第34話 初めての看病②

 なんとかスーパーで買い物を終えて再び家まで戻ってきた俺は、はち切れんばかりに膨らんだ袋をダイニングテーブルの上へとドサっと置いた。


「これだけあれば十分だろ」

 

 俺はそう言うとさっそく袋の中から買ってきたばかりの戦利品を取り出してテーブルの上に並べていく。

 目的だった風邪薬や熱冷ましシートの予備はもちろんのこと、万が一川波がご飯を食べれない場合も想定して栄養ドリンクやサプリメントも用意してある。

 さらにはあらゆる場面に対応できるように漢方はじめ滋養ドリンク、そして疲れきって萎えた身体には効果抜群の……


「……って、これはさすがに違うだろっ!」


 袋から取り出した小瓶を見て、俺は思わず声を上げた。視線の先に映るのは、頭を立派にそそり立たせたすっぽんのイラストと『精力百倍!』というインパクトあり過ぎるキャッチワードが印字されたラベルの姿。……うん、これ完全にあっち系のエナジードリングだな!


「何買ってんだよ!」と俺は思わず自分自身に突っ込みを入れると、今度はあたふたとしながら過ちを隠せる場所を探す。さすがに病人相手の女の子に『すっぽんマックス!』なんて名前のドリンクを渡せるわけがないし、こんなものを買ってきたことが川波にバレてしまうとどんな誤解を持たれるのかわかったものじゃない。


 いつもならやましい物はすべて自室押入れの右下奥に封印しているのだが、今は川波が自分の部屋で寝ているのでその選択を選ぶことができない。

 なので俺はキッチン上の戸棚を静かに開けると、川波が手の届きそうにない場所へと男のエナジードリンクをそっと隠した。そして戸棚を閉めるや否や、今までの記憶を頭の中から消去する。


「とりあえず川波の様子を見に行くか」

 

 何一つ間違った物は買ってきていないといわんばかりにすました顔でそんなことを呟くと、俺はスポーツドリンク片手に自分の部屋へと向かう。風邪の時は水分補給が大切だと以前読んだラブコメ系のラノベで学んだことがあるからな。

 

 そんなどうでもいいことを一瞬考えながら、俺は自分の部屋までたどり着くと出来るだけ音を立てないように静かに扉を開ける。そして寝ている川波を起こさないようにとまるで盗賊のような動きで部屋の中へと入った。


「……筒乃宮さま」

 

 どうやらいつの間にか起きていたようで、俺が部屋に戻ってきたことに気づいた川波がぼそりと声を漏らした。


「川波、大丈夫か?」

 

 俺はそう言うとベッドまで近づいて川波の顔を覗き込む。薬を飲んだとはいえまだ熱があるのだろう。ぼんやりとした目で俺のことを見上げる川波の表情は、どこか心ここにあらずといった感じだ。


「はい……申し訳……ありません」


「だから別に川波が謝る必要なんてないって」


 俺は川波を安心させるために笑顔でそう言うと、「飲めるか?」と尋ねて右手に持っていたペットボトルを差し出した。するとコクンと小さく頷いた川波がゆっくりと上半身を起こそうとしたので俺は慌ててその背中を支える。


「筒乃宮さま……学校は……」


 ほんの少しだけペットボトルに口をつけた川波が弱々しい声でそんなことを呟いた。俺はその言葉に対して首を横に振ると真面目な声音で返事を返す。


「学校にはうまいこと言って今日は休みにしてもらった。さすがにこんな川波のことを放っておけないからな」


「……」


 俺の言葉を聞いた川波は少し顔を伏せて黙り込むと、「そう……ですか」と再びぼそりと呟く。そしてそのままそっと枕に頭を降ろした。


「とりあえず家のことは俺に任せて、川波はゆっくりと休んでてくれ」


「ですが……」


「大丈夫だって。こう見えもやる時はやる男だから」


「……」

 

 俺の気合いたっぷりの言葉はよほど勢いがあったのか、それとも絶望的なほど頼りなかったのかはわからないが、川波からの返事は何故かなかった。

 けれどもこういう時こそできる男をアピールするチャンスだと捉えている俺は、沈黙の中でも挫けることなく言葉を続ける。


「何か必要なものや助けがある時はいつでも言ってくれ」


「……はい」

 

 ありがとうございます、と掠れるような声で川波が言う。おそらく再び眠気を感じているのだろう。その瞼が徐々に重くなっていくのがわかった。


 俺は新しい熱冷ましのシートを用意しておこうと川波に背を向けて部屋を出ようとした。

 と、その時。背中越しから微かな声が聞こえてきた。


「返事は……たの……ですか……」


「え?」

 

 僅かに鼓膜を揺らしたその声に、俺はピタリと足を止める。そしてもう一度川波の方を振り返った。


「西川さ……に……返……」

 

 もはやほとんど意識はなかったのだろう。途切れ途切れに聞こえてきた声はすぐに呼吸音だけに変わり、川波は再び夢の世界へと旅立ってしまった。

 

 俺はそんな彼女の横顔を見つめると、先ほどの言葉の意味を理解しようと頭を働かせる。


 けれども結局川波が何を伝えたかったのかわからず、俺は心のどこかでモヤモヤを抱えたまま自分の部屋を後にした。

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