第25話 新たなる作戦

「あともう一歩って感じはするんだけどなぁ」


ダブルデートの翌日。昼休みの屋上で大森が寝転びながらそんなことをボヤいた。

 彼の独り言を聞いているのは隣に座っている西川だけで、今日はいつもの二人がいない。


「何があと一歩なの?」

   

 カフェオレのストローからちゅっと唇を離して西川が尋ねる。その言葉を聞いた大森は呆れたように小さく息を吐き出すとのっそりと上半身を起こす。


「あと一歩といや康介と川波さんのことしかないだろ。お前は昨日何見てたんだよ」


「そんなこと言われたって、私は湊人みたいにズカズカとデリカシーもなく川波さんに話しかけてなかったし」


「おいおい、その言い方だと俺がやたらと失礼な人間みたいに聞こえるじゃねーか」


「もちろんそのつもりで言ったんですけど?」


 詫びる様子もなくいつものようにへらりとした顔で冗談を飛ばしてくる西川に、「うるせえ」と大森はすかさず突っ込みを入れる。

 そして彼は昨日の出来事でも思い出すかのように空を見上げると、話しを本題へと戻す。


「これは俺の予想だが、おそらく川波さんも康介のことは何かしら意識しているはずだ」


「まあ一緒に住んでるぐらいだからそりゃ意識はするでしょ」

 

 西川はそう言うと再びストローに口をつけた。

 今でこそ筒乃宮と川波が一緒に住んでいることに何も驚かなくなったが、最初にその話しを聞いた時は衝撃のあまり彼女はリアクションさえ取ることができなかった。

 そもそも川波が家政婦として筒乃宮の家に住んでいること自体が意味不明だし、ましてやお互い恋に青春に性にと多感な十代だ。

 そんな男女が一つ屋根の下で一緒に暮しているとなると、誰もが思うことは……


「ツッチーってほんとに川波さんとエッチなこととかしたことないのかな?」


 純粋に疑問に思ったことを、西川は特に恥ずかしがることもなく口にする。もちろんその質問を受け取った相手もこういった話題で挙動不審になったりする人間ではないので彼女の疑問に素直に答える。


「ねえな。康介は間違いなく正真正銘の童貞だ。俺が保証する」


「いや私にそんなこと堂々と暴露して保証されても困るんですけど?」

 

 会話は低レベルなのになぜか得意げにドヤ顔を決める幼馴染みのギャップが面白くて西川は思わずけらけらと喉を鳴らした。

 確かに彼女としても、大人っぽくて女子から見ても美少女だと思える川波はともかく、女という生き物にまったく免疫はなく常に挙動不審の筒乃宮がそんな展開に持ち込めるとは思えなかった。

 それどころか、彼は生涯男としてちゃんと活躍できる場がくるのかとさえ疑問に思う。


「相手があの川波さんじゃなければ、もうちょっとツッチーにもチャンスがあったのかもしれないんだけどなぁ」と誰にいうわけでもなくそんな独り言を漏らす西川。美女と野獣とまでは言わないが、それでも側から見ればあの二人が不釣り合いだということは明白だ。

 そして不釣り合いといえばもう一つ……


「そういや湊人ってさ、なんでそんなにツッチーに協力的なの?」

 

 今度は興味の対象を自分の幼馴染みに向けた西川が、ぼんやりと空を眺めている大森に向かって尋ねる。

 すると彼は「え?」と間抜けな声を漏らして彼女の方を向くも、その整った顔立ちはひいき目無しにこの高校の中でもズバ抜けて男前だろうと西川は思う。

 自分が所属しているグループにもここまでのイケメンはいないし、彼がその気になれば外見だけでなく中身の魅力も含めてすぐにカーストトップの座に居座ることだってできるはず。

 それだけのポテンシャルを持ちながら、大森はいまだその爪を隠したまま、それどころか本来であれば無縁の人種であろう筒乃宮のようなパっとしない生徒とつるんでいることが西川には不思議に思えた。

 

 するとそんな西川の心境を察したのか、大森が「そうだなぁ」と呟くように口を開く。


「だって面白いだろ? 自分の好きな子が同じ家に住んでて家政婦やってるなんて、アニメやドラマの話しじゃあるまいしそんな経験してる奴なんて滅多にいないからな」


 まるで最近ハマっている漫画の話しでもするかのように、ニヤリと笑み浮かべながらそんなことを口にする大森。

 そんな彼を見て思わず西川が、「ただ楽しんでるだけじゃん」と呆れた口調で突っ込みを入れた。そして、その直後だった。

 ふっと一瞬だけ真面目な顔つきに戻った大森が、囁くような声で静かに呟く。


「……それに、康介は俺の『恩人』だしな」


 懐かしいものでも見るかのように目を細め、そんな言葉を漏らす大森。何度か聞いたことのあるその言葉に、「またそれか」と西川は返事を返すも、それ以上のことは聞かなかった。

 普段はチャランポランで女たらしの幼馴染みだが、変なところは頑固で聞いてもはぐらかされることがわかっていたからだ。

 

 とりあえず場を繋ぐ程度に、「なら尚さらあんたも頑張らないといけないね」と西川がそれらしい返事をして残ったカフェオレを一気に飲もうとした時、「そうだっ!」と何やら悪巧みでも閃いたかのような声が屋上に響いた。


「待ってても始まらないなら、こっちから仕掛けりゃいいだけか」


「は?」


 まるで新しい玩具でも見つけたかのように嬉々としてそんな声をあげる大森に、また始まったと嘆かんばかりに頭を押さえる西川。この男が閃くことは、そのだいたいがロクなものではない。


 そうとはわかっていても実行したがるのも自分に協力を求めてくるのももう昔っからわかりきっている西川は、「何なのよ?」と藪から棒に声をかける。

 すると相手は先ほどよりもニヤリという表現がピッタリと似合う不敵な笑みを浮かべると、熱のこもった声で口を開いた。


「康介が愛しの女の子をゲットできるための作戦第二弾! その名も……」

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