第20話


 三人を乗せた馬車はプロスペリア王国の王城に迎え入れられた。


 メアリーによると、国王でありティアナの叔父であるマリウスはティアナにずっと会いたがっていたとのことだ。どんな方かとティアナが聞くと、愛が非常に重い……もとい、とても情に厚い方だということだった。


 その言葉の意味は、王城に着いた途端に理解する事ができた。


「ティアナ!ああ、何度この日を夢見たことか!!君の叔父のマリウスだよ」


 ティアナがサミュエルの手を借りて馬車を降りていると、なぜかその場で到着を待ち構えていたマリウスが駆け寄ってきて、抱き上げられた。

 一瞬のことで、皆が呆気にとられているうちにティアナは既にマリウスの腕の中にいた。護衛もいたはずだったのだが。


 マリウスはマリアととてもよく似た姉弟だったので、名乗られずともすぐに『誰』なのかを認識出来たのがせめてもの救いであった。

 ティアナは控えめに下ろしてほしいと主張したが、満面の笑みで黙殺された。


「マリウス国王陛下、お初にお目にかかります。ティアナ・ルスネリアと申します」


 仕方がないので、ティアナは不格好ではあったが、抱き上げられた体勢のままで挨拶をした。


「うんうん。可愛いねぇ。このまま離したくないのだがどうしようか。そうだ、私の娘になればいいんだ。名案だ!そうしよう!」

「陛下、お話は後にしてください。まず皆様を部屋にお通ししておもてなししなくては」

「私はティアナと二人でゆっくりと会話を楽しみたいんだ。そちらのメアリー嬢たちは君にもてなしを頼むよ」


 マリウスは、笑顔でティアナを見つめたまま、進言してきた宰相のロルフに言葉を返した。


「もー。わかりましたよ。言い出したら聞かないんだからあなたは……」


 ぶつぶつと呟きながら、ロルフはメアリーやサミュエル達に向き直る。


「うちの陛下が我儘を言って申し訳ありません。言い出したら聞かないので不作法ですがどうかご容赦を。皆様にはお部屋にお茶のご用意をしておりますのでゆっくりと疲れを癒してください」

「さあ。二人だけでこれまで会うことのできなかった時間を取り戻そう」


 そう言ってマリウスはティアナを両手に抱いたまま歩き始めた。

 ティアナは困惑しつつも、温かな腕に包まれながら母に似た面差しと愛情のこもった目を向けられ、緊張がするすると解けていくのを感じていた。

 

 マリウスの肩越しに顔を覗かせ、メアリー達に声を掛ける。


「せっかくなのでマリウス陛下のご厚意に甘えてくるわ」


 そう言うと、メアリーとサミュエルはにっこりと笑って送り出してくれた。

 後で聞いたところによると、ティアナは父に甘える娘のようにはにかんでいたのだという。


「ティアナにはしてあげたかったことがたくさんあるんだ。会えなかった時間の分も、たくさん私に甘えてほしいんだ」


 そう言ったマリウスは、慈愛に満ちた父親のような表情をしていた。


◆◆◆


 マリウスとティアナは、マリウスの居室でお茶をしていた。「まずはこれまでのティアナの話をゆっくり聞きたい」と乞うマリウスに、ティアナはおずおずと少しずつ自らの生い立ちを語って聞かせた。

 

 生来明るく、前向きな性格をしているティアナだが、ここ数日は目まぐるしく状況が変わり、心が追いついていなかったので、悲しい話をする時は込み上げてくる涙を堪えるのが大変だった。ウィルバートの話をする時は特に。


「そうか。辛かったね。私がウィルバートとかいう小僧を信じて託したのが間違いだったんだ。本当にすまない。私が多少無理をしてでも迎えに行っていればティアナはこんなに傷つくことはなかったというのに……」

「マリウス叔父様はウィルバート殿下をご存知なのですか?」

マリウスの呼称は、「敬称はいらない」と言うマリウスと、「親戚とはいえ、他国の国王陛下を敬称なしでお呼びするのは不敬です」と渋るティアナの間で問答が繰り返され、結局「マリウス叔父様」で決着していた。

