第18話 膝枕

 案の定、最も得意としていたはずのアトラクションで活躍できなかった俺は、その後のアトラクションでも次々と失態を起こし続けてしまった。

 二つ目に選ばれたゴーカートでは、アクセルの加減がわからずスタートと同時にフェンスに激突し、高所恐怖症でありなから川波にカッコいいところを見せようとして挑んだジェットコースターでは誰よりも絶叫した後にベンチで横たわる始末。


 やっと気持ち悪さが収まり、ここはまず穏やかな乗り物でペースを取り戻そうと四人で乗ったコーヒーカップでは、テンションが上がり暴走歯車と化した西川が傘回しのごとくカップを回してしまい俺は再び横たわる羽目に。

 挙句、すぐに悪巧みが閃く大森が、「なら次はゆったり景色でも楽しもうぜ」といって選んだアトラクションはフリーフォールと呼ばれる絶叫系で、ジェットコースターよりもはるかに恐ろしい風を感じてしまい俺の意識は完全に消えていた。

 ちなみにあまりの恐怖で少しちびったような気もするが、事実確認をしていないので俺はまだ認めていない。


「鬼畜だ……鬼畜過ぎる……」


 もはや締め切りに追われる小説家のごとく、俺は頭を抱えながらベンチにぐったりと座っていた。まだフリーフォールの恐怖が抜け切っていないのか、腰から下の感覚はない。 


「筒乃宮様、大丈夫ですか?」


 不安そうな表情を浮かべながら、隣に座っている川波が尋ねてくる。もちろんこの状況からお察しの通り、疲労困憊の俺とは違い川波はどのアトラクションもクールフェイスでこなしていた。そしてホットホットフェイスな二人は元気が有り余っているようで再び悪魔のフリーフォールへと挑戦中だ。

 

 ぐっと顔を近づけてきた川波に思わずドキッとしながらも、俺はせめて受け答えだけでも男前にと「大丈夫だ」とハードボイルド風に返事を返した。

 が、直後すぐにウプッと気持ち悪くなってしまいそのまま横になる。……って、今日の俺マジで終わってるな。

 

 なんてことを思い、これじゃあ自分の魅力を伝えるどころか株価暴落のように評価が下がってるじゃねーかと一人絶望していると、ふと頭上から柔らかな声が耳に届く。


「あの、良ければ膝枕でもしましょうか?」


「………………え?」

 

 不意に鼓膜を震わせた言葉に、俺は我が耳を疑った。聞き間違いでなければ、俺の早とちりでなければ、川波さん今『膝枕』って言わなかったかい?

 

 驚きのあまり目をパチクリとさせた俺は、思わず呆然とした表情で彼女のことを見上げる。すると特に恥ずかしがる様子もなく川波が話しを続ける。


「その体勢だと何だか苦しそうなので」


「……」


 なるほどなるほど、なーるほど。つまりこれは家政婦として主人の身体を心配しての発言ということなので、俺がその言葉に甘えたとしても罪に問われることはないということ。

 ましてや今の俺は半ば病人に近い状態だ。何だか胸がドキドキして息がしざらい気がするので、ここは一刻も早く頭の位置を高くして気道を確保する必要がある。

 

 そう思い俺は少し上半身を上げると、大森たちがまだ帰ってきてないことを確認する。そして同じベンチに座っている川波の方をチラリと見た。

 太ももの上に上品に両手を置き、純白のワンピースから覗く白く滑らかな両の足。

 見るからに柔らかそうで良い匂いがしそうなあの場所に、今から俺は頭を埋めるという。

 

 そんな自分の姿を想像するだけで、気持ち悪さは嘘のように消えていき、何ならムクムクと身体は活気を取り戻しエネルギーが補填されていくではないか。……って、なんだよオイ。俺の体って思った以上に単純だな。

 

 そんなことを思いながらも、川波の優しさを無下にはできないと俺は病人の姿勢を貫き、「ほ、本当にいいのか?」と最終確認を行う。すると川波は「ええ、どうぞ」と迷いなく答えた後、ふいっと俺の方へと少し太ももを向けてきた。


「し、シツレイシマス……」

 

 あまりの緊張に口調がゾンビになりつつも、俺は持ち上げた頭をゆっくりと川波の太ももの方へと下ろしていく。その距離が近づくにつれ耳の奥ではありえないほど心音が響いていて、何ならこのまま昇天しそうだ。


 おいおい嘘だろ、こんな夢のようなことが……


 視界のすぐそこに川波の艶かしいほどの太ももが迫り、距離にしてほんの僅かになった瞬間、俺は思わず息を止める。

 ついさっきまでは大森たちとこの場所に遊びにきたことを全力で後悔していたが、こんなラッキーイベントが起こるのであれば今はあらゆることに感謝できる。テーマパーク万歳、ゾンビ万歳、ヘタレな俺ばんざ……


「おーいっ! 筒乃宮もう元気になったー?」

「うおっほぉ!」


 突如西川の大声が鼓膜を揺さぶり、俺は思わずゴリラのような奇声を発した。そして次の瞬間まるでスタントマンのような動きでベンチの上で身体を一回転させると、そのまま地面へと華麗に着地する。

 もちろん俺のそんな突然の動きに、川波は「え?」とポカンとした表情を浮かべる。


「おうおう康介、すっげー元気になってんじゃん! もしかして川波さんに何か良いことしてもらったのか?」


「…………」


 その良いことを寸前で阻止してきたのはお前らだろ! と俺はかつてないほどの鋭い瞳で大森のことを睨む。けれども以前俺の考えていることなら何でもわかると豪語していた相手は、「良かった良かった、目力もばっちりじゃねーか」と勘違い発言を繰り出す始末。……いやほんと、あんた何なの?


「ねーねー、ちょっとお土産見て行かない?」


 俺にとって夢のようなシチュエーションをぶち壊しにしたことにまったく気付いていない西川は、前方に見える土産ショップを指差しながら嬉しそうにそんなことを口にした。

 その言葉に、「土産ショップも面白そうだな」と大森もノリ気になっているので、是非とも二人仲良く冥土の土産でも選んできてほしいところだ。


 などと捻くれボーイっぷりを表情で表現する俺だったが、リア充姫様と王子の空気を覆せるわけもなくしぶしぶその提案に同意するしかない。


「ゾンビのビスケットとか売ってねーかな?」


「売ってるわけないじゃん。バカじゃないの」


 楽しげにいつもの夫婦漫才を俺に見せつけながら、先に土産ショップの方へと歩いていく二人。そんなイチャコラな二人の後ろ姿を眺めつつ、自分にとっては初のイチャコラとなる機会を失ってしまった俺は絶望的なため息を吐き出す。


「筒乃宮様、お体の方は本当に大丈夫ですか?」


 ぐったりと肩を落とす自分を見て、表情はクールでも優しい川波がそんな言葉をかけてくれる。そうだ、まだ遊びは終わっていない。せっかくこうやって川波と出かけることができたんだから、いつまでもゾンビみたいな表情をしていては彼女に失礼だ。

 

 そう思った俺は、自分が今出せるであろうありったけの元気をかき集めて返事の言葉を口にする。


「ウン……ダイジョブダ」

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