2章-24

運ばれてきたのは正面が鉄格子になっている小ぶりの檻だった。

中は暗くてよく見えない。

恐らく生け贄に使う動物だろう。

小さいなりにも檻に入れるくらいだから、小型の肉食獣か何かかな?

元の世界でも、未開の国では未だに生け贄文化が残っていたので、知識としてはある。

ただ、自分が体験するとなれば話は別、しめる所は見たくない。


生け贄を含めた全ての備品が綺麗に並べられ、準備が整ったようだ。

執事は詰め所の扉付近で待機している。

おそらくキーアイル卿があそこから…あーやっぱり、出てきた出てきた。


キーアイル卿は白い司祭服に身を包み、厳かに一歩一歩ゆっくりと歩いてくる。

服装から想像するに教典だろうか、分厚い本を小脇に抱えている。


キーアイル卿が祭壇に上がり、世界樹に向かって二礼した。


「それでは、これよりキーアイル家秘伝の聖樹復活の儀を執り行う。祝詞の最中は跪いて聞くように」


執事が此方を軽く睨みながら宣言する。

ちらりとディンクさんを見ると目が合い、小さく頷かれた。

タイミングを見計らったように俺達三人はその場に跪き、祝詞奏上の開始を待つ。


「樹天原に神留り 聖樹の…」


祝詞が始まったが、やはり長い…

七五三の記憶がうっすらと残っているが、たぶんそれよりずっと長いんだろうな。

ユレーナは早くもゆらゆらと船をこいでいる。

俺は世界樹の回復方法についてアレコレ考えて時間を潰している。


たっぷり30分は経った頃、教典をパタリと閉じたキーアイル卿は、くるりと後ろに向き直り檻に近づいてゆく。

すかさず執事が心太のように後ろ側にあたる面を押し込んでいく。 

寄せ木細工の仕掛けみたいだな、と呑気に構えていると、前面の鉄格子から突然細い白い手が突き出た。


え?人の腕?

いや、異常に白いから人ではないかもしれない。

人型の魔物か?

漫画で見たことのあるアラクネだったかの姿を想像し、戦慄する。

それでAランクハンターが必要なのか!

やばい、位置的に俺が一番前じゃん。

もぞもぞしながら少しずつ少しずつ後ずさる。


しかし思ったよりも魔物の抵抗がない。

されるがままと言っていい。

不思議に思いつつ檻の中を覗き見ると、ちょうど鉄格子にしがみつく形になったのか全体が露わになった。


紛れもなく、人だ…

白い腕、白い足、白い髪、赤い瞳。

アルビノか。

一瞬目が合い、縋るような眼差しを受けて、遅れて頭が状況を理解した。

アルビノ個体はその希少性から呪術の生け贄とされてきたと聞いたことがある。

また、その血肉は不老長寿になるとも言われる。


なんてことを!まだ俺と同じくらいの子だぞ!

生け贄ということは、これからこの子は殺されてしまう!

なんとかしなければ!


「くくくっ、よかったな魔族よ。母なる聖樹様の為にその身に宿るマナをすべて捧げるのだ。これほどの誉はないぞ、儂に感謝せよ」


さらなる真実がキーアイル卿の口から飛び出す。

魔族!?

ちょっと待て、最近魔族の話題を聞いたぞ?

えーと、えーと、そう!

モクロが言ってたやつだ、奴隷になるって。

わぁぁあ頭がとっちらかる!


頭が混乱について行けずショート寸前だ。

その間にも儀式は進み、また祝詞を奏上し始めるキーアイル卿。

しかし今度はただの祝詞とは違った。

祝詞が進むにつれ檻の中の子が苦しみだしたのだ。


「ヨウ様、あの子のペンダントからマナが引き出されていきます」


ユレーナが小声で俺に教えてくれる。

なんだって!?

うっすらと俺にも光の渦が見えた。

下手に魔法を使ったときの光り方だ。

でも人からマナが引き出されるなんて事はありえな…あ!魔族か!?

魔族の王が魔王で、家にある魔晶石は魔王の心臓。

ということは魔族の心臓が魔晶石?

そうだとしたら、今この状況はかなりマズい。

心臓である魔晶石からマナを抜き取ったら、確実にあの子は死んでしまう!

なぜだ、何故そんなことができる!?


握り拳を作り立ち上がり掛けるが、いつの間に隣に来たのかディンクさんが肩を掴んで離さない。


「怒らないと約束したはずだ」


「しかし!こんな惨いとは聞いておらん!」


「それでも約束は約束だ。儀式の中断は許されない」


「お主はそれでも人か!」


小声のやりとりだが次第にヒートアップしてゆく。


だめだ、埒があかない。

このままでは本当にあの子が死んでしまう。

考えろ!考えろ!考えろ!

ユレーナは!?

いやだめだ、貴族に逆らうことになってしまう以上実家もただでは済まない。

俺に出来ること…は魔法しかない。

でもおおっぴらに使う事なんて出来ない!

…この期に及んでまだ自分が大事か…くそっ。

できる!俺なら出来る!やるんだ!

集中!集中!集中!

思い出せ!特訓しただろう!

中級魔法までなら俺は使いこなせる!

落ち着け!


「あの貴族を斬りますか?」


冷徹なユレーナの声を聞き、俺の頭もすーっと冷えていく。


「…バカもの。ユレーナは大人しくしておれ」


ちょっと膨れっ面のユレーナを見て却って勇気が出る。

そう、勇気。

勇気をふり絞れ。

今もマナを吸われ続け、苦しそうな声を上げる檻の中の子供を助けるんだ!

今までの経験を全部ここで生かすんだ!


「ディフュージョンコーマ」


ディンクさんに聞こえないよう、ボソッと呪文を呟く。

次の瞬間、隣にいたディンクさんとユレーナがバタリと倒れ込んだ。

そしてほんの瞬きの間にキーアイル卿、檻の子供、執事も倒れ込む。


よし!ひとまず成功だ。

この場の全員を眠らせる、それが俺の考えた作戦の第一段階。


次は檻の子供を助け出す。

まだ微妙に光の揺らぎが見えるが、キーアイル卿から離してしまえば大丈夫だろう。

…しかし問題が発生した。

檻の開け方がわからないのだ。


「ビットグラビティ」


もたもたしていられないので、魔法で鍵の部分をぺしゃんこにして開けた。

ズルズルと子供を檻から引き出し、無事を確認しようとして手が止まる。


子供じゃない…


おかしい、さっき見た子供じゃない?

そんなイリュージョン、どこのテンコーでもできないよ?

訳が分からなくなったが、取りあえず檻の中にいたんだからこの人で間違いないはずだ。


白い人は水分を失ったかのように軽い。

とにかくこの人を安全な場所へ運ぼう。

背中に背負い、詰め所前に止めた馬車に向かう。

ここが作戦のキーポイント。

衛士が起きていればゲームオーバーになる。

マナ消費はギリギリ光らない量に調整したけど、ここなら問題なく届いているはずだ。


こっそり覗き込むと、詰め所の中では衛士が4人倒れている。

安堵の息を吐き、いそいそと横を通り過ぎる。

馬車を開けて中に白い人を放り込んだあと、椅子に座らせて俺の外套を被せる。

様子を窺うが、大丈夫、死んでない。

胸のペンダントから漏れる光りの渦はもう見えないから、マナの流出は止まったはずだ。

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