2章-31

それから一週間、とにかく世界樹の枯れ葉を集めて、アグーラさんの店に持ち込んだ。

所詮枯れ落ちた葉っぱなので、再生率は悪く、5枚再生すればいい方だった。


作製過程で分かった事だが、マナの通らなかった枯れ葉も、再生した葉っぱと一緒に煮込めば低い確率で緑を取り戻した。

完全に再生させた世界樹の葉っぱには恐るべき力があるのかも知れない。


お陰で試行数を増やす事ができたので、順調に完成に近付いている気がする。

失敗作はユレーナに見てもらったけど、段々とマナの含有量が増えているようだ。

土壌改良の為にも、失敗作は世界樹の周りに振り撒いた。


その日、シルの家に帰る事になっていたので、俺とユレーナは早めに作業を切り上げ、帰還魔法を使う。


「ただいまー」


「お帰りなさい、ヨウさん!見つかりましたよ!方法があったんです!」


「え!ほんと!?やったねフィーネ!シルすごいじゃない!」


「へへーん、あたしは出来る精霊だからね!ま、こんなもんよ!」


「それでどうすればいいの?」


「まぁまぁ焦らないでお茶でも飲みながら話しましょう」


フィーネがお茶を淹れてくれた。

紅茶の方が好きって言ってたのに好みが変わったのかな?


「さぁさっきの続き。資料によると、地方の魔族では婚姻の際にお互いのマナを交換し合う風習があったみたいなの。ただいきなり他人のマナを受け入れる事は出来ないから、毎日毎日少しずつマナを送り合うんだって。するとある日すっと相手の魔晶石にマナが入り込むらしいの」


「おお!完璧じゃん!まさにそれだよ!フィーネもようやく若返れるね!」


「はい!ですので…ヨウさんは私と、け、け、け…」


「け?」


「結婚をしなきゃいけないんです!!」


ぅえーーー!!?

け、結婚!?なんでそんな飛躍したの?

あ、いやさっき魔族の婚姻とか言ってたしそれか?

でも毎日マナを送ればいいって話かと思ったんだけど、俺の解釈が間違ってるのか?


「後から出てきてヨウ様の伴侶などと戯れ言も大概にせんと切り捨てるぞ」


ユレーナが殺気を放ってる!

やばい!

シルの方を見るがニヤニヤして状況を楽しんでいる。


「シル!何とかしてよ!何この修羅場!」


「面白いからもうちょっと待って」


「いやいや!面白くないから!今すぐ!今すぐ何とかして!」


「ちぇっ。はーい二人ともそこまで。話を聞いてー。」


シルに言われたのでユレーナは即座に殺気を解き普段通りに戻る。

フィーネは相変わらず真っ赤になって俯いている。


「フィーネの言うことはあながち間違いでもないのよ、ヨウ」


「え?結婚の話?」


「そう。本来魔族は他者に肌を触れさせる事は殆ど無いの。家族や恋人以外とはね。でも魔晶石にマナを送り込むならそこに一番近い場所、ここね。胸に手を当てなきゃいけないの」


「ヨウさんには膝も触られていますし、何より…耳を…婚姻の証であるお互いの耳を触りましたので…」


いやいやいやいや、ちょっと待って!

膝の件は、馬車が揺れて危なかったから押さえてあげただけだよ!?

それに耳を触るのにそんな意味があるなんて知らなかったし!触る前に言ってよ!

ってか胸!?胸に手を当てる?そんなの出来るわけないじゃん!

うわぁもう頭が!


「盛大に混乱してるわね、ヨウ…」


「そりゃ混乱するよ!フィーネを助けるには結婚しないと駄目って事でしょ!?そんなのまだ俺には早いよ!」


「ふつつか者ですが、これから宜しくお願いいたします」


フィーネが真っ赤なまま頭を下げてくる。

お婆さんなのにかわいいな!もう!