 ちなみに、マリウスはごく自然にティアと呼び始めていた。


「ああ。ティアに婚約を申し込みたいので許可がほしいと尋ねてきたよ。どれほどティアに惚れ込んでいるかを熱く語っていったよ。彼ならティアを任せても大丈夫かと思ったのだが……早計だったな」

「彼は君の父方の叔父にあたるロバートというあの下衆な男が……私のティアにしていた酷い仕打ちを!内々に処分すると言ったらしいじゃないか!!私の可愛いティアをそのような男と婚約させられるものか!」


 淡々と話していたマリウスだったが、自らが話している内容に耐え難い怒りが込み上げてきたようで、最後は怒気を抑えるように震える拳を握りしめていた。


「だから私は一計を案じることにしたんだ」


 マリウスはロバートが「ティアナの婚約のために必要だから」と言って図々しくも宝玉を受け取りにきたので、ロバートには宝玉の偽物を持たせたのだと説明した。


「あれは、偽物だったのですか……」

「うん。偽物とはいえ質のいい魔水晶であることには違いないけどね。宝玉とは全く性質が異なるんだ」

「ではアマンダが使用しても何か不都合があるわけではないのですね。よかった……」

「ふ。偽物と知って第一声がそれか。ティアは姉上にそっくりだね」


 大好きな母に似ていると言われ、ティアナは喜びと恥ずかしさで顔を赤くした。


「私は姉上が亡くなったと聞かされたことと、それを聞いた母上も倒れてそのまま儚くなったことが重なり、愛する身内の不幸が続いて憔悴しきっている風を装っていたからな。ああ、母上が亡くなったのは本当だから、本当に憔悴もしていたのだが。

ーーだから、弱々しい姿で思考も鈍っている今の私なら簡単に騙されると高をくくっていたのだろう。どこまでも愚かな男だ」


 手のひらの上にいたのはティアナだけではなく、ロバートも、フランネア皇帝も、ウィルバートも、みんな同じだったらしい。

 

 この度の婚約解消はマリウスの謀だと理解したティアナは、複雑な気持ちを整理していた。


 ウィルバートから婚約の経緯は何も知らされずにいたけれど、ティアナは自分で知ろうと思えば知ることができる立場にいた。

 それをせずにウィルバートに任せきりにしていたのだから、ティアナにも責がある。

 ウィルバートも責められない。そして、ティアナの幸せを願ってくれているこの叔父を責めるのもお門違いのことなのだ。


 ティアナが考え込む姿を慎重に観察していたマリウスは、徐に尋ねた。


「ティアはロバートのことをどう思っているんだい?……一応聞くけど、ルスネリア公爵家に戻りたい?」


 一瞬考えたティアナは、迷いもせずに自分の考えを述べた。


「私は……ロバート様には感謝しています。私を引き取って養ってくださったので。あの方に対して抱く感情はそれだけです。もう言いなりになろうとは思いません。戦います。

 あの家で私は使用人……あ、お給金をもらっていなかったのでそれ以下ですね。いずれにせよ、家族ではありませんでした。今までは考えないようにしていましたが、家族として扱ってもらえないことがとても辛かったのです。

 お世話になった使用人のみんなはアドルファス宮殿で働いていましたので、もうあの家に心残りはありません。だから、もう戻る必要性は感じませんし、戻りたくありません」

「そう。じゃあ、話しても大丈夫かな。いいかい、君の両親を手にかけようとした黒幕は、ロバートだ」


 マリウスはティアナを慈しむ優しい目をしながら言った。


「公爵家の元嫡男の殺人とその妻の殺人未遂。その件に関係した軍関係者の暗殺。事実が明らかになればフランネア帝国の三大貴族であろうと罪は免れないだろう。

 そして、未遂には終わったが殺そうとしたのは私の愛する姉上で、このプロスペリア王国の女王だ。さらに、ルスネリア公爵家で虐待していた義娘のティアナは王女。臣下として報復はさせてもらうよ。今は私が国王を名乗ってはいるけれどね。ロバート本人も自分のしたことが明るみに出ればどうなるかくらい予想していただろう」


 ティアナは理解した。マリウスは自分の大切な家族を傷つけた人が、国が、許せないのだ。

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