第11話 もう一人の美少女

「ぎゃははははっ!」


「……」

 

 翌日の昼休み。教室内に大森のバカが付くほどの笑い声が響いた。もちろんその笑いの原因となってしまったのは、先日のホームセンターでの一件のこと。


「おい。笑い過ぎだぞ」


「だってお前……初デートがホームセンターって……」


 よほど笑いのツボに入ってしまったのか、一人お腹を押さえながらひーひーと呼吸困難に陥っている大森。よし、是非ともそのまま酸欠で死んでくれ。

 なんてメッセージを目力に込めて相手を睨みつけるも、鈍感でバカな大森がそんな視線に気づくわけもなく、相手は容赦なく傷口をえぐってくる。


「しかも蜘蛛にビビってドリル振り回して自滅するって……」


「おい待て待て。その言い方だと俺が相当ビビりで情けない奴になるだろうが」

 

 ……ま、あながち間違ってはないんだけどな。

 そんなことを一瞬認めてしまい、俺は思わずため息を吐き出してしまう。そしてチラリと窓際に座っている川波のことを見た。


 ……やっぱいつも通りか。


 大森にバカにされてされまくっている昨日のホームセンターデートだが、唯一良かっ……いや、最も予想外だったのは川波の指パックン事件だろう。

 いくら消毒の為とはあんな古典的消毒方法をされたのは生まれて初めてである。もちろんその処置を施した相手が想いを寄せる女の子であったことも予想外のことで、自分の指先とはいえ川波に食べられたこの人差し指が非常に羨ましい。

 

 次は是非とも俺自身を、などとバカなことを考えてしまいそうになり俺は慌てて首を振った。そしてもう一度真面目な顔つきで川波のことを見る。

 さすがの川波もパックン事件を起こした直後は取り乱していたが、家政婦としてのプロ意識の高さからか、家に帰った頃にはいつも通りのクールビューティーに戻って家事をこなしていた。そして今朝リビングで顔を合わせた時は昨日の出来事が何もかも夢だったんじゃないかと思うほど、俺と一緒に出掛けたことも指先をパックンしてくれたことも何一つ会話に出てくることはなく今に至るのだ。……って、あれ? 俺ってほんとに川波とホームセンター行ったよね? 


 何だか急に何もかも自分の妄想だったのではという謎の恐怖心に飲み込まれてしまいそうになった俺だったが、ふと川波と目が合った瞬間その可愛さに惹かれて「まあ妄想でもいっかなー☆」なんて事実を曲げそうになったので慌てて太ももをつねった。

 ちなみに川波のほうは俺がアイコンタクトで何か仕事を頼んできたのかと勘違いしたらしく席から立ち上がろうとしたので、俺は右手を上げるとそれも慌てて制した。さすがに学校でも常に一緒だったらそろそろマジで暗殺されそうなので、用がある時以外は自分の席で待機しておいて下さいとお願いしたのだ。

 俺としては川波は川波で友達を作ったり(男以外)、部活に入ったり(女子限定の)して学校生活を楽しんでほしいところなのだが、「私にはそういったことは必要ありません」と今のところ断固として受け入れてくれない。まあでも学校ではこうやって適度な距離感を保っていれば川波も自然と友達を作るかもしれないし、俺は俺で周りから変な誤解をされることも……


「でも良かったじゃん、川波さんにベロチューしてもらって!」


「おいオオモリィィィっ!!」

 

 突然血迷った変態発言をしてきた悪友に、俺は目が飛び出さんばかりの勢いでツッコミを入れる。ってかコイツどれだけバカなの!? 俺さっき恥を承知で昨日の出来事を包み隠さず正確に描写して話したよね? なのになんで周りから誤解されそうな話しの盛り方をしてくるわけ!?


