第6話 儚くも罅割れた不屈

 ……ここまで共に旅をして、全幅の信頼を寄せつつあった人物による非情なる裏切り。


 そんな痛ましい事実を、僕はほじくった耳垢と一緒に吹き飛ばした。


「いやいや、ないから……」


 信頼どうこう以前に、ローガンがこんな真似をする理由がない。

 僕たちを売り飛ばすつもりなら自分の手でふん縛ったほうが確実だし、さらに万全を期すなら寝込みを襲うことだって容易かった。


 あまりにも滑稽な言い草に呆れた僕は、ノラと一緒に笑い飛ばしてやろうと彼女のほうを振り返ると……


「……そんな」


 ノラの戦意の炎は完全に消失し、頭を抱えて小さく蹲っている。


 あっさりと騙されているノラに苦笑し、僕が説明をするべく手を差し伸べると……彼女はそれを勢い良く払い除けた。


「もういや、どうしてこうなるのよ……!」


 そのか細く震える呟きから、僕は彼女の激しい動揺の意味を察する。


 信じた者……あるいは信じたかった者からの裏切りは、彼女にとって一番のトラウマ。

 なまじ僕と話して元気を取り戻しかけていたがために、どうやら反動がさらに大きく現れているらしい。


「ローガン、何やってくれてるんだよ……」


 あの頑丈なローガンが拷問に屈して僕たちのことを吐かされたとは思えないし、この展開には彼の思惑が絡んでいる可能性も少なくない。


 ノラに暴れる機会を作ってやりたかったのか。あるいは、「実は裏切っていませんでした」をやりたかったのか。

 ……いずれにせよ、荒療治であることには変わりがない。


 とことん治療がヘタクソな元神官に、僕は思わず闇一色の夜空を仰いだ。


     ◇


「そっちのメスガキは観念したみてぇだが、お前はどうするんだ?」


 そんなダミ声の出所に振り返れば、受付のお姉さんに代わって、十人ほどのチンピラどもが半包囲の陣を敷いていた。

 手に持つ得物は、いずれも小型のナイフ。殺傷能力で言えば棍棒以下ではあるものの、その使い込み具合から察せられる剣呑さはとても比較にならない。


 かつての僕ならば、一発魔術をかまして即座に逃走を選択するところだけど……


「…………」


 上から下から凄まれても、僕は自分でも意外なほどに落ち着いていた。


 その最大の理由は、言うまでもなく自分の魔術への信頼。

 かつては机上の研究成果に過ぎなかったそれらは、これまでの戦いにおいて確かな実用性を示してくれた。

 ……まぁ、どれも死闘とは呼べない戦いばかりだったんだけども。


 そして……もう一つの理由。


「おい、何とか言えや! こっちとしちゃ、手足くらい切り飛ばしても構わねぇんだぜ」


 どんなに物騒な言葉を使っていようが、その迫力はノラの一睨みにすら及ばない。


 彼女に本物の闘志を見せてもらった僕は、今さらチンピラの恫喝程度に怯みはしないのだ。


「…………」


 しかし、皮肉にもその彼女は、今は何とか鉈を構えるので精一杯の様子。

 涙目で震えているなんて全くもって似合わないし……何より、ウザいことこの上ない。


 ……全くもって理不尽な話だけれど、彼女の闘志だけは信頼していた僕としては、無性に腹が立って仕方がない。


「てめぇ、俺らが本気じゃないとナメてんのか?! ガキ相手だから手加減すると思ってんなら、ションベン漏らして後悔するぞ!」


 こんな場面で堂々とタンカを切るのは、本来ならばリーダーたる彼女の役目。

 でも……彼女が出来ないというのならば、それを代わりに請け負うのは僕の役目だ。


 僕はいきり立つチンピラどもに向き直り、その目を順番に睨み据えていく。


「ごちゃごちゃ五月蝿い! やるっていうんなら、全員纏めてさっさとかかって来い!」


 そして、ついでに背後で震えるノラのほうにも荒っぽい言葉を投げつけた。


「何をショボくれているんだよ! こんなのは脳筋の君の仕事なんだから、さっさと元気を出して早く代わってくれないかな?!」


     ◇


 僕が明確な戦意を示すと、チンピラどもは少し引いて自然と陣形を整え始めた。


 何となく前衛後衛に分かれているのは……仲間の一部を魔術に対する盾として、残りの人員で確実に刃を届ける狙いか。


 魔術師を相手取るための戦法を即座に捻り出せるあたり、彼らの暴力への慣れ具合が窺えるけれど……


「……どうってことないね」


 たとえ全員で突っ込んでこようが、それでも僕の守りは決して抜けないだろう。

 逆に動きを封じてやることすら容易いし、何なら全員纏めて吹き飛ばすことも可能だ。


 たとえ廃屋の中にどれだけお代わりがいようが、それでも僕に音を上げさせることはできないだろう。

 僕の魔力なら朝までだって付き合うのも無理ではないし、何ならこっちから廃屋に乗り込んでやっても構わないのだ。


 ただ……


「本当に、世話の焼ける子だなぁ……」


 今の理想的な勝利条件とは、ノラに元気を取り戻してもらうこと。

 彼女を抱えてこの場から離脱するのでも、チンピラどもを単に蹴散らすだけでもダメ。


 ならば……僕のとるべき行動は、これが最善だろう。


「……おい、そりゃどういうつもりだ?」


 闘争に向けて冷たく意識を研ぎ澄ませていたチンピラどもが、僕の構えを見て火が付いたように吠え始める。


 ローガンに仕込まれて多少はサマになっているはずだけど、どうやら彼らは気にいらないらしい。


「ご覧のとおり、拳でお相手してあげるよ」


 己が身一つで多勢に立ち向かう者と、一人蹲って傍観する者。

 いつぞやと同じ状況で、役割だけが反対。


 ……ここまで手間をかけてやるんだから、いつまでもショボくれたままだなんて許さないぞ。

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創造と破壊のクリスタル 〜追放された錬金術師と追放した精霊術師、追跡する聖騎士と叛逆する姫騎士〜 鈴代しらす @kamaage

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