第三四匹 心眼
「よし、少年・・・。あの大イノシシの側面に回り込むから、俺の後ろに付いて来いよ・・・」
「わかっただ・・・」
アキト達は、平原の真ん中に居座る大イノシシに気取られぬように姿勢を低くし進んでいく。風下からゆっくりと音を立てぬようにその獲物を屠れる間合いまで近づいていく。
一方の大イノシシは、こちらに気付くことなく土を掘り返し地中にいた昆虫らを容赦なく喰らい尽くしていく。風上からアキト達の方へと湿り気と不快な臭気が漂う。
「ウゥ・・・、くせぇ・・・」
その臭いに少年が、耐えきれず鼻を抑えて苦悶の表情を浮かべる。だが、アキトは顔色ひとつ変えず、小銃を両手に不快な方へと近づいていく。
それを見て、少年もまた不快な方へと近づく。
そこから、鼻がその臭いに慣れ始めた時、アキトが左手で
「止まれ」
と合図を出す。
少年も反射的に全動作を停止させる。
対するアキトは、すでに小銃を構え、大イノシシの前足の付け根部分に狙いを定める。直後、何かを感じとったのか、大イノシシが首を上げて周りを見ようとしたその時には、
タァーーッン!!
火薬の弾ける音が轟き、巨体の心臓部分へと抉り取る様に弾丸は猪の体を貫いていく。
「命中・・・、排莢・・・」
弾かれた空薬莢の音が響き消え去った時には、大イノシシの巨体は倒れ込んで動かなくなった。
一瞬の間、静寂がこの場を支配する。
「やっただーー!! やっただーーー!! あのじいの仇をとったべ!! 」
沈黙を少年の感極まった感情が破る。
そうして、少年は大イノシシの屠体に近付いていこうと立ち上がった。
その時を待っていたと言わんばかりに、心臓を撃ち抜かれたはずの大イノシシの巨体が立ちあがって吠える。
「クチャクチャ・・・クチャクチャクチャクチャ・・・」
アキトはそれを聞いた瞬間には、少年を大イノシシから遠ざけるために投げ飛ばす。投げられた当の本人は、その音の意味をすぐには理解できず、飛ばされた先で野獣の巨体がアキトに向かって突進していく様を見るしかできなかった。
少年の危険回避を優先させたため、アキトは猪突を避けられなかった。
バギッ!!
鈍く小銃が壊れる音と同時に、アキトが大イノシシに突き飛ばされて地面を転がる。猛々しい野獣は、それで満足せずさらに追い打ちをかけるように再び突進してくる。
「アキトさーーー!! あぶねぇだ!! 大イノシシがもうやめるだぁああああ!! 」
少年が叫ぶ。いくら叫んでもこの後の結末が変わらないことに気付きながらも叫ぶ。それしかない悔しさに涙が溢れだしそうになり、野獣がまた誰かを殺すことに怒りが込み上げてくる。
だが、その時。
猪突を受けたはずのアキトはその身体を起きあがらせて、叫ぶ。
「少年、目を狙え」
その声を聞いて、少年は冷静さを取り戻して今するべきことを理解する。
「次は外さねぇだ。もうあいつの好き勝手にはさせねぇだ!! 」
少年は弓を持ち、矢をつがえ弦を引き、大イノシシに狙いを定める。その目には、迷いや恐れはなかった。
「じい、やっとわかっただ・・・」
そう言って、少年は矢を解き放つ。それは猪突猛進をする野獣を追いかけて、眼を見事に射る。
「ピギィィィイイイイイ! 」
急所を突かれた大イノシシは、その場で苦痛の叫びを上げて暴れる。
「有坂銃は壊れちまったが、それだけがハンターじゃないところを見せないとな」
野獣が怯んでいる隙に、アキトは荷物から酒の瓶と腰につけていたロープを素早く取り出す。そして、暴れる大イノシシに向けて、ロープの大きな輪っかを投げる。
暴れる大イノシシに首輪をするようにロープが絡まるとアキトは引っ張られる。その引力を利用して、大きくジャンプし大イノシシの巨体の上に跨る。
「さぁ、ロデオと洒落こもうか」
大イノシシはアキトを振り落とさんかのように激しく大暴れする。それでも、アキトは、ロープを使って大イノシシを少年の方に向かわないようにコントロールしていく。
予断を許さない激しい戦いがしばらく続き、大イノシシに疲れが見始めた時、アキトが動く。
野獣の隙を見て、酒をそいつの鼻にぶちまける。
「ピギィいいいいいいいいいいいいい!!! 」
大イノシシがこれまで聞いたことのない悲鳴を絶叫し悶絶しながら暴れ回る。だが、それでもアキトは依然としてしがみ付いたままで、それを往なしていく。
イノシシの過敏な鼻に酒という刺激物を拭きかけたことにより、ついにイノシシはその場に再び倒れ込む。しかし、今回は時折痙攣しながら泡を拭いている。
完全に気絶したことを確認したアキトは、大イノシシの眉間に渾身の力でナイフを振りおろし止めを刺すのであった。
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