「バカなの!?」と思わず声を上げて相手を睨みつけるも、バカと書いて大森と読むぐらいバカな相手は俺が照れていると勘違いしたのか、「照れるなって!」と意味不明なイケメンウィンクを飛ばしてくる始末。

 そのせいで俺の近くを通りかかった勘違い女子たちはキャッキャッと嬉しそうな声を上げているし、男どもに関しては俺の首をキュッキュッと締めてくるんじゃないかと思うほどの殺気だった視線を向けてくるではないか。


「あのな大森。俺はそ、そのベロ……なんちゃらとかされたわけじゃねーからな。勝手に話しを盛るなよ!」


「冗談だって冗談。でも舐められたのはほんと……」


「だーもうっ、うっさいうっさい! お前に話した俺がバカだったよ、ええもう大バカものでした!」


 開き直ったかのように俺はそんな言葉を放つとふんっと鼻息荒く椅子に座り直す。すると視界の隅で教室後方の扉が勢いよく開いたのが見えた。


「ちょっと湊人みなと! 私の教科書早く返してよ!」


 突然聞き慣れた粋のある声が聞こえてきて、俺はビクリと肩を震わせる。そして天敵でも見るかのように反射的に扉の方へと視線を向けると、そこには一人の女の子の姿が。

 

 緩やかにウェーブがかった長い茶髪に、目力120%はありそうなバッチリメイク。

 豊満なボディは制服の上からでも十分にわかり、それでいて目鼻立ちが整った顔立ちをしているのだから否が応でも男子たちからの視線を惹きつけてしまう。

 だが、同じ『惹きつける』といってもその見た目も性格も川波とはまったく真逆。

 彼女こそ月芝高等学校一年生の中でも上位カーストグループの中核メンバーの一人であり、そしてイケメン変態大森の幼馴染みでもある西川優奈にしかわゆうなだ。


「うっす優奈」


「うっすじゃないってこのバカ」


 そういっていつもの挨拶を交わすと、西川はまるで自分のクラスのような足取りで躊躇なく教室の中に入ってきた。そして俺の隣の空いている席にドカっと座ってガバッと脚を組む。

 その瞬間チラッと何やら赤いレースのようなものが見えたような気がしたのだが、きっと育ち盛りの少年の心が生み出した幻影なのだろう。うん、きっとそうだ。

 

 そんなことを思いながらどこに視線を向ければいいのかわからずソワソワしていると、今度は西川の覇気のある声が俺の方へと向けられる。


「あれ、筒乃宮つつのみやもいたんだ」


「ええ、まあ……」


 はい。と俺は苦手な上司から声をかけられるサラリーマンのごとく歯切れの悪い言葉で答える。この会話だけ聞くと、「あーなるほどね。筒乃宮ドンマイ」と俺と彼女との関係に同情を覚える人もいるかもしれないが、別にいじめられたりはしていない。むしろ西川は、この学校では珍しく俺と会話を交わす人物の一人なのである。それもこれも、俺が大森との繋がりがあったからこその賜物。

 

 ちなみにこのメンバーにたまに川波も加わることもあるのだが、校内の中でも飛び抜けた美人の女の子二人と飛び抜けたイケメン、そして飛び抜けて存在感のない俺が一緒にいるといるのは相当異質な空間に見えるらしく、周りの連中からは『魔のトライアングル』という名前まで勝手に付けられているほどだ。……って、一人欠けてるのって絶対俺のことですよね?


「わりーな優奈。これ返すわ」


「もう、あんたのせいで私が先生に怒られたんだからね」


 幼馴染みらしく距離感近く夫婦漫才のようなやりとりをしている二人。本人たちはいたっていつも通りのやりとりをしているだけなのに、それだけで何やら華と活気のある空気が生まれるのだからイケメンとイケジョという存在はすごいと思う。なお、あえて説明する必要はないと思うが、俺は西川に対して少し……いや、かなりの苦手意識がある。


「そうだ。ちょうど優奈がいるんだし、どうやったら女の子との距離を縮めれるのか聞けばいいんじゃないか康介」


「うげっ!」


 突如ありえない爆弾を投げ放ってきた大森に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。おいおい嘘だろ。いくら何でもこんなチーターみたいな迫力がある相手に、子羊のような俺が恋愛相談なんてできないぞ!