「シル姉様。シル姉様がするわけにはいかないのですか?」


「…気付いちゃった?」


「ん?あ、ほんとだ。何も俺じゃなくていいじゃん!」


「ヨウさん、そんなに私の事がお嫌いですか…」


さっきとは一転、この世の終わりのような顔で、怨めしげに俺を睨むフィーネ。


「ち、違う!嫌いとかじゃなくて胸に手を当てるなんて男の俺には恥ずかしくて出来ないって話だよ!」


「夫となるのですから何も恥ずかしい事はありません!慣れもありますよ、さぁヨウさん…」


優しく俺の手を取り、自分の体へ誘う。


「ちょちょちょ!ちょっと待ってって!シル!」


「あっはっはっは!お腹苦しい!いいじゃんヨウ、結婚しちゃいなさいよ。なんならユレーナとも結婚してさ!さあ、第一夫人はどちらかしら?」


「「私です!」」


また始まった…

二人がバチバチと視線を戦わせ始めると、シルはお腹を抱えて笑い出した。


「ユレーナさんは弟子であり護衛でしょう?是非妻となる私の護衛もお願い致しますわ」


「私のように若くて胸の大きな女性がヨウ様の好みなのだ。婆さんは指を咥えて見ているがいい」


「まぁ、それは側室として十分な魅力です事。第二夫人としてお迎えいたしますね」


「年寄りにヨウ様の子は産めないだろう?妻になろうと思う事自体おこがましい」


二人とも一歩も譲らない。

これはいずれ血を見る事になるのではないだろうか。

恐ろしくて口を挟む事ができない…

こんな時は…逃げるか。


そーっと、そーっと…


「ヨウさん!」「ヨウ様!」


ビクッ!!

振り返ると二人が目を光らせて微笑みながら近付いている。

ガシッと両腕を掴まれたところでシルが助け船を出してくれた。

今の今まで笑い転げてたのに…


「はい、そこまで!フィーネ、あなたはまず若返ってからね。ユレーナ、あなたはまだヨウの使命の一つも完遂してないじゃない。要するに二人ともまだ早いわ」


「う…」「それは…」


すごい、たった一言で二人の暴走を止めた。

そもそもけしかけたのはシルだけど。


「ヨウ、さっき言ってたあたしがフィーネにマナを流す件だけど…悪いけど断るわ。あたしのマナはあたしの目指す事に使いたいの。だからヨウが最後まで責任を持ってフィーネを若返えらせなさい。結婚は若返ってから考える事ね」


「うー…わ、分かったよ。シルの言う事は分かるし、その通りだと俺も思う。フィーネ、俺がマナを流すよ。ユレーナもいいよね?」


「ありがとうございます、ヨウさん」


「シル姉様とヨウ様がお決めになられたのです、私は従うまでです」


皆が納得してその場は無事収まった。

何だかシルに引っ掻き回されただけな気がしなくもないけど…


やり方を確認する為にも、まずは一回、フィーネにマナを流してみることになった。

フィーネは顔を真っ赤にしながら俺の前に立つ。

俺の顔も真っ赤だろう。

女性のむ、胸に手を当てるなんて…


「ヨウ様、私で練習なされるといいですよ」


そう言って胸を突き出してくるユレーナを、シルがハリセンでツッコんでいる。


「ヨウ、恥ずかしがってるけど、フィーネの方が恥ずかしいんだから覚悟を決めてビシッとやんなさい!」


それもそうだ、ここは俺がビシッと!

音が聞こえる程にゴクリと鳴らして唾を飲み込み、手の汗を服で拭き取る。

ふるふると震える手をフィーネの胸の中央に置くと、フィーネが小さくピクッと反応した。


「落ち着いて集中よ。フィーネの中のマナを捉えてみて、塊があるから」


何度か深呼吸をして集中し、言われたとおりにマナを探る。

だが、いくら集中しても塊どころかマナを捉えることもできない。


「だめだ、マナが分からない…」


「フィーネの魔晶石が拒否してるからね。フィーネも緊張しないでヨウのマナを受け入れて。言葉だけではなく、ちゃんと心でね」


「すみません!もう一度お願いします!」


フィーネも何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻し、俺を見つめて頷く。

再びフィーネの胸に手を当ててマナを流す。

今度はさっきみたいな抵抗は無く、フィーネのマナを捉えることができた。

そのまま濃い方濃い方を辿ると大きいマナの塊を見つけた。

しかしそこまで。

何かに弾かれるように、捉えていたフィーネのマナが急に霧散した。


「塊はあったけど…」


「最初なんだから充分よ、ヨウ。これから毎日さっきみたいに塊まで辿って、いけそうだったらマナを流すの。少しずつね」


「うん、やり方は分かった。ありがとうシル」


「フィーネ、今日からはヨウと暮らすのよ。ちゃんとヨウを受け入れてあげて」


「はい、お義母様…」


「あぁん?」


「す、すみません!間違えました!シル様!」


最後一瞬般若が顔を覗かせたが、無事練習も終わり、三人は王都へ跳んだ。

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