2章-23

ついにその日がきた。

世界樹が間近で見られる!

キーアイル卿の秘術も気になるが、あの世界樹の誘惑に勝てるかどうかの方が問題だ。

俺の中では最上級の問題である。


前回と同じく、朝からハンターギルドに顔を出す。

これまた前回と同じ様に待ち構えていたディンクさんに軽く挨拶すると、奥の部屋へ案内された。


「ヨウ殿、ユレーナちゃん。今日もお願いしますね」


「こちらこそ。世界樹を間近で見られるので興奮して昨日はなかなか寝付けませんでしたわい」


「秘術について教えろ。ヨウ様をお守りするのに、何から守ればいいのかが分からないのでは、いざという時困るからな」


「へーきへーき!万が一に備えてAランクハンターが同席する決まりになってるだけで、過去一度だけだよ、秘術が失敗したのは」


「失敗?」


「んーまぁ一言で言うと、マナの暴走、ですね」


「マナが暴走…って何をしたらそんなことが起こるんじゃ?秘術とはなんじゃ、何を隠しておる?」


「怒らないで下さいよ、ヨウ殿。勿体ぶってる訳ではなく、これ以上はホントに口外してはいけない事になってるんだ」


ディンクさんは申し訳無さそうに頭を下げる。

まぁ言えないなら仕方ない。

でも聞くだけなら平気だろう、反応が見られればそれでいい。


「キーアイル卿が魔法を使うことに関係がおありかな?」


そう言った途端、ディンクさんは驚愕の目を見張った。


「どうして、それを…」


「やはりか。と、言う事じゃユレーナ。魔法に関する事じゃし興奮せんようにな」


「はい!もう大丈夫です!」


「え?もうって?」


ウオッホン!

バカユレーナ、そんな言い方したら魔法に慣れてるみたいじゃないか!


「さて、そろそろ行かなくていいかの?」


「あ、え、ええ。じゃあ行きますか。なんか気になりますけど…」


押し切れ俺!

さっと立ち上がり、そそくさと扉へ向かい開け放つ。

ユレーナも付いてきたので、慌ててディンクさんも腰を上げた。


行きの馬車の中では、アグーラさんに聞いた魔石の買取について聞いてみた。


「以前、貯めに貯めた魔石を一気に買取してもらったんじゃが、あんな事はせん方がよいかの?なにやら市場が混乱したらしいそうでな」


「ああ、あの件ですか。そんな度々起こることじゃなし気にしなくていいですよ。何年かに一度コレクターが纏めてたものを買取ることもありますし」


おぅふ、何年かに一度の事をしてしまったのか。

これは次売る時は小分けにして売るようにしよう。


話をしている内に内壁門を通過した。

次第に世界樹が見えてくるが、やはり茶色が目立つ。

この距離からでは少しも緑色が確認できない。

こんな状態の世界樹が、秘術によって一体どこまで回復するのか楽しみではある。

だが反面、魔法を使うためのマナに不安がある。

世界樹からのマナは期待できない。

どうやって魔法を使う気なんだ?


やがてキーアイル卿の屋敷へ到着した。

今日は門衛が世界樹の近くまで案内してくれた。

客としては扱ってくれないっぽい。

手土産どうしよう…


世界樹の周りには有刺鉄線のような鉄製の柵が張り巡らされており、脇に詰め所があった。

どうやら入れるのはここだけのようだ、かなり厳重に管理されているな。

ここからは徒歩になりそうなので、手土産のポーション箱は馬車に置いていくことにした。


詰め所の衛士に連れられ世界樹に少し近づくと、その根本あたりに祭壇のようなステージが設置されているところだった。

隙間だらけになった世界樹の枯れた枝葉を見上げていると、ディンクさんが話しかけてきた。


「ヨウ殿、ユレーナちゃん、先に約束して欲しいことがある」


「ふむ、秘術のことかの?」


「ああ。…絶対に怒るな」


「ん?どういう事じゃ?危ない目に遭うとしても事前に聞かされておるし、ユレーナもおるから平気じゃよ」


「そうじゃない。秘術は…生け贄を使う」


「いけ、にえ、じゃと?」


どういうことだ、何故魔法に生け贄がいる?

