第12話ー⑤


 紅茶をゴクゴクイッキ飲み! 


 ぷっはぁ!

 よし飲んだ! 立ち去る!


「すぐにおかわりの準備をしますので」


 ちょっとじぃやぁ……。既に三杯飲んでるのお。お腹たぷんたぷんだよお。


 もはや意気消沈。打つ手なしの泣きモード。


 ここまで状況が揃うと、爺やさんが俺をこの場に留まらせようとしているのは明白だった。


 きっと真白色さんが連絡したのだろう。

 俺が此処に居るから持て成してあげてと。


 さしずめ、主の言いつけを遂行するガーディアン。


「おいお前!! いい加減にしろよ? スポドリみたいにガブガブ飲みやがって。見苦しいんだよ。紅茶の嗜み方も知らぬ庶民以下のクズがァ!」


 生徒会長のイラつきも限界に達しているようで……。テーブルをドンッとしてきた。


「の、喉乾いちゃって! 最近暑いですからね! あははぁ……」


「だからァ!! 馴れ馴れしいんだよ!! お前はァ!!」


 そしてついに……。

 バサッと立ち上がると胸ぐらを掴んできた。


 ひぃ……。なんでこんなことに……。

 これでも珈琲屋さんでバイトしてます! 嗜み方の心得はありますよ! 貧乏舌だけど! とか言ってれば良かったのかな……。


 いや。これはもう、そういう問題じゃない……。俺が生徒会長と相席をする限り、避けては通れぬ道……。



「とっとと失せろよ!! なんなんだよ、お前!!」


 そのまま放り投げられるように、突き飛ばされてしまった。


 ついに言葉だけでなく、行動でも示してきた。


 あぁ、これは転ぶな。尻もちついてズドンのやつだ。


 で、その後どうするの? 席に戻ってまた紅茶飲む? いや、さすがにもう……やばいだろ。


 走って逃げたほうが、幾分マシなのでは……。


 そんなことを思っていると──。


 尻もちをつくはずだった俺の体に衝撃が走る──!


 ──ぽよよ~ん!


 ショックを吸収しつつも跳ね返すだけの弾力を持ち合わせた柔らかなものが背中を包み込んだ。


 ドクンッ──!


 俺はこの柔らかさを知っていた。身体が覚えている。──ま、ま、ましゅまろ!



「ごめんなさい。こんなことになっているとは気づかなくて」


 ま、真白色ひゃん!

 転びそうな俺の体を受け止めてくれていた!


 俺の両肩に手を乗せ、ささやき声でお耳ゾクッ。ゾクゾクッ。


「もう、大丈夫だからね」


 そう言うと俺と生徒会長の間に割って入るように、俺を背に隠し守るように──。前へと出た。


 その後ろ姿は可憐に美しく。どこか儚げで、普段通りの凛々しい真白色さんだった。


 そして──。


「愚図だとは思っていたけれど、屑でもあったようね。私、彼には構うなって言ったよね?」


「か、楓……!」

「馴れ馴れしく名前で呼ぶなとも言ったわよね? 記憶力はノミ以下だったかしら」


「……くぅっ」


 ま、真白色ひゃん!

 わぁ! カックィィなぁ!


 唖然と立ち尽くす生徒会長にシメの一言が炸裂する。


「邪魔」


 ひぇっ。まるで氷だ。

 生徒会長はおののくように尻餅をついてしまった。


「ほら、恋夜くん。座りましょ?」

「は、はい……!」


 言われるがまま席に座ると、尻餅をつく生徒会長をよそに、ティータイムはスタートした。



 そんな状況を生徒会長が受け入れるわけもなく──。


 起き上がるとすぐに真白色さんの腕を掴んだ。


「いいかげんにしろよ。目、覚ませよ!」


「この手はなに? 誰の断りがあって私に触れているの? 死にたいの?」


「す、すまない」


 生徒会長はサッと手を放した。


 ここまで状況が揃うと、二人のパワーバランスは明白だった。


 真白色さんのほうが圧倒的に上!


