第13話ー① ぎゅってして。抱きしめて──。


「またスマホ見てるし。今日多くない? せっかくの放課後デートなのに」


「あ、悪い。もう見ないから」


 昨日に続き、今日も学校帰りに夏恋とスーパーに来ていた。卵の安売りを口実に──。


 普段ならデート気分で、今という時間を楽しむ場面。


 でも、俺の心は上の空だった。


 嘘のような現実がスマホ画面に映し出されるから。……だから、何度も確認してしまう。


 これは夢なのではないかと、確かめるために……何度も、何度も、何度も!! さっきからずっと事ある毎に何度も!!


 だだだだ、だって!

 真白色さんの連絡先が俺のスマホに入ってるのだから!!


 紛れもなく由々しき事態だ。


 初めて同士で執り行われたはずの、友だち追加。しいては、校内友だち追加バージン。


 それなのに真白色さんは小慣れた様子で、初めてなど微塵も感じさせず、むしろ俺を手解きするように、優しく教えてくれた──。


 “葉月と縁を切らなければ、初めてはあげられない”


 脳裏を駆け巡る言葉──。


 もらっちゃったよ?! 前払いなの?!


 いっそ、前払いしたから縁を切りなさいと言われれば、まだよかった。


 そうじゃないからミステリー。


 話の前後が噛み合わない不確かな世界──。


 世界線の移動でも行われたのだろうか。本当にここは、かつて俺が居た世界なのだろうか……?



 そんなこんなで、俺の心は上の空──。





 ☆


 会計を済ませ、品物をエコバックに移していると夏恋がムスッとした声で言った。


「天使様から連絡来ないんですかー?」


 あ。すっかり忘れてた。

 あれっきり、今日で二日目。そろそろ局面的にヤバイを意識する頃。


 来週はシフトも被ってるし、このまま顔を合わすのはちょっと気まずいかも……。


「まだ、来てないな……」


「ふぅん。そっか。本当に勝手な女ですね。……許せないな」


 なんていう邪悪な目をするんだ!

 まるで葉月の話題を振ってしまったときのような、危うさ!


 応援するだとかなんだとか言ってなかったか……。


「あのな、柊木さんは別に、なんともな? お前が怒るようなことはなにもないだろ?」


「はぁー? 大アリですからッ! だってそうじゃん。予行練習中だって言うのに、天使様からの連絡ばっか気にしてる。わたしからしたらいい迷惑ですよ! 放課後デートをこんなにも蔑ろにされて。あーもぉ最悪です。ありえないですッ!」


 おぉ、なるほど!

 これが嫉妬というやつか! ドキッとするし、嬉しくもなっちゃうな!


 まっ、予行練習だからな。


 後輩彼女としてのポジショントーク。


 でも確かにそうだよなぁ。デート中に、こんなにも頻繁にスマホを触るのはだめだ。


「これからは気をつける、というか二度としない!」


「そーしてください。まっ、鈴音ちゃんからの連絡を待っているのなら、応援しますけどね?」


 夏恋の涼風さん推しは尚も継続中。


 俺の今の悩み。葉月と縁を切れないのに真白色さんと連絡先を交換してしまったこと。


 こんな悩み、夏恋に相談できるわけがない。

 葉月の話題はタブーだし、言ったところで確実に「縁切れ」と言ってくるに違いない。


 こんなときだからこそ、夏恋に色々聞いてもらいたいのに。それが、できない……。


 …………はぁ。つら。



「なにその顔……。そんな顔しないでよ……」


 え。俺いま、どんな顔してたんだ……。わからない。けど、なんかまずい雰囲気なのはわかる。


「お、おう。悪い。なんともないからな! なんとも、な!」


「……天使様可愛いもんね。先輩が夢中になるのも仕方ないか……」


「な、何言ってんだよ、お前?!」


「隠さなくてもいいのに。……天使様って今日、バイトのシフト入ってるんですかぁ?」


「今日は出勤の日だけど、なんでだ?」


 話の雲行きが怪しい……。


「だったら店長に聞いてみたらどうですかね! 天使様元気にしてますかー? って。さすがに二日も連絡来ないと心配しちゃいますよね。事故とか? 事件とか?」


 あぁこれは……。完全に誤解されてる。

 俺が柊木さんのことで悩んでいると思ってやがる……。つーか、たぶん。シフトに穴ができたら店長から連絡来るはずだから、柊木さんは高確率で元気にやってる。


 って言うと、夏恋は怒りそうだから……。とりあえず、話を流すか。


「むりむり! 店長には彼氏のフリしてることは言ってないから! むしろバレたらおっかないことになりそう」


「なら客を装ってお店に電話しちゃいましょう! 天使様が出るかも?」


「や、やめてくれ夏恋……。その気持ちだけで嬉しいから。俺なら大丈夫だから!」


 これはちょっと、いやだいぶ……。まずいかもしれない。


「これは典型的な意気地なしですねー。そんなんだから彼女ができないんですよッ!」


「お、おう……。もうそれでいいから、この話は終わりな」


「はいはいそーですかそーですか。わかりましたよーッ!」


 プクッとムクれる様子からは、なにもわかってくれていないことが感じとれる。


 俺が柊木さんに夢中で、思い悩んでいると、完全に誤解されている……。


 確かに魅力的で素敵な人だけど……。


 彼氏のフリだし、お役目を与えられてるだけに過ぎないからな。


 恋愛感情を抱き、夢中になったりなんかしたら……。それは柊木さんに対して、裏切り行為に等しい。


 葉月との恋人ごっこで培った精神は確かなもの。彼氏のフリ如きで誤解する俺ではない!


 けど、夏恋が抱いてしまった誤解は厄介だ……。


 どうしてこうなった……?

 いや……。そんなの決まってる。葉月の話題を出せないからだ。


 真白色さんと葉月とのことで悩んでいた時間、その全てが“柊木さんへの馳せる想い”として受け取られてしまった。


 どうすんの、これ……。


 他でもないお前に、こんな誤解をされるなんて……。何やってんだよ、俺……。





 ☆


 買い物を終え外に出ると、夏恋は何かを思い出す素振りを見せ、唐突に──。


「用事思い出しちゃったんで、先に帰っててください!」


「用事……?」


 って、なんだよ?


 と続けて聞こうとした時には既に、夏恋は颯爽と自転車を漕ぎ、走り去ってしまった。


 風に靡いて一瞬パンツが見えそうになるも、残念。 


 なんだか、嫌な予感がした。


 今のは見えてても良かったはずだ。それが見えないなんて……。



 不吉の前振りのような、そんな気がした──。

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