第26話 筒磨き①

「『今日から始める筒乃磨き!』……って何だよ」

 

 放課後、俺は握りしめたスマホの画面を見つめながら思わず呟く。

 数学の小テストの結果が悪く昼休みに呼び出しを喰らった後、意気消沈して教室に向かっている途中に大森から突然送られてきたラインのメッセージ。

 またどうせロクでもないことでも思いついたんだろうと本人に直接尋ねるも、「まあまあ、とりあえず放課後駅前のショッピンモールの入り口集合で」とはぐらかされて今に至るのだが……


「それで、湊人はいつくんの?」


「……」


 指定された待ち合わせ場所で、俺の隣に立つ西川がこわーい顔をして尋ねてきた。俺はその迫力に思わず黙り込みそうになるも、「し、知りません」と何とか声を絞り出す。


「知らないって、あんた達おなじクラスじゃん」


「い、いやそうなんだけど……」

 

 彼女の最もな質問に戸惑いながら、俺はこんな状況を作り出してしまった悪友のことを心の中で恨んだ。

 

 放課後のチャイムが鳴った時、どうせショッピングモールに行くのならわざわざ現地集合にしなくても一緒に行けばいいじゃないかと奴には声をかけたのだが、「いや、俺はちょっと図書室に用があるから先に行っててくれ」と柄にもないことを言われてしまい、さらに追加で「川波さんは誘うなよ。今日は男同士で水入らずだ」とこれまた意味不明なことを言い出す始末。

 どうせいつものようにゲーセンだろうと思いながら仕方なく一足先にここまでやってくると、なんとまあ驚いたことに入り口には一際目立つ可愛い女の子(西川)が立っているではないか。


 あいつも粋なことをしてくれるなぁなんて思いながら俺は踵を返して秒速で帰ろうとしたのだか、運悪く西川と目が合って捕まってしまいこんな状況になったのだ。


「あいつマジでいつ来んだよ」と舌打ち混じりで小声で呟くと、ちょうど同じタイミングでポケットに入れているスマホが震えた。


「『悪いな康介、ミホちゃんとの急用が入った。でもあとは優奈に任せてるから心配するな!』……って、はぁぁっ!?」


 あまりにも鬼畜過ぎるメッセージの内容に俺は思わず叫び声をあげる。すると隣では、おそらく同じように大森から連絡でも来たのだろう。

 こわーい表情を浮かべたままの西川がスマホの画面を睨みつけながら、「ちっ、はめやがって」とさらに怖いことを口にしているではないか。

 

 俺はそんな彼女の姿を視界の隅で捉えつつブルリと肩を震わせると、主催者が来れなくなったのでこれは解散するしかないと思い、「今日はもうお開きだな」とぼそりと小声で呟いた。

 そして愛すべきマイハニーが待っている我が家に一秒でも早く帰ろうと力強く足を踏み出しーー


「ちょい待ち」


「ぐぇっ」


 このまま逃げ帰ろうと一歩目を踏み出した瞬間、突然制服の首根っこを西川に掴まれてしまい俺は思わず奇声を発する。そしてゲホゲホと席を漏らしながら、「な、何すんだよ」と西川の横暴にケチをつける。


「何って、ツッチーこそ何で帰ろうとしてんのよ?」


「え、だって……」


 大森が来れないからじゃん。と正論を口にしようとしたのだが、何故だかそれを言ってしまうと怒られそうな雰囲気だったので寸でのところで言葉を止める。

 するとやはり俺の思考回路は人に読まれやすいのか、「まさか大森が来ないからもう帰るとか言わないよね?」と釘を刺されてしまう。いやほんと怖いんで、その目だけはやめて下さい。


「そ、ソンナワケナイジャナイカ」と久しぶりにゾンビ口調になりながら、俺は言葉だけでも賛成の意を表す。

 けれども気になるのは……


「で、でも俺たちだけで何すんだよ?」

 

 最もな疑問を口にして西川の様子をチラリと伺う俺。この流れだと、まさかの彼女と二人で遊ぶことになる。

 それはつまるところ、俺が先日ホームセンターで経験した本格的なデートというもので、ましてや今回の相手もかなりの美少女。

 こんなラッキーハプニングを起こしてくれるのなら、もうラッキーハプニングは二度といらいので素直な川波さんとお付き合いさせて下さい。

 

 そんなことをなむなむと心の中でラブコメ神に向かって祈っていると、何やらガソゴソと鞄の中を漁り始めた西川がチケットの束のようなものを取り出した。


「……なんだよそれ?」


 じゃじゃんと得意げに鞄から取り出してきものを見せつけてくる西川に、俺は訝しむような口調で尋ねる。

 すると相手はニヤリと大森にも負けない悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「今日はこれを使ってツッチー磨きをしますっ!」


「……は?」


 誰かさんのラインのメッセージと似たような言葉を口にする西川に、俺はあからさまにポカンとした表情を浮かべる。そして彼女がほれほれと差し出してくるものを受け取り見てみると、それはこのショッピングモールで利用することができる金券だった。


「おい待てよ西川、さすがにこれはマズいだろ」


 俺はしごく真面目な顔でそう言うと、受け取れないと付け足して西川へと返す。以前よりかは仲良くなった同級生とはいえ、女の子から金券を受け取るようなヤボなことはできない。しかも『千円』と記されたその紙はけっこうな量がある。


「むしろこれは西川自身がさらに可愛くなる為に使うべきだ」とあわよくば上手いことを言って俺だけでも帰れないかなー? なんて作戦を頭の中で考えていると、姫様が金券の束をひらひらと振りながらけらりとした声で言う。


「大丈夫大丈夫! これ湊人のやつが富川先生のちょっと無理なお願い叶えた時にお礼でもらったやつらしいから」


 本人はいらないんだって、とさらに言葉を続ける西川だったが、俺はそんな言葉よりも前半の内容の方が気になり仕方なかった。

 ちなみに富川先生とは今年赴任してしたばかりの若手の可愛い女教師で、例の屋上の鍵をこっそり大森に貸してくれている先生でもある。

 ってか金券もらえるほどの無理なお願いって何なの? まさかアイツ、これほしさに身体売ったりしてないよね?

 

 でも相手が富川先生ならまあ悪くはないか、と危うく俺までダークサイドな思考に陥りそうになってしまい慌てて首を振る。そして、ならばこの状況を逆手に取って何とか解散に持ち込めないかと口を開く。


「け、けど大森がもらった物ならやっぱアイツが使うべきだと思うんだよな! ほら、大森のやつ前に靴ほしいって言ってたし。だからまた日を改めて今度はみんなで……」


 と、最初に計画していたキザな台詞は言えないので妥当な言い訳をモニョモニョと口にしていると、「あーそれは無理」と何故かいきなり西川に一刀両断されてしまう。

「何でだよ?」と思わず眉根を潜めて聞き返すと、相手は手に持っている金券の隅の方を指差す。


「だってこの金券、有効期限が今日までだから」


「…………」


 悪意と計画性さえ感じさせるその事実に、俺は口を半開きにしたままただ固まってしまう。

 そんな自分の様子など一切気にする様子もなく、「レッツゴー!」と姫様は意気揚々と先に足を進めるのであった。

 

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