第18話 (ウィルバート目線)


 ティアナを諦めないと誓ったウィルバートは、その日から精力的に動き始めた。


 文字通り寝る間も惜しんでこれまで集めた全ての情報を精査した。


 ウィルバートは、ランドールも言っていたように何かを見落としているような気がしていた。何か大きなピースが嵌っていない。それがないときっとティアナを迎えに行けないのだ。


 ウィルバートが考えに耽りながら頬杖をついた執務机は、報告書の類が山のように積み重なり、今にも雪崩を起こしそうだ。

 これでも整頓後の状態であり、何がどこにあるのかを彼は把握しているのだという。


 ランドールは、殻を破った雛の成長を見守るような心持ちでウィルバートを支えていた。

 本当はランドールが肩代わりしている、彼が本来こなすべき仕事も恙無くこなしてほしいのだが。


 仕方がない。彼は不器用なのだ。

 

 ランドールが遠い目をして諦めの境地に達した時、紙に何か書きつけながら考えをまとめていたらしいウィルバートがぶつぶつと呟き始めた。


「そういえば少し前に違和感を覚えたできごとがあった。あれは、確かティアと婚約が決まる前だったかな」


 舞踏会の時、ロバートは間違いなくティアナよりもアマンダをウィルバートの婚約者に推していた。


 そして、その後ティアナとの婚約についてロバートに話しに行くと、幼い頃から直近は舞踏会の時まで、あんなにアマンダと婚約させたがっていたのだから反対されるのだろうと思っていたのに、予想に反して婚約の話はどうでもいいという様子だったのが心の隅に引っかかっていたのだ。


 ーーあの時は、反対しても無駄な労力を使う羽目になるだけだと察して渋々引き下がったのだと思っていたが……


 そうではないとしたら。きっとーー


 ーーきっともうプロスペリアの宝玉を手に入れる手筈が整っていたから、僕が誰かと婚約しようがしまいがどちらでもよかったんだ。宝玉を手に入れて父上を丸め込めば、婚約など力技でどうにでもなると。実際そうなったしな。


 ロバートはプロスペリアの宝玉を皇帝に差し出すことによって、ウィルバートの婚約者をアマンダに挿げ替えることに成功した。


 全く納得できていないしするつもりもないが、今ウィルバートの身は既にアマンダ・ルスネリアの婚約者ということになっている。


 ウィルバートは自らが招いた事態に責任を持って決着をつける必要がある。アマンダには悪いが、ウィルバートの気持ちの向く先は未来永劫変わることはないのだから。


 そのために、思考を止めるわけにはいかない。


 本来ティアナが継ぐべきプロスペリア王家所有の宝玉を奪ってまでロバートがアマンダを皇太子妃にしようとしているのは何故なのかーー。


 ーーいや、違うな。その理由は今は考える必要がない。逆だ。アマンダを皇太子妃に据えるために宝玉が使えると思った。皇帝はプロスペリアを手に入れたいと切望しているから。

 そして運良く兄が駆け落ちして娶ったのがプロスペリアの王女だった。だからその娘のティアを利用する目的で養子にした……のか?……そうだったとしたら、元々ティアをルスネリア公爵家で引き取るつもりだったのかもしれないな。


 そこまで考えて、ウィルバートはハッとした。


 両親が事故に遭って、天涯孤独になってしまったティアナは、自分を探し出して引き取って養ってくれた叔父に大きな恩を感じていた。

 しかし、その状況はいささかロバートに都合が良すぎる。


 ティアナを引き取るにしても、仲の良い両親が健在であれば難しい。しかもその両親は二人ともそれぞれ貴族と王族の身分を捨て、産まれた子を慈しみ、平民として家族三人幸せに暮らしていたのだ。

 今さら身分を取り戻したいと思っていたとも思えないし、ティアナもウィルバートが知る限り身分に拘るような人ではなかった。付け入る隙が全くなかったのである。そう、何か事件でも起こらなければ。


 ーーまさか……!?いや、でも……


 ウィルバートは自分に自信がない。

 皇太子なのにそんなことでは困ると言いたいところだが、ランドールはそんな彼の情けないところも悪いとは思っていなかった。

 

 最初から完璧な人間などこの世には存在しないのだから。いるとしたら、それはその人がそうなれるように努力をした結果であるとランドールは思っている。


 ウィルバートもいま、自分の大切なものを守るために変わろうと努力している。もし、自信がなくて一歩を踏み出せずにいるなら、その背中を押す役目は自分が担いたい。


「まさか……でも……」とうんうん唸っているウィルバートにランドールが言葉をかける。


「ウィル。僕はいま、恐らく君と同じことを考えていると思う。だから、自分の思うとおりにやってみればいい。僕はほら、この通り仕事が終わらなくてここから動けないけど、声をかけてもらえれば手助けはできるから」

「そうか……!わかった。では僕は今からティアの両親が事故に遭った現場に行ってくる。証拠を探し出してみせるからな!」


 ランドールには、口に出さずに行われていた彼の思考が読めるわけもないので、当然彼の考えていることもわからなかったが、何か予想した事実を裏付ける証拠を探しに行くらしい。


 ーー今の言葉から推察すると、ティアナ嬢の両親がロバートに殺されたと仮定したってところかな。うん。そう考えたら辻褄が合う。やはりウィルはやればできる子だよね。


 ランドールは満足気な表情で頷き、ウィルバートを送り出した。


 真実にたどり着くまで、あと少しーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る