第32話


 ーー少し性急すぎただろうか‥‥失敗してしまった……


 ウィルバートは焦っていた。ティアナを口説くために時間がほしいと懇願して得た時間はあと少し。

 その間にティアナが是と口にしなければウィルバートは一生独身を貫く覚悟だが、ランドールをはじめとする臣下たちにはそれだけはやめてくれと泣きつかれている。


 ウィルバート自身、好んでそうするわけではないが、ティアナが否と言うなら仕方がない。

 彼はもう二度と彼女の意向を無視して事を進めたくないのだ。それが例え自分の力が及ばない範囲の出来事であっても。

 だから、彼は力を欲した。もう、二度と大事なものを傷つけることがないように。


 だが、頷いてもらえないのも当然のことだと思っていた。婚約解消の時、全て後手に回ってしまったのは、皇太子として守られていることに甘んじて、父である皇帝の庇護下から出ようとしていなかったことがそもそもの原因だったのだ。

 

 ランドールたちはそれは暴論だと言っていたが、父が抱くプロスペリアを侵略するという野望は皆知っていて、自分を含め臣下たちはそれを諫めることができていなかった。

 ウィルバート自身も、父の方針には否定的だったにも関わらず、排斥して自らがその地位に就く覚悟をなかなか決められなかったのだ。


 今回の一件はそこをロバートに利用される形となったのだった。


 ティアナとの婚約解消はそういった自分の甘さの蓄積が招いた事態だったのだから、それが原因でティアナに嫌われてしまったとしても仕方がない……と、言い切れないのがウィルバートだった。


 ーー諦めきれないから大事な時期にここまで来て、必死で口説いているんだよな……


と自らを奮い立たせる。


 ーー過去の情けない自分を省みて、変わろうと努力した。その結果、足りなかったところは補えた……と思う。それでもティアが嫌というなら無理強いはしない……が、どれだけみっともなくとも最後まで足掻く!ただ、今回はもう引いた方が良さそうだ……


 ウィルバートは戦略的撤退を選び、ロバートの処遇についての話題に立ち戻った。




「ティアナ嬢は、ロバートをどうしたい?」


 実際、ウィルバートは既に真実にたどり着き、その事実を証明するための大方の証拠は方々を駆け回り、既に手に入れていた。処分はどうとでもできる状態だ。


「私は、まず本人に犯した罪を認め、謝ってほしいです。そして、なぜ父が死ななければならなかったのか、母が怪我をして記憶を失くさなければならなかったのか、私たち家族はバラバラにならなければならなかったのか、その理由を聞きたいです」

「わかった。必ずその機会を設けよう」

「ありがとうございます」


 本音を言えば彼女にはウィルバートと一緒にフランネアに帰り、妻になってほしい。

 

 しかし、ティアナがプロスペリアに残りたいと言うのなら、その方向で自分にできることを考えようと思っていた。

 今度こそティアナの意思を最大限に尊重すると誓ったのだから。


 ただ、彼女の望みを叶えるには、一度はフランネアへ戻って来てもらわなければならない。だから、今回頷いてもらえなくても、チャンスはほんの少しだがまだあるのだ。

 ウィルバートの暗くなった視界に一筋の光明が差し込んだ。


「では、一度フランネアの宮殿へ戻ってきてくれるか?」

「そうですね。フランネアに戻ることは吝かではありません。私もミリィや元同僚のみんなと会いたいですし。だから、アドルファス宮殿には伺います。でも、皇太子妃、もうすぐ皇后になるのかもしれませんね。そういった存在にはなれません。それでもいいですか?」

「もちろんだよ。必ずティアナ嬢の意思を尊重すると約束する。宮殿から帰さないとか、そういうことは絶対にしないから安心してほしい」


ウィルバートがそう言い切ると、ティアナは肩から力を抜いたようだった。


 ーーこんな風にティアを怖がらせて。僕は全然余裕がなくて駄目だな……


 ウィルバートが自嘲して苦い笑みを浮かべていると、ティアナは少し思案して言葉を発した。


「では、受け入れ準備が整ったら教えてください。フランネア帝国内は少しごたごたしそうですから。できれば落ち着いてから伺いたいです」


「承知した。できるだけ早く片を付けてティアナ嬢を迎えに来ると約束する。少しだけ待っていてほしい」

「ありがとうございます。ご連絡をお待ちしております」


そんな業務連絡をするような会話を最後に二人は別れたのだった。

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