2章-32

夕食時、モクロもいたので改めて皆にフィーネを紹介した。


「フィーネと申します、ヨウさんの婚約者としてヨウさんを支えて参りますので、これから宜しくお願いいたします」


「ほぉ、まだ言うか。一度死にたいらしい」


ストーーップ!

もう油断も隙もない!

慌てて止めに入り、二人を引き剥がす。


モクロもリリアも何が起こっているのか理解が追いつかない様子だ。

うん、理解しなくていい。


「そういえばモクロ、最近世界樹のマナはどう見える?」


「あんまり変わってない。でも弱っていってる風にも見えないな」


悪化はしていないという事は、今の失敗作ポーションを掛けているだけでも多少の効果はあるのだろう。

劇的な効果を得る為には、やはりポーションを完成させなくては。


フィーネは肌の色が目立つので、念の為外に出ないよう、リリアと共に家事を頼む。

万が一魔族なんて事がバレたら大変だ。

相談して、マナを流すのは朝と夜の2回、ユレーナの見ている前で行うことになった。


翌朝、昨日と同じ様にフィーネの胸に手を当ててマナを流すが、やはり昨日と変わらず途中でマナが霧散してしまう。

大丈夫、そんなすぐ上手くいくとは思っていない。

焦らずのんびりやろう。


それから五日後、世界樹の枯れ葉が尽きてしまった。正確には落ち葉が尽きてしまったのだが。

枝には落葉していない枯れ葉がまだまだたくさんある。

ユレーナに聞いて、枯れ葉はマナを出していない事は確認済みなのだが、完全に葉っぱが死んでるかどうかが分からない。

今は枯れていても、もしかすると地面からマナを吸い上げた時に再生する葉っぱかもしれないのだ、安易に刈り取る事は出来ない。


「ユレーナ、枯れ葉どうやって取ろうか?」


「私が木に登って枝を揺すりますか?」


「それもいいけど…詰め所から衛士が飛んできそうだからやめておこう」


「では以前ウッドマンを倒した時のような風魔法ではいかがですか?」


「あれは攻撃魔法。世界樹を傷つけちゃうから却下だね。…待てよ攻撃魔法じゃなければいいのか…ありがとうユレーナ、ちょっと考える」


カッター系は刃を出すから切れちゃうのであって、生活魔法のウインドなら単純に風だ。

ただ元が生活魔法なだけに完全に出力不足だと思う。

もう少し強い風…あったかな?

バッグから魔法ノートを取り出し、それらしい魔法がないか調べてみる。

うん、見つけた、これならいけそう!