儀式として山羊の頭を神に捧げるとかは聞いたことがあるけどそんな感じか?

でもそれで俺が怒るとは思えない。

何があるんだ…


「とにかく約束するしかないんじゃろ?ユレーナも分かったな?怒ってはいかんらしい」


「はい、承知しました」


ユレーナの心配は怒る怒らないじゃないんだよな。

秘術を見て興奮しないか、俺の魔法と比べて変なこと言い出さないか、そっちの方が心配だ。


話が一段落したとき、詰め所の方から執事が歩いてきた。


「本日は宜しくお願い致します。初めての方がおられますので先に一つご注意を。秘術に関する事は全て口外無用です、もしも口外された場合、命の保証はいたしかねます」


執事の目が剣呑にギラリと光る。

ああ、これ本当に消されるやつだ。

絶対言いません!


「あの、始まるまでまだ時間があるのでしたら、世界樹をもっと近くで見てもよろしいですかな?」


「妙な事をされては困るので、人を近付けるわけにはいきません」


「そんなとんでもない!では…そ、そうだ!執事様が監視なさっていただいて構いません。お忙しいようでしたら衛士の方にでも!」


「…では衛士に申し付けるので待ちなさい」


やった!!よしよしよし!

監視付きだけど、世界樹に近付ける!

元より見られて困ることはするつもりはない。

幹を見て、根を見て、土を見て…


「この者の目の届く範囲で見学するように。妙な真似をすれば切り捨てていいよう申し付けていますので心しなさい」


そう言い残して執事はまた詰め所の方へ戻っていった。

秘術の準備がまだ途中なのだろう、詰め所の外側が慌ただしい。


「あの、時間もあまり無いようですので、早速世界樹に近付いても?」


「ああ、妙な事するんじゃないぞ?」


衛士の監視の元、世界樹の側へ歩いていく。

ディンクさんはその場に留まり、ユレーナだけがついて来た。


ついに手を伸ばせば届く位置に世界樹が。

まだようやく目標を目の前にしただけだけど、なんだかんだで長かった。


まずは土。

ペロリと土を舐めてみるが不味い。

やはりパサパサのサラサラで、栄養が全く足りていない感じがする。

灰土だな、ほとんど。

ここも土から変えていかないと、文字通り根本的な解決に至らないだろう。


次に幹。

全体的に乾燥して樹皮が剥がれ、老木の特徴そのままだ。

この幹周り全てで同じ様に樹皮剥がれがあるのかな?

少し歩いて、状況が同じか確認してみる。

付いてくるのはユレーナと衛士。

反対側ぐらいまで歩いたが、剥がれ具合は同じだった。


次は触って確かめてみ…


「おい!世界樹に触れてはならん!」


え!?ここまで来てて触っちゃだめなの!?

そんな殺生な!


「いや、触ってみないと木の状態が分からんのじゃが…」


「触らせていいとは聞いておらん!それでも触ろうとするなら斬る!」


衛士の表情が急激に冷たいものに変わり、張り詰めた空気がその場に漂ってユレーナも臨戦態勢を取った。

ダメダメ!今はその時じゃないから!


「すみません!触りません!離れますから!」


本当に離れた俺を見てようやく殺気を消す衛士。

それにつられてユレーナも臨戦態勢を解く。

空気が次第に弛緩し、もとの長閑な雰囲気に戻ってゆく。


「祭壇の方に戻りましょう、衛士の方もお仕事があるじゃろうからの」


とぼとぼと自分の足跡を辿って戻りながら、これは難しいミッションだと改めて思い知る。

土を改良するにしてもこの大きさだ、一月はゆうに掛かるだろう。

何よりこの場所にフリーで入れるようにならなくては話にならない。


元いた場所まで戻ると、ディンクさんが目で合図をしてきたので首を振って応えた。

焦らない焦らない。


祭壇の設置は終わったのか、作業員の姿は無く、今は備品を運び込む人が忙しなく動いている。

その時、詰め所の方から大きい箱、いや檻?がゴロゴロと運ばれてきた。

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