 本当に真白色さんって何者なんだろうか。何度目かわからない疑問を抱くも、それを知る術はない。……S級お嬢様。三軍ベンチの情報網はここが限界。



「はぁ。せっかく今日は良い気分だったのに。汚れてしまったわ」


 そう言うと生徒会長が触れた部分をパッパッと手で払った。まるでバイ菌を払うかのように。


 目の前で広がる光景に息を飲んだ。

 ついさっき、真白色さんの手をにぎにぎぎゅっぎゅした。体中の至るところを押し付けてしまった。


 俺、死ぬの? 百回死んでも許されないくらい触っちゃってるけど……。


 心の中で“あわあわあわわ”するも、二人の会話は続いた──。



「そんな男のどこがいいんだ! 良識も立場も持ち合わせていなければ、なにか秀でるものがあるわけでもない。こんな男と一緒に居るともなれば、お前の価値さえも落としかねないんだぞ!」


 生徒会長の言うことは間違っていない。間違っていないからこそ、もどかしい。


 偽装カップルなんです。

 本当に付き合ってるワケじゃないんです!



「そうね。少なくとも、人を肩書や立場でしか見れない人よりはずっといいわ。あなたが好意を寄せているのは私ではなく、真白色楓でしょう。皆、そう。……もううんざりなのよ」


「なにをわけのわからないことを言っているんだ? 楓は楓だろ……?」


 うん。俺も生徒会長と同意見!

 ひょっとして真白色さんって、影武者とか? いやいや、戦国武将じゃあるまいし!


 生徒会長は何一つ間違えたことは言っていない。最初からずっと。

 本来、神域である此処に、俺が足を踏み入れている事自体タブーなのだから。


「言葉の意味すらもわからないのね。それが彼とあなたとの決定的な差よ。わかったらさっさと立ち去りなさい。これ以上、私にあなたと同じ空気を吸わせるつもり?」


「俺がこいつに劣っていると言うのか? 冗談にしては笑えないぞ? こんなやつに……。俺のどこが劣っているって言うんだ!」


 俺を指さしてきた。

 俺も生徒会長と同意見だょ! これはもうバラしたほうがいいんじゃない? 色々と無理があるよ……。


「はぁ。本当にしつこい男。見苦しいを通り越して鬱陶しいわね。この際、はっきりさせましょうか。ねっ、恋夜くん? あなたの口から教えてあげたらどうかしら」


 え。ちょっと待って。

 俺もその言葉の意味、わからないんだけど……。


 俺はずっと生徒会長と同意見だよ?!

 その俺がわかるはずなくない?!


「そ、そうですね! はっきりさせましょう!」


 とは言え、偽装カップル。

 彼氏たる振る舞いは欠かせない。


 欠かせないけど……。え、俺が生徒会長よりも勝っている部分? なにひとつ無いんだけど……。


 生徒会長が目を見開き俺を睨みつけてきた。


「そうか。そういうことか。お前!! だから俺に舐めた態度を取れたわけか! 心の中では俺を劣った奴と嘲笑ってわけだな? ああ?」


 違う! 違うよ生徒会長!

 あぁ、もうだめだ。いっそ全部バラすか?


 いや、そんなこと真白色さんが許すはずがない。


 詰んだ。これ、もう詰んじゃったよね……。


 すべてを諦めかけたとき、目に閃光が走った。


 ま、眩しい!

 眼鏡から垂れ下がるチェーンが太陽の光に反射──。


 こ、これは! シャイニングジーヤ!


 爺やさんがメガネをクイッとしていた。そして待ったをかけるように言葉を遮った。


「お嬢様。差し出がましい事、承知の上で申し上げます。いつまで壁に向かって独り言を垂れているのでしょうか。紅茶が冷めてしまいますよ」


 さっきまで散々な対応をして来た爺やさんから、まさかの助け舟キター!


「あら、本当ね。彼のことになるとつい周りが見えなくなってしまうのは悪い癖ね」


 真白色さんもその船に乗った!



「壁……? お、俺を居ない者扱いするのか? 嘘だよな?」


 愕然とする生徒会長に追い打ちをかけるように、爺やさんは続けた。


「おや、テーブルの上にゴミが」


 そう言うと爺やさんは生徒会長が座っていた席に置かれる、ノートパソコンを容赦なく地面へと投げ捨てた。


 これには生徒会長も慌てたが、無残にも“ガッシャーン”と地面に落ちてしまった。


「お、俺のパソコンが……。あ、あぁ……」


 生徒会長の表情が青冷めたものに変わる。


 画面を開くと惨たらしくも割れていた。完全に壊れている。


 しかし──。


「良かった壊れてない……!」


 いや、どう見ても壊れてるけど……。データは無事とかそういう意味だろうか。


 やはり、住む世界が違う。

 俺だったらパソコンが壊れたことに発狂する。それこそ弁償してくれって騒いでしまうかもしれない。


 でも、データが無事ならノーダメージ。


 俺がこの人に勝ってるところなんて、何一つ思い浮かばないよ……。



 そうして──。


「夢崎恋夜……。俺はお前のことを認めないからな……。なにがあっても絶対に……」


 捨て台詞のように吐くと、生徒会長は去って行った。


 大きなシコリを残して──。

 





