第16話 最初はやっぱり、

 テーマパークに足を踏み入れる前からすでにトラブルに見舞われてしまった俺だったが、気持ちを切り替えて意気揚々とした足取りでゲートを潜り抜けた。

 なんたって今日は念願だった川波との私服デートが叶ったのだから。

 

 しかも二人であれば終始気まずい感じになっていたかもしれないが、今回は大森と西川が協力してくれるおかげでそのリスクはない。

 さらにはこうやって四人で歩いていれば、側から見れば立派なダブルデートに見えるはず。事実さっきから俺たちの周りでは、「おいあそこのイケメン、両手に華じゃねーか」とか「見てみて、芸能人みたいな三人組がいるよ!」と黄色い声がしばしば聞こえてくるではないか。

 ……って、おいちょっと待て君たち。ここにもう一人いるんですけど?


「じゃああのパッとしない奴がマネージャーか」とわけのわからない言葉を呟いた見知らぬ男をチラ見で睨みつつ、俺は自分の存在を主張するかのように胸を張って少し歩調を早めた。

 すると隣を歩く川波が、「お手洗いなら向こうです」と何故か言葉を添えてきた。うん、別に漏らしそうになって歩調を早めたわけじゃないからね!

   

 と、思いつつも川波のせっかくの気遣いを無駄にしたくない俺は、「さすが川波、助かったよ」と言葉だけでも爽やかイケメンになりきったつもりで返事を返すと、颯爽とした走りでトイレへと向かっていく。

 すると背中から「筒乃宮漏らすなよーっ!」と西川が女の子にあるまじき言葉を大声で叫ぶもんだから、俺は周りにいる人たちからクスクスと笑われてしまう始末。……すげーなオイ。こんな短期間でコメディアンみたいな人間に仕上がっちゃったよ俺。

 

 そんな格好のつかない自分のことをトイレの鏡の前で数秒絶望した後に、俺は気を取り直すと再び三人のもとまで戻る。


「じゃあ康介もこれで漏らす心配はなくなったし、まずはあそこから行こうか!」


 戻ってくるなりさっそくトイレネタでいじってくる大森のことを冷めた視線で睨みつつも、彼が指差した方向を見て俺は「よしっ」と内心でガッツポーズをした。

 大森が記念すべき最初のアトラクションに選んだのは、このテーマパークに最近できたというVRガンシューティングだ。


 その名も、『ポイヨハザード』。

 

 名前からすぐにピンとくる人も多いと思うが、これは某有名なゾンビゲームをモチーフにして県内にあるゲーム会社が独自に作ったゲームだ。

 県発祥ということもあってか県内のゲームセンターにはよく置かれているVRゲームで中高生を中心に人気があり、その結果テーマパークのアトラクションにも採用されたほど。

 尚、本家との違いはゾンビの傷が一.七倍ほどリアルで滑らかだということなのだが、比べようもなければ興味もないので事実確認は行なっていない。

 

 内心でガッツポーズをしたことからわかるように、俺と大森はこのゲームのかなりの上級者だ。

 しかもホラーアトラクションとくれば頼れる男をアピールできるチャンス。デートスタートから俺に花を持たせてくれるチョイスをした悪友……いや、ソウルメイトに俺は視線だけで感謝の意を伝える。しかしここで姫様西川がその提案に待ったをかけた。


「えー、いきなりホラー系ってちょっと早くない? しかもあれ結構怖そうだし」

 

 何を言う。あなたの迫力と怒った時の顔の方がもっと怖いですよ?

 

 なんてことはもちろん口が裂けても言うことはできないので、俺はハラハラとした心境で西川のことを見つめる。自分としてはゲート前とトイレ駆け込みでの失態をあのアトラクションでカッコいいところを見せつけて早急に払拭したいところ。

 するとイケメン王子の大森がスマートに口を挟む。


「心配すんなって、優奈は俺が守ってやるよ」


 俺であれば七回転生しても言えないような恥ずかしい台詞を、「朝ごはん食べる?」みたいなナチュラルさでさらりと口にする大森。もちろん昔から付き合いのある西川は「はいはい」といつもと変わらず受け流していたが、その表情はどことなく嬉しそうだ。

 

 さすが大森……


 ほんの数秒の間に幼馴染み相手とはいえしっかり女子のハートを掴むソウルメイトに、俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。

 すると大森が俺の方をチラリと見てきて何やら意味深な視線を送ってきた。瞬き三回。『や、れ、よ』というメッセージらしい。


『わかった』と同じく瞬き四回で返した俺は、すっと小さく息を吸い込んで川波の方を振り返る。このまま何から何まで大森たちのお世話になってしまうのは忍びない。この辺で俺もしっかりと一つぐらいは格好良いところをアピールしておかないと。


「か、川波心配しなくてもおれ……」


「筒乃宮様はご心配なく。必ず私がお守り致します」


「え、あ……うん?」


 あれれー? なんか立場変わっちゃってる?

 

 まさかの決め台詞を川波の方から言われてしまい、俺は思わずたじろいでしまう。


 どうやら恋愛の神様は、なかなか俺に花を持たせてはくれないようだ。

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