第17話 美少女ガンファイター

 決め台詞は奪われてしまったものの、やっと自分の見せ場がやってきたと思った俺は、大森と共に自信たっぷりな表情でアトラクションの中へと足を踏み入れた。


「へー、けっこう本格的に作られてるんだな」


 感心したような声を漏らしながらぐるりと辺りを見渡す大森。そんな彼につられるように俺もキョロキョロと周囲を見渡すと、「ほほう」と思わずその光景に言葉を添える。

 

 ポイヨハザードのゲームはシリーズものになっていてⅠが洋館、Ⅱが炭鉱、そしてⅢが月を舞台にしているのだが、このアトラクションはⅡの『廃炭鉱』をモチーフにしている。

 なお余談にはなるが、Ⅲでどうして月が舞台になるのかというとこの炭鉱で殺されたモブのゾンビが異世界転生し、月で生活をしている民に次々と襲いかかる設定になっているからだ。

 ちなみに異世界転生している時点でもうゾンビじゃないだろと思わず言いたくなってしまう部分はあるのだが、こういう突っ込みどころ満載なところもこのゲームの良いところなのである。

 

 とまあそんな感じでゲームについて一人振り返っている間に順番待ちだった列は進んでいき、ついに自分たちの番がやってきた。


「ヨクキタナ……オマエタチ……」

   

 大きな岩の壁が開くや否や、ゾンビの格好をしたスタッフが俺たちを出迎えた。その瞬間、「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた西川が何故か俺の腕に力強くしがみついてきたので、その勢いに俺は思わず「ぎゃっ」と大きな悲鳴をあげた。


「筒乃宮様落ち着いて下さい。あれは本物のゾンビじゃありません」


「…………」


 どうやらさっそくビビっていると思われてしまったのか、隣にいる川波がすぐさまそんな言葉を口にしてきた。くそっ、西川のせいで俺がすっげー情けない奴みたいになっちゃったじゃねーかよオイ!

 

 そんなことを内心で憤りながら慌てて西川から離れる俺だったが、何やらすっごく柔らかいものが自分の二の腕部分に触れていたような気がしたのでここは仕方なく許すことにした。


「オマエタチニハ、コノ『トロッコ』ニノッテモラウ」

 

 スタッフがゾンビ口調でそんなことを言った直後、俺たちの目の前にカタカタと音をたてながら一台のトロッコがやってきた。なるほど、どうやらこれに乗って炭鉱内の進みつつゾンビを倒していく設定になっているらしい。

 再びゾンビ口調のスタッフの言葉に促されて、俺たちは棚に並べられたVRゴーグルとハンドガンを手に取る。そしてゲームの説明をしてくれるゾンビ口調のスタッフの話しに耳を傾けるのだが、そもそも喋るゾンビというものに何だか違和感を感じてしまうのは俺だけか?


 けれども西川がなかなかゴーグルを装着できないことに見かねたゾンビが、「チガウ、マズハソノゴムヲユルメテ……」と丁寧に説明してくれていたのできっとこのゾンビは良い奴なんだとは思う。


「デハオロカモノタチヨ……ゾンビタチノエサトナルガイイ」

 

 再び悪役に戻ったゾンビが、トロッコに乗り込んだ俺たち四人に向かってそんな言葉を放った。するとその直後、ガコンと揺れたトロッコがゆっくりと進み始める。


「おぉっ」

 

 VRゴーグルとハンドガンを身につけた時点ですでにゲームの主人公になりきっている俺は思わず歓喜の声を漏らす。大森についてはよほど興奮しているのか、「すげーすげー!」と声をあげながらはしゃいでいたのだが、すぐに後方から「アブナイカラ、ミヲノリダサナイデ!」とさっきのゾンビが叫んできたのでやっぱりアイツは良い奴なんだと思う。


「よーっし康介! どっちが多く倒せるか勝負だ!」


 さっそく前方から現れてきた大量のゾンビたちを前に、興奮しっぱなしの大森がそんな言葉を口にする。

 もちろんその挑戦に俺は「いいぜっ!」とヤル気満々で答え、大森の隣ではガクブルと体を震わせる西川がピッタリと彼にくっついている。そして俺の隣では……


『グオッ!』


『ウゴッ!』


『ガウッ!』


「……へ?」

 

 突然ゾンビたちの悲鳴が聞こえてきて、俺は思わずマヌケな声を漏らしてしまう。そんな自分の視線の先では、まるでガンファイターのごとく銃を構えて次々とゾンビを仕留めていく川波の姿が。


「え、あの、ちょっと……」

 

 予想もしなかった展開に、俺は銃を構えることも忘れて固まってしまう。すると同じく川波の姿に衝撃を受けた大森が、「おいおいマジかよ」と慌てた様子でハンドガンを構えてすぐさま援護に。

 そんな二人の活躍によってゾンビたちの最初の襲撃はものの数分で一掃されてしまった。


「……」  

 

 まったくもって活躍の出番のなかった俺と西川はただ呆然とした状態で突っ立っていた。

 けれどもすぐにハッと我に戻った俺は、いまだ警戒を許さずハンドガンを構えている川波に向かって慌てて口を開く。


「か、川波って実はゲーム得意だったの?」

 

 川波がこっそりゲームをしていたなんて夢にも思わなかった俺は、おずおずとした口調でそんなことを尋ねた。すると彼女からは、さらに夢にも思わなかった返答が。


「いえ。初めてですが、家政婦になる際に一通りの仕事はできるようにと両親からは手ほどきを受けています」


「…………」

 

 おいちょっと待てご両親。いったい娘に対して何を教えたんだ?