 ☆


「爺や。あなたがついて居ながらどうして? 少しお遊びが過ぎるんじゃなくて?」


 生徒会長が去ると、真白色さんは感情を露わにした。


「ええ。見ているだけのつもりでしたが、結婚は好き同士でするものだと啖呵を切っておりましたので。つい、ご助力をと思いまして」


 は……?


 ちょっと爺やさん!!

 啖呵なんか切ってないよ! 本音がポロリしただけ! 話を盛らないで!


「あらっ。そ、そうだったのね。あの男、そんなくだらないことまで話したのね。そしたら私、かえって邪魔をしてしまったのかしら」


「左様でございます。あと数分、来るのが遅ければ面白いものが見えましたよ。あの名家、龍王寺家のご子息にも臆せぬ態度、さすがはお嬢様がお選びになったご学友」


 ちょっと爺やさん?!

 本当に話を盛り過ぎてないか?!


 この人ひょっとして、ガーディアンではなくバーサーカーなのでは……?


「なによそれ。……今後二度と、無理はさせないで。恋夜くんはそういう人じゃないんだから」


「かしこまりました。しかしながら少々、無自覚ゆえに女関係がズサンなのは鼻につきますが」


「爺や! 用が済んだのなら立ち去りなさい!」


 真白色さんは慌てた様子で席から立ち上がると、入り口を指差した。


「これはこれは失礼しました。また何かございましたら何なりとお申し付けください。では」


 そう言うと爺やさんはスッと風のように姿を消した。


 なんだろうか。今、爺やさんがとっても意味深なことを言っていた気がする──。


 女関係がズサン……?


 生徒会長のことかな。校内モテ男アンケート不動の一位は伊達じゃないってことかな。


 それじゃあ真白色さんに毛嫌いされても仕方ない。自業自得だぜ、生徒会長さんよ!


 事の顛末の経緯がわかり、心が晴れやかになるも、なにやら真白色さんは気まずそうにしていた。


 な、なにごと?!


「爺やは考えが古い人間だから。あまり気にしないでね。別に私は、あなたが誰と喋ろうと仲良くしようとも、寛大な心で見てみぬフリをするから安心してちょうだい」


 

 さ、さっきの話、俺のこと──!


 脳内に衝撃が走る。

 待て待て。俺? 俺の女関係がズサンだって?


 校内非モテ男アンケートがあったのなら、トップ10に名を連ねる自信のある俺が?!


 ……待て。思考を凝らすんだ。少し前に似たようなことを言われた気がする。


 カス……。カスだ!


 そういえば一軍女子たちに口を酸っぱくして言われた。

 なぁなぁにする男はカスと言っていた!


 嫉妬前提の話だったけど、偽装カップルとしてはあるまじき行い!


 そうだよそうだよ。これだよ!


 クラスの女子と親しげに話すのはよくないってことだ!



「わかりました! 俺、真白色さんの彼氏として、今後は十二分に気をつけますので!!」


「べ、別に私は仲良くするなって言ってるわけじゃないのよ。何を勝手に誤解して」


「いいえ。俺、彼氏としてもっとちゃんと、しっかりしたいんです。でも、お恥ずかしい話、恋愛経験とかなくて……。なので! もし俺がトンチンカンなことをしていたら、その都度教えてください! 真白色さんのことを誰よりも一番にしたいので!」


 そう。カノジョファーストこそがカレシの役目!


「も、もぉ……。なんなの本当に……。今日の恋夜くんは色々と強引過ぎて……困る……」


「す、すみません。でも! 俺の気持ちは変わらないので! 気軽になんでも! 言ってください!」


「……うん。わかった」


 あ、あれぇ……。

 高潔で高潔で気品溢れる真白色さんが、もじもじしていて妙に可愛らしく見える。……色々なことがあり過ぎて目が疲れて来ちゃったかな……。


 でもなんだろうか。不思議と俺と真白色さんを包み込む空気が普段よりずっと、温かなものになった気がする。


 ゆっくりだけど、確実に。一歩ずつ。カップルっぽさが出ているのかな──。



 ☆


 そんな温かな空気に拍車をかけるように、真白色さんは俺の隣に椅子を持ってきた。


 このシチュエーションには覚えがあった。


 予行練習で殆ど毎日、お目に掛かっている。二人きりなのにダイニングテーブルに並んで座る的なやつ!


