った。さて、私も猫を捨てに出発だ。春だから桜が咲いている。B湖岸の桜を観がてら猫を捨てに行こう―――
B湖岸の桜は叔父宅から二十キロほど離れた在所にある。やはり猫が自力で帰って来れる場所ではない。
―――捕まえたのは若い猫、毛は白に黒い模様。ハチワレではなくてパンダみたいと表現すればよいのだろうか、よく似た猫が○○さん宅前に寝転がっていた気がする―――
若い猫は猫捨ての道中に鳴くことが多いらしく、トランクの中から泣き声が聞こえ続けていたようだ。
―――桜の名所○○を過ぎて××峠を上り、展望台で放した。カゴから出て少し走ったが自分がどこに居るのかわからないのだろう。引き返して来てニャーニャーとすり寄ってきた―――
すり寄られた叔父が猫を連れて帰るとは思えない。日記を読み進めたら案の定見捨てて帰る叔父の様子が記されていた。
―――すり寄ってきた猫の首根っこを掴んで展望台下に投げた。空中で姿勢を整えて下の道路へ着地していたから大丈夫。缶コーヒーを買って景色を眺めてから帰った。峠のダウンヒルで若い頃を思い出して少し張り切ってしまった―――
展望台から猫を捨てたのは予想通りだった、だが、叔父が若い頃に峠道を攻めていたことは初めて知った。こっちの方が驚きである。
―――やはりGTにするべきだったか―――
当時は今と違ってセダンタイプが多く、ファミリーカーの車体なのにDOHCエンジンを積んだグレードが用意されていた車種もあった。叔父が乗っていたのは普通のセダンだったと思う。
―――とにかく餌やりをする○○さんは居なくなった。これで我が家の家庭菜園を荒らす猫は減るだろう。よかったよかった―――
○○さん宅が取り壊されて更地になったのはこの数か月後。屋根が落ちて廃墟と化してた○○さん宅が壊されて地域の住民は安どしたと記されていた。
だが、餌やりをしていた○○さんが居なくなったから猫もすぐに居なくなるわけでは無く、叔父の猫捨てはまだ続くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます