第12話 スマートな気遣い

 西川からワンポイントアドバイスをもらった週末、俺は窓から差し込む穏やかな陽光を背中に浴びながらリビングのソファに座っていた。ただいま川波は夕飯の材料を買いに行くとのことで俺はお留守番モードだ。


「よし……」


 パンと軽く両太ももを叩いてソファから立ち上がった俺は、スマートな気遣いができる男になるべくぐるりと部屋の中を見渡す。本当は新婚さんみたいに川波と一緒に夕食の買い出しに行きたかったのだが、「筒乃宮様はご自宅でお寛ぎ下さいませ」と即答で断られてしまい泣く泣く今に至るのである。……って、俺ってやっぱり嫌われちゃってる?

 

 いやいやそんなことはない! と己の心を鼓舞した俺は、川波が帰ってくるまでの間に家事をこなして彼女を驚かせようと考えた。 

 恥ずかしながら普段は家事全般を任せっきりではあるのだが、「俺だってやればできるぜ!」とサプライズで見せつけようという魂胆た。もちろんそこは西川先生に教えてもらったようにスマートにアピールするつもり。


「おそらく部屋の掃除はまだだろうな」


 今日はまだ一度も掃除機の音を聞いていないことを思い出したので、ここは部屋をピッカピカにして川波のことを喜ばせようと思う。

「筒乃宮様、掃除機をかけて下さったのですね!」「ふ、俺にかかればこれぐらい朝飯前よ」みたいな感じで。……って、やべーなこの会話。お母さんと小学生の息子と同レベルぐらいになっちゃってるぞオイ。


「まあでも川波に喜んでもらえるなら頑張るか」


 一人そんな決意表明をぼそりと呟くと、俺はリビング横にあるウォークインクローゼットの扉を開けて中へと入る。

 ちなみに無駄に広い我が家は物置も広いようで、このウォークインクローゼットだけでも六畳くらいの広さはあるらしい……って、それだったらもう洋室に名前変えろよ。

 

 なんてツッコミを頭の中で繰り広げながら俺はウォークインクローゼットの中に足を踏みれるとある物を探す。そう、スマホ界の王者があのリンゴマークで有名なアイポンならば、掃除機界の王者といえばこいつだろう……CMでもお馴染みの『ダイポン』!

 

 普段から川波が整理整頓してくれているおかげで目的だったコードレス掃除機をすぐに見つけることができた俺は、まるで聖剣を抜き取るがごとく掃除機をスタンド式の充電器から静かに抜き取った。

 見た目の割には思ったよりも軽く、よくよく見てみるとコイツにもトリガーが付いているではないか。


「なんかSFの武器みたいだな」


 トレードカラーのシャインパープルも合わさってそんな風に見えるのか、何だか掃除機を握っているというよりも悪と戦う為のセーバーを握りしめている感じだ。


 そんなことを考えてしまったせだろうか、心の奥底で眠っていたはずの童心が疼き出しそうになり、俺は「いやもうガキじゃないからな」と自分の精神を強く律した。そして再びリビングへと戻ってくると、掃除機の先っぽを床へとつけて真面目な顔つきでトリガーを引いてみた。すると……


 ヴォォォォン……ウィンッ!


「おぉっ」


 トリガーを引くや否や、けたたましい音を立てながら起動を始めるダイポン。さすが掃除機界の王者というだけはあり、その起動音だけでなく吸引力の方も凄い。

 そして俺の心を最も震わせたのが、トリガーを離した瞬間に聞こえてきた最後の『ウィン』。モーターの停止音なのか何なのかはわからないが、その独特の音が何だかSF映画とかの攻撃時に使われる効果音に似ているのだ。

 そう、いうなればフォースの力によって生み出されるあのセーバーを振るう時のような音に。


 何をバカなことを考えているんだと理性では思いながらも、掃除機をかけながらウィンウィン聞いているとやはり童心が揺さぶられてしまい俺の有り余る想像力が刺激されてしまう。

 そのせいか掃除機をかける手つきが徐々に剣を振り抜くような手つきへと変化していき、しまいにはーー



 ――ついに貴様もフォースの力が覚醒したようだな。(妄想)



「お、お前は!」とピークに達した俺の妄想力が、本来ならば見えざるはずの相手の姿を視界に映し出す。

 突如目前に現れた相手(妄想)はその全身を黒い防具服で覆い、まるで闇を纏うかのごとく漆黒のマントを靡かせている。

 そしてその冷酷無慈悲な仮面からは一切の表情を読み取れず、ただ伝わってくるのは「シュコーシュコー」という呼吸音と、俺が握りしめるパイソンと同等のフォースを感じさせる禍々しい朱色を帯びたセイバーからの殺気。


 

 ――まさかこんな形で貴様と決着をつける時がくるとはな。(妄想)


 

 相手がそんな言葉を漏らした直後だった。身の危険を感じた俺は咄嗟にパイソンを構えると指先でトリガーを弾く。


 ウィンッ!

 

 けたたましいモーター音を轟かせて、俺のパイソンが相手の初手を防いだ(妄想)。直後、俺はすかさずコードレスな相棒を構え直すと今度はこちらから横薙ぎの一線を放つ。


「――ハァァッ!」


 目にも留まらぬ俺の攻撃が、相手の右肩をかすめた(妄想)。その瞬間、血しぶきの代わりに先ほど吸い込んだばかりの埃が宙を舞う。

『ぐっ!』と俺の耳にしか聞こえない敵の苦しむ声が鼓膜に届く。だがその直後、怒りに我を忘れた相手が暗黒卿の名に相応しく凄まじい練撃を放つ始めた。


 ウィンウィンッ! ヴォォォォーッ、ウィンッ!!


