第27話 筒磨き②

 普段は大森と訪れ慣れているショッピングモールでも、誰と一緒に来るのかによってこうも気分が違うのかという事実を、俺は広い通路を歩きながら痛感していた。


「やっぱりまずは服装から変えないとね!」

 

 何だか楽しそうにそんな言葉を口にする西川のことを、俺はチラリと伺うような視線で観察する。

 何度も思うことなのだが、やはり彼女も川波の次にランクインするほどの美少女であることは間違いない。

 

 こうやって一緒に歩いているだけでも周囲からは見ず知らずの人たち(特に男)の視線をやたらと受けることは感じるし、何なら俺みたいな人間が彼女の隣を歩いているので「え? なんであんな男と?」みたいな屈辱的な視線まで向けられてしまう始末。

 これが大森と遊びに来るだけならそんな視線もプレッシャーも感じることはないし気兼ねなく羽を伸ばせることができるのだが、相手が西川となるとやはりそうはいかないみたいだ。


「に、西川……俺ちょっとトイレに……」


「あっ、見て見てツッチー! あれカワイイ!」

 

 周囲からのプレッシャーに耐え切れずお腹が痛くなったので一時撤退をしようと口を開いたのだが、何やら可愛いものを見つけた西川によって遮られてしまう。……って西川さん。そのお店おもいっきり女性ものなんですけど?


「似合うかな?」ともはやツッチー磨きのことは忘れて自分用の服を選び始めた西川は、お店の入り口に飾っていた上着を手に取るとそれを自分の身体に重ねてみる。


「どうどう?」


「いやまあ……」

 

 嬉しそうに意見を求めてくる西川に、俺は少しドギマギとしながら視線をそわそわとさせる。だって仕方ないだろ。西川が俺に見せてきたのは胸元が大きく開いたふわふわのデザインで、ナイスバディの彼女が着れば間違いなくボインとなってヤバイことになるやつだ。


 すでに少し興奮状態の思考のせいで語彙力が著しく低下してしまっている俺は、頭の中でボインだのヤバイだのとそんな小学生のような単語を連発していた。

 かと言ってそんなことを素直に口にすれば俺の身が違う意味でヤバイことになってしまうので、ここは冷静な意見をと静かに口を開く。


「ま、まあアリだとは思うけど……」

 

 もにょもにょとぎこちない声を漏らす自分に、「けど何よ?」と何やらちょっと不機嫌そうに唇を尖らせる西川。そんな彼女に対して俺は慌ててフォローを入れる。


「いや良いです! 良いとは思うけど、そのちょっと派手というか肌が出過ぎになるというか……」


 そんな言葉を口にしながら西川が持っている服の胸元をチラチラと見ていると、彼女は特に気にする様子もなくいたっていつも通り口を開く。


「そう? これぐらいだったら普通じゃない? 制服だっていつもボタン開けてるからこんな感じだし」

 

 そう言ってボタンを大胆に開けている制服の胸元をピンと人差し指で引っ張って弾く西川。って、オイやめてくれよ。そんな挑発的なことをされたら俺の方がピンとなっちゃうだろっ!

 

 などと一瞬大森みたいにふしだらなことを考えてしまいそうになったので、俺はゴホンとわざとらしく咳払いをして意識を切り替える。

 そしてモラルを大切にする青少年のようなことを口にする。


「いやいやいや、西川が良くても変な男に目を付けられたら危ないだろ。だから……」

 

 今度はわりと真面目な感じで意見を述べることができているなと思っていると、何故か突然西川がプッと吹き出す。


「……何だよ?」

 

 人が真剣に話しをしているのに目の前でクスクスと肩を震わせる相手を見て、俺はつい目を細める。すると西川が「ごめんごめんっ」と笑いながら顔を上げた。


「だってツッチーがお父さんみたいなこと言うんだもん」


「……」

 

 いやちょっと待てよ。俺はモラルを守る好青年のつもりで意見を述べたつもりなのに、さすがにお父さんはないだろお父さんは。

 

 何だか自分がオヤジ臭くなったような気がして、思わず苦笑いを浮かべたまま固まってしまう。すると『お父さん』発言で俺がショックを受けたことに気付いた西川がフォローを入れてきた。


「あ、でもツッチーが私のことを想って言ってくれたのは嬉しいよ」


「はぁ……」


 とって付けたような感謝の言葉に俺はため息混じりで返事をする。いーんですいーんです。パパは全然気にしてないからねっ!

 

 そんなプチショッキングな出来事があった後、やっと本来の目的を思い出した西川が「私じゃなくてツッチーの服見に来たんじゃん」と言って今度は俺をメンズフロアへと拉致していく。


「そういやツッチーっていつもどのブランドで服買ってるの?」


「……」


  はい出ましたよこの質問。世の中の男がみんなリア充みたいに『メンズノノン』とか『ファイブボーイズ』みたいな雑誌読んでファッションが好きだなんて勘違いしないでほしい。

 中には俺みたいに「とりあえず着れたらOK」的な流行に流されない人間だって存在してるんだよ。

 

 まあ俺の場合は父親からもらった昭和臭い服はたくさん持ってるけどな、と口にはしなくともそんなことを考えていると、何やら「ふむふむ」と勝手に納得し始めた西川が再び唇を開く。


「やっぱツッチーの場合そんなこだわりなんて持ってないか」


「おい待て西川。なぜ俺の返答を聞く前に結論づける?」

 

 さすが大森の幼なじみとだけあって即行で俺のことをディスってくる美少女に、「少しは俺の可能性を信じろよ」とジト目で睨む。 

 すると先ほどと同じくケラケラと喉を鳴らす西川は、「じゃあ好きなブランド言ってみなさいよ」と上から目線でクエスチョンを返してきた。くそ……俺がファッションブランドを何も知らないと思ってるなコイツめ。

 

 事実何も知らないのだが、ここで素直に「知らない」と言ってしまうのは負けた気がして悔しいので、俺は記憶の片隅にあるファッションブランドを流暢な口調でリア充風に告げる。


「まあ俺が好きなブランドは、洋服の『AOYAMA』かな」


「いやそれスーツのお店だから」


「……」 

 

 口は災いのものとはまさにこのことである。くそっ、よくCMで耳にするから有名なブランドかと思ったけどまったく路線が違うじゃねーかよオイっ!


 もはやここは開き直って「俺のこだわりはNo brand!」なんてことを言ってやろうかと思ったがみじめで哀れな未来しか見通せないのでやっぱりやめた。


「はいはい、じゃあ今日は私が一から指導してあげるから感謝しなさいよ」


「くっ……よ、よろしくお願いします」

 

 俺はまるで苦虫を百匹ぐらい口に詰め込んだような表情をしてしぶしぶ負けを認める。 

 するとそんな自分を見て、西川がニヤリとした笑みを浮かべた。


「でもこれでツッチーが男前になったら川波さんだって惚れ直すかもよ?」


「……」

 

 川波だって惚れ直す。そのマジックワードは俺のヤル気スイッチを刺激するには十分だった。


「西川様、本日は御指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します!」


 俺は上司を敬う新入社員のごとく深々と頭を下げる。そんな俺を見て、「あんたね……」と西川は呆れたような声を漏らすも、「ちゃんと結果で示しなさいよ」と押してくれるのであった。

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