 知っているからこそ、異様な事態だと即座に気づく──。


 どどど、どーしたの真白色さん?!


 スプーンはひとつ?

 ティーカップはひとつ?


 いやいやいや。いや! そんなまさか!


 と思ってすぐに──。

 肘から二の腕に掛けて、柔らかな温かみを感じた。


 ま、ま、ま、ましゅまろ──!


 なにがどうしてこうなった。突然どうしてこうなった。なにひとつ理解が追いつかないまま、鼓動は最高潮に──。


 そして真白色さんは静かに口を開いた。

 

「……あのね、さっきも言ったけど、まだ早いと思うのよ。私だってあなたと同じで初めてになるの。……そのこと、わかってる?」



 初めて……。校内友だち追加バージンか!


 まさか真白色さんもバージンだったなんて……。

 いや、でもそうか。真白色さんの連絡先を知っている人なんて聞いたことがない。


 ってことは、お互い初めて同士……!


「すみません! そうとは知らず勝手なことを……。本当にすみません!」


「ちょ、ちょっとなによそれ……。当たり前じゃない。私のことをなんだと思ってるのよぉ……」


 そう言うと俺の腕にぎゅうっと顔を埋めてきた。


 えぇぇぇええ!


 だって! 俺と違って人気者だし、そりゃまさかにも思わないよ!!


 でもそうなると……。


 真白色さんは今日まで誰とも連絡先を交換してこなかった。それがどれだけのことかを俺は知っている。


 形はだいぶ違うけど、真白色さんも俺と似たような高校生活を送ってきたのかもしれない。


 もう高二の夏になろうとしている──。


 でも、まだ高ニの夏。時間はたっぷりある。焦る必要も急ぐ必要もない。だから──。


「急かしたみたいになって、すみません。真白色さんの気持ちをなによりも一番に大切にしたいです。なので、焦らずゆっくり。その日が来るのを、俺はいつまででも待ちますから! この気持ちはずっと、変わりませんので!」



 違う──。こんなのは詭弁だ。

 俺は二番目でも三番目でもいい。それこそ百番目でもいい。


 思ってしまったんだ。高ニの今日に至るまで、校内の誰とも連絡先を交換できなかった、その全てがチャラになるって。


 この日のために繋がってたんだって──。


 だから俺は、待つ。たとえ一番じゃなくても。百番目だとしても──。


 俺の初めてだけは、君に捧げたい。この気持ちだけは、もう……なにがあっても絶対に揺るがない!


 

 ──本心を隠し、詭弁を振るったからなのか。はたまた、天罰なのか。


 事態は思いがけない方向へと舵が切られてしまう。




 ☆


「それなら……。幼馴染との関係をどうにかしてよ。葉山はやま葉月はづきさんだったかしら。いきなりどうこうしろとは言わないけれど、私との今後を考えるのなら、縁を切ってもらいたい」


「……え」


 葉月の名前をどうして知っているんだ。そ、それもフルネーム。


「嫌なら無理にとは言わない。あくまで、私との今後を大切に思ってくれるのなら、ってだけの話」


 大切……に。


 俺は考えていなかった。偽装カップルが校内だけではなく、校外、しいては私生活にも影響を及ぼすことを。


 葉月と縁を切る……?


 そんな……。それこそ本当に、一度も考えたことなんて、なかった──。


「少し重いかしら。でも、初めてを捧げるのなら、私だけを見てほしいの。……そうじゃなければ、初めてはあげられない。引き合いに出すのは少しズルい気もするけど。当たり前のことだと思うのよ」


 当たり前……なのか?


 葉月と縁を切って、真白色さんと連絡先を交換するなんて、できない。


 できるわけが……ない。


「少し暗い話になってしまったわね。じゃあ連絡先を交換しましょうか。なかなかこういう話題にならなくて、正直どうしようかとも思っていたのよ」



 あ……れ……? あ……れれ……?


 俺、葉月とは縁切れないよ?!

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