 なんてことを危機感と同時に思うも、目の前にいるチー……いや、西川さんは何やら面白そうにニヤニヤとしている。


「何なに? また筒乃宮がなんかやらかしたの?」


「……」


 おい、そこの幼馴染み二人組。なんで俺が恋愛相談する時は何かやらかした前提で話しが進むんだよ。

 これが大森相手だったら突っ込みを入れて躊躇なく睨みつけているところだったのだが、今回は相手が相手だけに俺は「い、いや。そういうわけじゃなくてですね……」とやっぱりリーマン用語で答えてしまう。


「それがよ、コイツったら初めてのデー……」


 何故か頼んでもいないのに大森が勝手に説明をしてこようとしたので、俺はその口めがけて消しカスを飛ばして続きを封じる。そして話しがややこしくならないうちに、あえて一般論として西川に相談始めた。


「その……女の子ってどんな男に心を開くのかなーって思って……」


 ははっ、と俺は「変なことを聞いてごめんねー!」といわんばかりのぎこちない愛想笑いを浮かべてフォローを入れる。すると西川は特に気にする様子もなく、「あー」と間の抜けた声を漏らしてからすぐに口を開いた。


「ナヨナヨしてなくてきょどってない男」


「…………」


 いやもう俺完全にアウトじゃん。ってか遠回しに「お前は論外」って言ってないよね西川さん?


 見た目も言葉も恐ろしい相手に、俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。すると何やら「うーん」と考え込むように眉根をにゅっと寄せた西川が再び口を開く。


「あとは、スマートな気遣いができる男かな」


「スマートな気遣い?」

 

 やっと出てきた真面目な言葉に、俺はすかさず心のメモ帳を立ち上げる。その直後、目の前にいる大森がウンウンと感慨深く何度も頷く。


「やっぱそうだよな。だから俺みたいなスマートな気遣いができる人間はモテるってことだ」


「おい君、朝一から女の子のお尻叩いていた奴の発言とは思えないのだが?」


 俺がすかさずそんなことを突っ込めば今度は隣にいる西川が、「は? 何アンタそんなことやってんの?」とめちゃくちゃ怖い視線で大森のことを睨みつけていた。

 けれども幼馴染みの睨みつけなど痛くも痒くもないようで、大森は「コミュニケーションの一つじゃねえか」と笑いながら冗談を飛ばしていた。すげーな。俺だったら西川からあんな視線で見られたら余裕で死んじゃうよ?


 悪友の無駄にメンタルが強い部分に一人感心していた俺だったが、話しがずれてしまう前にと再び本題に戻る。


「ち、ちなみにスマートな気遣いって例えばどんなの?」


「は?」

 

 大森とのやり取りの延長だったからだろう、なんかすげー怖い顔で俺まで睨まれてしまい思わず「ひっ」と悲鳴のような声を漏らしてしまった。けれども相手が俺だと気づいた西川は、「あぁごめん」とすぐにけろりとした笑顔を浮かべる。……いやほんと俺のメンタルってクソだな。

 なんてことを思い一人小さくため息を吐き出しいると、再び西川の声が鼓膜を揺らす。


「そうだなぁ、あんまり大げさじゃなくてちょっとしたことでいいんだよね。重たい荷物持ってくれるとか一緒に歩いてる時にさりげなく車道側を歩いてくれるとか。逆に大袈裟なことして『俺ってすげーだろ』みたいな感じでドヤ顔でアピールしてくる男とかマジ無理」


「……」


 だそうである。つまりサビ落としを見つけたぐらいでドヤ顔をかます男はマジ無理な奴であって、西川からいわせれば万死に値するようなクソ男ということだろう。

 何をどう解釈しても己の評価が一向に上がりそうにない事実にまたもため息を吐き出していると、今度は大森の方が口を開く。


「その点康介はチャンスが多いよな。川波さんと一緒に住んでるんだし」


「だからお前学校ではその話しを……」


「そうじゃん筒乃宮。あんたの場合は他の男子よりもずっと有利じゃん」


「……」


 大森と同じく俺の内部事情を何もかも知っている西川が、新しい玩具でも見つけたかのようにニヤリと面白そうな笑顔を浮かべる。

 

 どうやら俺の純朴なる恋の悩みは、二人にとっては会話の良いおつまみ程度にはなるようだ。

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