第三二匹 焦燥
有坂銃(三八式歩兵銃)を背負い、後ろには昨日の少年を引き連れて、アキトはイノシシの巣から少し坂を下った所を進んで行く。
いつも傍らにいるヘカテリーナとは、別行動である。
そして、頼み込んで付いてきた少年は、少し落ち着きがない様子で危なっかしさがあった。
そんな10歳前後ほどの少年がなぜイノシシ狩りに同行したかったのか、アキトは少し興味があった。
「そういえば、少年。なぜ、初めての狩りにイノシシを選んだんだ」
少年は自分が生まれて初めて本格的な狩りであることを見抜かれたことに驚きつつもその理由を話し出した。
「おらは、なんとしてもじいの仇である大イノシシを仕留めたいだ」
「ほー、仇か」
アキトはその言葉に反応する。
「ああ、そうだ。凄腕の猟師だったじいの利き腕を食いちぎった大イノシシを殺してやりたいだ」
「で、イノシシも殺したことのないお前がオオシシを殺すと・・・、そういうわけだったか」
「ああ、そうだ。おらは利き腕がなくなって死んだじいの無念を晴らしたい。どうか、お願いだ。アキトさ、大イノシシ一緒に狩ってほしいだ」
そう言って、少年は深々と頭を下げる。10歳ほどの少年にそうさせるほど、彼はその祖父の仇を討ちたいのである。
その少年をアキトは、一言。
「それじゃあ、まずは目の前のイノシシから狩るぞ、話はそれからだ」
そう言って、目的の場所に腰をおろして、銃に弾を込めるのであった。
そうして、しばらくして遠くの方で
「おおおおおおおおおお」
「うおおおおおおおおおお」
イノシシの巣に着いていた男衆達が大声をあげる。それにより、イノシシは誘き出されるように、声の方とは逆方向へ逃げていく。
それを聞いたアキトは、すぐに銃を構えて獲物達が現れるのをじっと待つ。
少年もその緊張感を感じとり、その場に隠れじっとその様子に息を飲む。
静寂に包まれている森の中、無音がその場を支配したのもつかの間、坂の向こう側から葉の擦れる音が次第に大きくなり始める。
「カサカサ、カサカサカサ・・・」
次第にその音は数を増し、大きくなってくる。
その音の方向へ目を向けると、茶色の剛毛の物体達が安心したように坂を降りてきていた。
少年も間をおいてそのことに気付き、興奮した様子になって、目を血走る。
「・・・ッ! 」
少年なら、もう姿が見えた段階で撃っていただろう。
だが、アキトはそんな状況下でも冷静さを保ち、その時を待つ。
まだ、撃たない。まだ、撃たない。
群れの三分の一が目の前を横切ったとき、アキトは引き金をひく。
---タァッン
ガシャ、コン。
再び引き金をひいて、雷音が轟き、轟き、鮮血弾けて命飛ぶ。
そして、静穏が再び場を支配した時には5匹のイノシシが頭から崩れ、動かなくなる。
少年は、一瞬のうちにアキトが斃した早業に驚きと強い憧れを抱く。
少年は無意識のうちに、アキトのそばに駆け寄っていた。
それに気づいたアキトは、その場で止まれと合図を送り、横を見ろと命令する。
少年の視線の先には、一回り小さなイノシシが斃れた仲間の周囲を行ったり来たりしている。
少年は悟る、アキトが自分にそのイノシシを斃せと指示を出したことを。
その指示に少年は矢をつがえ弦を引き、イノシシに狙いを定めようとするが、緊張でなかなか定まらない。早く仕留めなければならないと焦りが徐々に出始め、さらに手元が僅かに狂いだす。
それを感じ取った小さきイノシシは、その場で少年をじっと見て行動を伺う。その状況がしばしつづく。
一方のアキトは、落ち着いた様子で弾の再装填をしながらそれを見ている。
「さて、そろそろ頃合いか・・・」
アキトが弾込めを終えた時、事態は動きだす。
先に動いたのは少年であった。少年の弓から放たれた矢はイノシシに向かって飛んでいく。
「ピギャァ! 」
イノシシが鳴き叫ぶ。
「やったべか」
鳴き声を聞き少年の動きが、一瞬鈍る。
瞬間、イノシシは目つきを変えて猛々しく少年へ突進する。手応えのあった獲物からの不意の反撃に少年の判断が遅れてしまう。
その間にも、猛々しい獣はどんどん突き進んでいく。その光景に少年は悟る。。
「ああ、おら失敗しただ・・・、すまねぇだ。じい・・・」
その事実を受け入れながら、走馬燈が頭を駆け巡る。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴
「じい、どうやったらうまく仕留めれるだべか? 」
その問いに、少年の祖父は答える。
「そだべな・・・。ここだべ、と思った時にやれば仕留めれるだよ」
「うーーーん、よくわかんねぇだ・・・」
「ハハハハ、そのうちわかるだばって、焦らねでもええべさ」
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴
祖父の言葉の意味を、この時の意味を理解するも少年はどうすることもできなかった。次は仕留めれるのにという悔しさが少年の胸を焦がした。
その時、
---タァッン
何かがイノシシの体を横切ると、同時に突進の軌道が大きく傾いて、少年から逸れたのである。
ズサァアアア
「ピィ・・・ィ・・・」
イノシシが断末魔をあげ、血が傷口から垂れ初めて、やっと少年は自分が助かったことに気付いて、腰が抜けたようにその場に尻もちをつく。
「どてんした・・・」
助かった実感が湧くと、自然とその言葉が出ていた。そんな放心状態の少年にアキトは、近付いて手を差し伸べて、
「次は仕留めろよ」
そう言って、少年を起こしたアキトはどんどんと森の奥へと進んで行く。その背を追いかけるように少年は、悔し涙を拭いて進むのであった。
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