第33話


「ウィルくんがフランネアの皇太子殿下だっていうのはクリスから聞いていて当時から知っていたけれど……彼、以前にも増して魅力的になってない?ふふ。ティアのために頑張ったって言っていたものねぇ……」


 ティアナは現在、「久しぶりにガールズトークしましょう!」と目を輝かせてやってきた母に捕獲され、母の居室でお茶をいただいている。

「ええ……お母さんたち、やっぱりウィルの正体知っていたのね。まあ……でも、三大公爵家の嫡男が皇太子殿下のお顔を知らないなんてことないわよねぇ……」

「クリスがまだフランネアにいた頃はウィルくんは小さすぎて会ったことがあっても覚えてなかったみたいだけどね。でも、最初にティアが彼を連れてきた時は、正体に気付いたクリスが『彼だけはだめだ!絶対にティアが苦労することになる!』って断固反対してたわよねぇ……」


 母は父のことを思い出したのか、子供がいるとは思えない程若々しく美しいかんばせを綻ばせた。


「クリスはティアには普通の幸せを掴んでもらいたいっていつも言っていたからね。私たちみたいに駆け落ちのような真似はしてほしくないって。もちろん、私たちは駆け落ちしても幸せだったけれど、結局私は自分の立場を顧みずに国を出ることになったし、彼も実質家を出ることになったでしょう?お互い王族、貴族として育ててもらったから、国民や領民に責任があったのに、それを捨てて行くことになってしまったから……罪の重さにずっと苛まれていたのよ」


 ティアナは初めて聞く父と母の結婚当初の話に、静かに聞き入っていた。


「ティアが産まれてから、私たちは幸せの絶頂を毎日更新しているような気分でね……本当に幸せだった。だけど、自分たちが果たさなければならない責任については常に考えていたわ。お互い将来担うはずだった立場が重すぎて、もう関係ないって断ち切ることができなかったの。だから‥‥私たちはロバートのことは生涯許せる気がしないけれど、その主観を除いて考えれば、彼がしたことは私たちの駆け落ちが元々の原因かもしれないとは思っているの」

「2人の駆け落ちが原因……?」

「そう。クリスが言っていたの。ロバートはクリスに強い劣等感を持っていたって。クリスが出奔した後、ロバートは一言も文句を言わずに、父親の言う通りにクリスの元婚約者と結婚して、家を継いだそうよ。『あの子にとっては全部私のお下がりみたいに感じられて屈辱だったのではないかなぁ』って話していたわ」

「え!そうかなぁとは思っていたけれど、お父さんって婚約者の方がいたのね。最低じゃない……」


ティアナが思わず暗い顔をしてため息をつくと、マリアは眉尻を下げながら口を開いた。


「そうね。でも、そうさせたのは私。私も同罪よ。私たちのわがままで、本当に色々な人に迷惑をかけてしまった……」

「そう……。その方が、アマンダのお母様なのね」


 ティアナは、ロバート一家の歪んだ関係が始まった原因の一端を垣間見た気がした。


「でも、二人がそうしてくれなかったら、今私はこの世に存在していないわ」


 ティアナはふんわりとほほえんだ。

 人間、生きていれば誰しも多かれ少なかれ必ず人に迷惑をかけてしまうものだ。

 だが、それを「迷惑」だと表現するのか、「必然」だと定義するのか、あるいは「運命」と呼んでしまうのか、その解釈は人それぞれである。

 

 少なくとも、母が国を出た後も国民たちは母の帰りを待っていた。ルスネリア公爵家はロバートが恙無く継いでいたし、今は色々問題を起こしているが、それについてはロバート本人の責任であるはずだ。それに、劣等感を抱いていたという父は彼に殺されてもういない。


 そもそも、それを言うならば二人が駆け落ちしなくてはならなかったのは、フランネア帝国とプロスペリア王国の300年前からの因縁に起因した政治的な問題が関係しているのだ。


「そうよ!元々、両国が微妙な協定を結んで友誼を曖昧にしていたから発生した問題じゃないかしら?普通の友好国同士だったら大きな帝国の公爵家と小さな王国の王族だもの、特に反対されることはなかったでしょう?」


「そうかもしれないわね。……クリスが亡くなったあの日……お母様が私を後継者として認めると言ってくださっていたのよ。

 ティアのお祖母様にあたる方ね。クリスを私の王配として、ティアを王女としてプロスペリア王族に迎え入れる準備をするために二人でここへ来ていたの」

「そうだったの……」


 やはり、亡くなった祖母は二人の結婚と、ティアナの存在を認めてくれていたのだ。


「あなたのお祖母様ったら、孫に会いたいって痺れを切らして、ティアナのために私たちのことを認めることにするって言っていてね……全てうまくいくはずだったのに……それなのに、こんなことになってしまって……」


 父と祖母は、もういなくなってしまった。


 それでも、残された私たちにはするべきことがあるのではないかとティアナは思った。

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