第17話 (ウィルバート目線)


 ウィルバートは茫然自失していた。

 あれほど焦がれていたティアナとの婚約が白紙に戻ってしまったのだ。


「情けないな」


 執務室に戻ってきてからふらふらとソファーに座り、自分の両手を見つめたまま微動だにしなくなってしまったウィルバートの肩をランドールが叩く。


「君も……そして僕も」


 二人は最善を尽くしていたはずだった。だが、ロバートの方が一枚上手だったのだ。先手を打たれてしまった。


「恐らく、僕たちがまだ掴めていない情報があるんだ。だから出し抜かれた」


 今回の件は不可解なことが多すぎる。

 きっと情報が足りていない。

 ランドールは情報を掴みきれていなかった自らを省み、自責の念に駆られていた。


「いや、ランディはよくやってくれているよ」


 ウィルバートはやっと俯けていた顔を上げた。

 その表情には彼の強い決意を感じさせる鋭さが滲んでいた。


「僕はティアナを守らなければならないこの手で、ティアナを手放すことを承諾してしまった」


 先ほど皇帝陛下に命令され、抵抗もむなしく魔法を使われ、無理矢理署名させられた手を見つめる。

 侍女のミリアーナによると、ティアナはウィルバートの執務室にお茶とお菓子を届けに行ったと思ったらひどく落ち込んで帰ってきて、「自分はウィルバートの役に立てていない」と悩んでいたと言っていた。


 ウィルバートは通信魔法を使う時、魔力を乗せて念じれば伝わるところを、どうしても口に出して話してしまう癖があった。不器用がゆえに。

 もう少しでお茶の時間という頃合いだったので、ちょうどウィルバートが宝玉についての報告を聞いているときにティアナが居合わせてしまい、話を聞かれてしまったに違いない。


 ーー何が「守る」だ……!自分に腹が立つ!


 護衛のフィリップにはティアナが来たら無条件で通していいと伝えてあったし、完全にウィルバートの落ち度だった。


「ティアナはどれ程心細い思いをしたのだろう」


 自分と皇帝の署名がされた書類を見せられ、婚約解消に応じるしかなかったであろうティアナの気持ちを慮ると、力が足りなかった自分への深い悔恨と憤りが胸に押し寄せた。


 しかし、今回はそのことに気が付けてよかったじゃないか、と身を奮い立たせる。


 まだ間に合うはずだ。


 ティアナを必ず取り戻す。


 自らに誓いを立て、為すべきことにとりかかる。


 19歳の皇太子は、父から与えられた道に抗おうともがき始めた。

 彼の腹心であるランドールは、頼もしい皇太子殿下の姿を眩しそうに見つめていた。

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