 まるで家電製品を握りしめているとは思えないほどの身のこなしで、俺は次々と襲いかかってくる暗黒卿の攻撃を打ち払っていく。おそらくコードレスでなければここまでの動きは実現不可能だっただろう。

 辺り一体に撒き散らされたおびただしいほどの鮮血(埃)を見て、俺は戦いの激しさに思わずゴクリと唾を飲み込む。


「仕方ない……あの『技』しかないか」


 もはや気持ちは完全にジェダイの一員となっている俺はそんな言葉を呟くと、眼前に立つ相手に向かって再びパイソンを構えた。手元を見ると今までの戦いでかなりのエネルギーを消費してしまったようで、フォースという名の充電残量は残りわずかしかない。

 

 しかし残量に囚われて僅かに気を逸らしてしまった瞬間、暗黒卿のセイバーが俺の心臓めがけて振り抜かれる。

「くっ!」とすかさずクッションを拾い上げ相手の攻撃を防ぐも、その凄まじい剣技によって盾と化していたはずのクッションが吹き飛ばされてしまう。


「なっ!」


 思わず声を上げて慌てて振り返ると、吹き飛ばされたクッションはリビングにある植木に激突して辺り一体を土の海と化した。その光景に俺は「やってしまった」と驚愕の色を滲ませるが、深呼吸をしてすぐに冷静さを取り戻す。……大丈夫、あとでパイソンで吸い込めばいいだけだ。


「よ、よくも俺の植木を……」


 まるで共に戦ってきた仲間を倒されたかのように、俺は怒りに満ちた目で相手(妄想の)を睨む。

 すると敵も次の一手で勝負を決めるつもりなのか、握りしめているセイバーにありったけのフォースを注ぎ込み始めたではないか。



 憎しみの力でこの私に勝る者などいない。これで貴様も終わりだーー(妄想)



 そう言って敵は煉獄のごとく紅い光を帯びたセイバーを俺へと向かって構えた。まさに師弟対決ならぬ親子対決の名シーンを彷彿させるようなシチュエーション。


 圧倒的強さを誇る相手のフォースを感じつつも、それでも俺は暗黒卿に向かって不敵に微笑む。


 奴がどんな宿命を背負ってダークなサイドに陥ったのかはわからない。だかもしも恨みや後悔、そして憎みしが人の心を強くするというのなら俺にだって負けてないものがある。


「お前は勘違いしている……」


 静かな口調で呟くと、俺はゆっくりとパイソンを構える。そして仮面越しに相手を睨みつける。


「俺が今まで男として生きてきて、どれほどの屈辱と後悔を受けてきたのかを……」


 そう言って俺は鋭利なブラシの先端を相手へと向ける。その瞬間脳裏を過ぎったのは、これまで一度も伝えることができずに消えていった淡く切ない恋心と、いまだ大人の仲間入りを果たすことができない未熟な俺のセイバーの姿。


 そんな混沌とした怒りと衝動を全てパイソンへと注ぎ込み、俺は詠唱のごとく言葉を紡ぐ。


「喰らうがいい……一度も実ることのない少年の小さな蕾を体現したこの技を――」

 

 そこで言葉をやめると、俺はパイソンを握る右手にありったけの力を込める。そして侍の如く俊速のスピードで握りしめた武器を前方へと突き放つ。

 これぞ未熟で純白な少年だからこそ発揮できる会心の一撃――


 

『チェリーの一突き』


 

 まるで光の矢のような一線が敵の心臓を正確に貫く(妄想)。瞬きさえも許さぬ一瞬の出来事に相手は断末魔さえもあげることができず、ただ驚きと恐怖に満ちた視線だけを向けてくる。



 ば、バカな……(妄想)



 俺の一突きを食らったまま、そんな言葉だけを呟いて膝から崩れ落ちる暗黒卿。その光景の余韻に浸るかのように、俺は突きを放ったポーズのまま目を瞑るとふっと小さく微笑んだ。

 最初からわかっていたことなのだ。相手がどんなに凶悪なフォースの力に満ちていようと、俺の中二病の妄想力に敵う奴などいな……


「……何をやっているのですか筒乃宮様?」


「ヒャイッ⁉︎」


 突然妄想の世界からではなく現実の世界から声が聞こえてきて、俺は慌てて目を開けた。すると槍のごとく伸びたパイソンの先、そのブラシの真正面に制服を着た一人の美少女の姿が。


「これは一体どういうことですか?」


「…………」

 

 出掛ける前とは変わり果てたリビングを見つめながら川波が尋ねる。その声音と表情は落ち着いているものの、先ほどの相手とは比べ物にならないほどのフォースの力を感じるではないか。


「い、いやその……」


 一瞬にしてジェダイの騎士からジエンドの瀕死に追い詰められた俺は、ただただ何か言い訳はないかと必死に頭を働かせる。

 ……が、もちろんこんな状況でベストな言葉など浮かぶわけなどなく、俺は返事の代わりに静かにトリガーを引く。


 ――ウィンっ!

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