 

 改めて川波の両親がズレていることを認識し直している間も、トロッコはカタカタと音を鳴らしながら薄暗い炭鉱内を進んでいく。

 

 その後もゾンビが現れる度に川波は俺よりも早くハンドガンを構えて正確かつ無慈悲にゾンビたちの頭を撃ち抜いていき、「なにくそっ」とそれに続く形でこれまた正確なショットでゾンビを打ち倒していく大森。

 俺はというとゾンビが現れる度に二人に前衛を取られてしまい攻撃に参加することができず、西川に関しては「いけいけっ!」ともはやハンドガンを放棄して応援に徹している始末だ。


 さすがにこのままだと川波にカッコいい姿どころか一人のゲーマーとしても示しがつかないと危機感を感じた俺は、トロッコの背後からこっそりと忍び寄ってくるゾンビに気づき銃口を構えた。

 が、しかしーー


『グワァッ!』

 

 俺がトリガーを引く前に、何故か悲鳴と共に崩れ落ちていくゾンビ。

「え?」と思わず驚きの声を漏らして後ろを振り返れば、視界にはカッコよく銃を構えた川波の姿が。


「ご心配なく。筒乃宮様にはトリガーは一切引かせません」


「いや引かせて! せめて一発は引かせて!」

 

 主人の身を案じてくれる優秀すぎる家政婦に、俺は必死になって嘆願する。けれどもどうやら川波も一度スイッチが入るとゲームにのめり込んでしまう性格のようで、見たこともないようなテクニックでリロードを終えると再びハンドガンを構えてゾンビの集団を撃ち倒していく。

 

 嘘だろ……

 

 もはや最新型のVRで再現されたリアルなゾンビたちよりも、リアルに戦場でも経験してきたのかと思いたくなるような川波の動きに俺は畏れを感じてゴクリと唾を飲み込む。

 

 結局トロッコがスタート地点に戻ってくるまでの間、俺はほとんどトリガーを引くことができず、唯一倒すことができたのは川波の不意をついて彼女に襲い掛かろうとしてきたゾンビを撃ち抜いたその一度きりだった。


「オドロイタ……マサカイキテカエッテクルトハナ……」


 お決まり臭いセリフを口にする最初に出会ったゾンビにお出迎えをされて、俺たち四人はトロッコから降りた。

 これだけ優秀なガンファイター(俺除く)たちがいれば、どんな戦場だって生き抜くことができるだろう。

 事実今回のゲームで川波はこのアトラクションが始まって以来の最高得点を叩き出し、大森についても歴代二位というまさかのワンツーフィニッシュの記録を残したのだから。

 

 そんな栄誉ある形で生還を果たしたメンバーなのだが、おそらく俺の目だけが死んでいることに気づかれたのだろう。帰り際に「オチコムナ、ツギガアルサ」とゾンビがさり気なく声をかけてくれたので、やっぱりアイツは良い奴なんだと思う。


「いやー、にしてもまさか川波さんがあんたに上手だったとは思わなかったぜ」

 

 再び陽光が満ちる明るい世界に戻ってくるや否や、歴代ツーとなった男が賞賛の言葉を口にした。その言葉に、「ほんとにそう! 私もビックリしたって!」といるだけでヒロインの風格が漂う西川も続く。


「いえ、まだまだ無駄な動きが多かったと思います」


 二人の褒め言葉を立て続けに聞いても、浮かれることなく己を強く律して上昇思考を見せつける歴代トップとなった美少女家政婦。……って、何これ? 何の集団なの??

 

 ゾンビゲームの一件で主役メンバーからモブへと放り出されてしまった俺は巨大なため息をつく。唯一の見せ場であったはずの俺の勇姿と希望は、ゾンビもろとも撃ち砕かれてしまったのだ。


 この後のアトラクションでは何一つ活躍できる機会がないとさらに大きなため息をついていると、トコトコと女の子らしい足取りで川波が俺の目の前へとやってきた。


「筒乃宮様、その、先ほどのゲームでは……助けて頂き……」


 いつもなら淡々とハッキリとした声音で話す川波が、何やら珍しく恥ずかしがっているような口調でモゴモゴと唇を動かす。

 そのせいでうまく声は聞き取れないし、そもそも俺の精神状態がいくら川波相手とはいえまだ人の話しを聞けるほど回復していない。

 すると言葉に詰まったのか、川波が眉をハの字にしてしゅんとした表情を浮かべた。


「おーいっ! 次はあれに乗るぞーっ!」

 

 いつの間にか先を歩いていた大森の声が耳に届き、俺と川波はハッとした様子で顔を上げた。すると同じく次の目的地に向かっていた西川が俺のことをギロリと睨んできて、「早く来いっ!」と言ってきたので、「は、はいっ!」とすかさず返事を返す。


「川波行こうか」


「……はい」


 何やら不完全燃焼な表情を浮かべる川波の返事を聞いた後、俺は彼女をリードする形で先に歩き始めた。

 するとガヤガヤと賑わう周囲からの喧騒の中でふと背中から「ありがとうございました」と聞こえたような気がしたのだが、たぶん俺の気のせいだろう。

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