第31話

 ティアナはプロスペリアの王城の一室、ウィルバートに与えられた部屋近くの応接室として設えられた一角にいた。


 そこは大きな窓から外の景色が一望できるようになっており、プロスペリアの周りを囲む森に太陽が身を隠そうとしている所がよく見えた。


 メイドがティアナとウィルバートの側でお茶の準備をしてくれるのを待つ間その景色を眺めていると、不思議と心が凪いできて、考えを纏めることができた。


 ーー結局私はどうしたいのかしら……シュネーが言っていたように、フランネアを滅ぼしたいとかは全く思わないのよね。

 強いて言うなら皇帝には退いてもらいたいかしら。あと、ロバートの爵位は当然取り上げね。でも、ルスネリア公爵家には恨みはないから、分家とか他の血縁から当主を選ぶなりして存続してもらってもいいかしら。

 アマンダは……あの子は根は悪い子じゃないと思うのよね。私をちょっといびってたくらいで決定的な犯罪を犯したわけではないし……


 そこまで考えたところで、お茶の準備を終えたメイドが扉のすぐそばに立ったフィリップに一礼して退出していくのが見えた。

 結局フィリップには同席は固辞されたため、いつも通り扉の横で待機してもらうこととなった。部屋に二人きりではないのでとりあえずはいいだろうとティアナは納得した。


「今回の婚約解消の件は、本当に申し訳なかった。僕が不甲斐ないせいでティアナ嬢には大変な心労をかけてしまった」


 早速ウィルバートが切り出した。


「いいえ。いいのです。私にも反省する点はたくさんありました。今回唯一良かった点は、このように未熟な者が皇太子妃にならなくて済んだ点ですね。それだけは良かったのだと思います」

「そんなことは決してない。ティアナ嬢はしっかりと勉強をして、その合間にも僕をよく支えてくれていたし、宮殿の皆にも受け入れられていた。ティアナ嬢との婚約が解消になって、僕は何人の敵を作ったかわからないよ……。ああ、でも、そのことと、今回僕がティアナ嬢に会いにきたこととは関係ない。誰かに言われたからではなく、僕自身がティアナ嬢に会いたいと思ったから来たんだ」

「……そのようなことをおっしゃるとアマンダ様が悲しまれます。今、私に対する謝罪は受け入れましたから、どうか元婚約者のことは今日を限りに早くお忘れください。殿下は現在の婚約者であるアマンダ様のことを一番にお考えください」

「……アマンダ嬢は厳密に言えば僕の婚約者ではない。ティアナ嬢との婚約解消書類と同様にアマンダ嬢との婚約書類に署名はさせられたが、まだ受理されてはいないんだ。手を回して止めさせている。周りには婚約者がアマンダに変更されたと認識はされているが、それも正しい情報を流せばすぐに改められるだろう」


 ーーえ……?そうなの?……いやいや、そうだとしても、私は婚約解消された身。歴とした傷物令嬢よ!


「例え殿下のおっしゃることが事実だとしても、私は一度皇太子殿下に婚約を解消された身。殿下に気にかけていただくような存在ではありません。どうぞお捨て置きください」

「ティアナ。すまない。それはできない」


 ウィルバートは一旦間を置いて、噛み締めるように言葉を発した。


「愛しているんだ」


 ティアナはドレスを隔て膝の上に置いていた両手をぎゅっと握った。

 無意識の行動として表れたその動きは、まるで自分の気持ちを抑え込んでいるような仕草だった。


「殿下。それは将来の皇太子妃に仰るべきお言葉です。私がいただいていいものではありません」

「いいや。ティアナ以外に捧げるに相応しい相手はいない。だって、この言葉はこれからの僕の一生でティアナを除いて他の誰にも届くことはないのだから」


 ティアナは一瞬息を呑んだが、すぐに体裁を整えて言った。


「大丈夫ですよ。今はそう思っていたとしても、殿下を心から愛する人が必ず現れますから。そうすれば殿下もその方に愛を返すこととなるでしょう」

「はは。ティアナ嬢は面白いことを言う。そのようなことは起きようもないよ。なぜなら、もしティアナ嬢が僕を受け入れてくれないなら、僕は他の誰も娶る気はないからね。それを理由に皇太子として相応しくないと言われるなら、廃嫡されても構わないと思っているよ」

「……っ。それは脅しですか?」

「はは。ティアナ嬢が脅しととってくれるとは思わなかった。でも、脅すつもりで言ったわけではない。僕の偽らざる本心を話したまでだ」


 ウィルバートがすごく真剣な顔で言うものだから、ティアナは顔を真っ赤に染めてしまった。


 ーーウィルの顔、好きなのよ!ついでに声も!!その顔と声で、そんなこと言わないでよ……


 ティアナは内心頭を抱えた。

 彼が自分が間違ったことは間違っていたと素直に認めて謝れるところや、愛情表現がストレートなところ、何より一途なところがティアナの心を掴んで離さなかったのだ。

 いま、ウィルバートの一途な言葉は確実にティアナの心に響いていた。


 ーー……駄目だわ!話を変えないと!


「そのお話はわかりました。とりあえず状況を整理させていただけませんか?」


 ウィルバートの求愛を這う這うの体で躱したティアナは言い募る。


「娶る娶らない以前の話として、フランネア帝国での私は罪人です。この現状はどうなさるのです?」

「宝玉を渡さなかった罪だろう?そんなもの初めから存在していないから問題ない。宝玉は偽物で、本物は次期女王のマリア様がお持ちなのだから」

「……そうですけど、陛下のご命令で私は捕らえられるところでした。いくら皇太子殿下でも陛下のご命令には逆らえないのではないですか?」


 ティアナのその一言を聞いて、ウィルバートはニヤリと笑った。


「皇帝はもうじき私になる予定だから、何も問題はないよ」


 いや、問題大アリだ。何を言っちゃっているのだこの皇子様は、とティアナは思った。

 皇帝陛下の廃位には議会の承認が必要だ。それも、議会に出席する上位貴族の過半数の賛成が必要になると妃教育で学んだ。

「予定」というのが本当なら、既に過半数の賛成票集めが水面下で完了しているということだ。そして、その大事な決議が近くなされるということ。

 そのような大事な時期に他国まで赴き、そのような大事なことを他国の王女とされている人間に話すなど問題が満載すぎて目眩がしてきた。


「……わかりました。殿下が皇帝陛下となれば三大公爵家のルスネリア公爵家であろうと殿下の意のままに処罰できるということですね。過半数の貴族を自陣に取り込んでいるようですし」

「まあ、そういうことになるだろうね。僕が仲間に迎え入れたのは僕が間違ったことを言えば間違っていると忠言してくれる者たちだが、今回の件は問題なく処理できるだろう。現皇帝の行動に眉を顰めている者も多いから仲間も集めやすかったよ」


 にこりと満面の笑みを浮かべるウィルバートは、ティアナが知っている彼の姿より、少し精悍さが増したように見えた。

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