「ユレーナ、ちょっと強めの風を起こすから気を付けて」


「はい!承知しました!」


ユレーナがワクワクしているのが伝わってくる。

ホントに魔法が好きな娘だな…

手を地面に付け、呪文を唱える。


「ワールウインド」


初めて使う魔法はマナ制御が難しく、ちょっと光ってしまったが目立つほどではないからOKだろう。

地面に付けた手を中心に、一気に風が巻き起こり、世界樹を包み込んで上空へと消えてゆく。


「す、素晴らしい…」


ユレーナは誉めてくれたけど、今のマナ制御はダメダメだったな…

上空からは風の置き土産のように、枯れた世界樹の葉っぱがひらひらと舞い落ちる。


俺とユレーナは、ぐるりと世界樹を一周しながら落ちた枯れ葉を拾い集めていく。

思っていたより数が少ないな。

緑が残った葉っぱが落ちていなくて良かったけど、ちょっと期待外れだ。


アグーラさんのポーション屋に着くと、俺は早速枯れ葉にマナを通す。

すると不思議なことに、殆どの葉っぱが緑を取り戻して、その葉を広げる。

落葉したものとそうでないものとで、ここまではっきり差が出るとは思わなかった。

何にせよ、今は数を揃えられるのはありがたい。

マナを通さなかった枯れ葉も無駄にせず、緑の葉っぱと一緒に煮込んで再利用する。


その日、枯れ葉が新鮮な内に出来るだけ数をこなしたかったので、作業は夜まで続いた。

失敗作が積み上がっていく中、ふとユレーナが眩しそうに鍋を覗き込んだ。


「ヨ、ヨウ様。この、鍋の中、すごいマナの量です…」


鍋をかき混ぜていたアグーラさんが振り返り、俺に抱きついてきたので、呆然としながらも軽く抱き返した後、鍋の中を確認する。

見た目は普通の薄緑の液体だ、当然俺には光っているようには見えない。

しかしユレーナが言うんだから間違いない。

これが…完成品。


それからの三日間は、レシピの再現と保存条件の確認に費やされた。

結果は良好、レシピは再現性が確認できた為確立。

保存条件も他のポーション同様で問題なく、ユレーナによるマナチェックも無事パスし、品質の劣化もなかった。

最後に、人に使う予定はないが念の為にと、世界樹ポーションと名付けられたそれを毒味する事に。

開発をお願いした以上俺が飲むべきだろうという事で、皆には納得してもらった。


ユレーナの目には眩く光る世界樹ポーションを俺は一息に飲み干す。

ぐえっ、まっずぃ…

植物の青臭さ、苦み、えぐみ、すべてが混じり合って濃縮された強烈な味わい。

青汁なんて比べ物にならないくらい酷い味で、毒と言われても信じてしまうだろう。


「人は飲んじゃいけないやつです…」


精一杯絞り出した感想である。

アグーラさんも憐れんだ目で俺を見て肩を一たたきする。

もともと世界樹専用だし?味なんて求めてないよ。

二人の心は通じ合った気がした。


世界樹ポーションを一樽抱えて、夜遅くに王都の家に帰ると、フィーネがまだ起きて待っていてくれた。


「夫の帰りを待つのは、妻の務めですから」


そう言って暖かいお茶を淹れてくれる。

ユレーナが不機嫌そうにフィーネを睨んでいるが、俺が疲れている事を見抜いているのか、特に何も突っ込まなかった。


「さて、遅くなって悪いけど、夜のマナ送りしよっか、フィーネ」


「はい。宜しくお願いします。…あら?」


「ん?どうしたの?」


「ヨウさん、何だかお若くなりました?皺が減っているような…」


「むしろ疲れてるから、皺増えてると思うけど…ユレーナはどう思う?」


「どうと言われて…も??え?…ヨウ様若返ってます…?一体いつ魔法を使ったんですか!?私に隠れてそのような!」


「待て!待って!使ってないから!隠れても何もずっと一緒にいたじゃん!」


「ずっと一緒…うらやましい…」


「ふふっ、フィーネとは付き合いの深さが違うのだよ」


「二人とも今は俺の話!若返ってるの?ホントに?なんで?」


「あ、ヨウ様。もしかしてポーションが…」


「あ!あれか!確かに心当たりはそれしかないな。でも普通マナを取り込んでも若返りの効果なんてあるとは思えないんだけど…」


「ヨウ様はマナを出されています。逆に高濃度のマナを取り込むことで若返られたのでは?」


「そっか、そういう考え方もあるか。じゃあ例えばもっとたくさん飲めば、元の年齢に戻れたりするかも!?」


「可能性はありますよ!これでもう年寄り扱いされずに済みますね!」


「私だけ若返っても仕様がありませんもの。ヨウさん、是非若返って下さい!」


「ありがとう!今すぐだと色々不都合あるから、この一件が終わったら若返ろうかな!」


三人で一頻り俺が若返ったらああだこうだと言いながらお茶を啜っていたが、寝る前になってようやく思い出した。


「フィーネごめん。結局夜のマナ送りやってなかった!寝る前だけど今からでも平気?」


「ええ、私はいつだって平気です。何でしたらベッドの中ででも構いません」


ユレーナの眦がつり上がるのを感じ取り、背筋に冷たいものが走る。


「い、いや、ここで。ここでやろうね!」


「あら、残念。ではお願いいたします」


いつものように胸に手を置きマナを送ると、今までより遥かにすんなりとマナの塊まで到達できた。

チャンスだ。

このままマナを塊の中に、少しずつ流し込んでいこう。

シルが言っていたように焦らず、ゆっくりと…あ!

一瞬マナが流れたかと思ったが、直後にマナが霧散してしまった。


「フィーネ、ごめん。今日もだめだったけど、魔晶石に一瞬マナを入れれたんだ。分かった?」


「はい!ほんの一瞬、ヨウさんが私の中に…なんて幸せな気分なのかしら!」


「くっ!何故私は魔族ではないのだ…」


ユレーナは無視しよう。


「ちょっと若返ったせいかな?これは明日から期待できるね。頑張ろう、フィーネ」


実際に手応えを感じた俺は、近い内にフィーネが若返る事を確信した。

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