番外編

第1話 薬草店<タンブルウィード>の一日 防虫茶

「ありがとうございました~。またお越しくださいませ~」


 ススリーの話を聞いた後、初めての女性客だったので変に意識してしまったが、特に何事もなく、普通に商品の事を聞かれ、普通にその中の1つをご購入頂いただけだった。

 べ、別に期待していたわけじゃないんだからねっ!


 ただ、カウンター奥では頬杖をついたグウェンさんが終始眉間に皺をよせ、お客さんを睨みつけていた。

 お客さんが店を出たのを確認した後、グウェンさんが口を開いた。


「あの女、最近よく来るのだ」

「ええ、お茶にハマっているようですね。今日のおススメ品やオレの好きなお茶を聞かれたのでコロンバインティーをお勧めしたら購入して頂けましたよ」

「よし、出禁にするのだ」

「なんでっ!?」


 新たに常連になってくれた人をいきなり出禁にするなんて、この人は何を考えているんだろうか?


「ちょっと馴れ馴れしいのだ。あれはお茶じゃなくてヴィトが目当ての女なのだ。商品の事を聞いてきたのも全てヴィトと会話をするためなのだ」

「それは考えすぎじゃないですか? おススメとか普通に聞くじゃないですか」

「いや、間違いないのだ。初めて来た頃は値段や効能などの質問だけだったのだ。その後何回か来て今日は好みのお茶を聞いてきたのだ! そうやって奴らは少しずつプライベートな内容も聞きだして距離を詰めていくのだ!!」

「奴らって……」


 ドンッ! とカウンターを叩きながら主張するグウェンさん。

 自分の店を愛用してくれているお客さんに向かって酷い言い様だ。


「今度来たときは『○○を食べる時に合うお茶ってどんなのですかぁ~? あっ、ヴィトさんの好きな食べ物って何ですかぁ~?』とか、『休日はお散歩した後、家でゆっくりお茶を飲むのが好きなんですよぉ~。あっ、ヴィトさんは休日なにしてらっしゃるんですかぁ~?』とか馬鹿みたいな声で聞いてくるに違いないのだ!」


 グウェンさんが悪意たっぷりの演技をしながら力説をする。


「いや、考えすぎですって」

「ヴィト、甘いのだ! その次はいつの間にか食事に行く約束をし、気が付けばデートをしているのだ。なぜならわたしがあの女だったらそうするからなのだ!」

「あんたの事かい!」

「しかしヴィト、実際に鼻の下がのびのびだったのをわたしはしっかり見ていたのだ。既に奴らの術中にはまっているのだ!」

「……そんなことない、と思いますよ……」


 スッと目を逸らす。

 ないです。と断言できない自分が悲しい。


「やはり出禁に……、いや、あいつを出禁にしたところで次の虫が寄ってくるだけなのだ……」


ブツブツ言いながら悩むグウェンさん。


「ならば忠告の意味を兼ねて、『美容とダイエットに最適です』といってニガミソウ茶でも配合して売りつけ、二度と店に来れない身体にしてやるのだ……」


「ダメですよ!!」


 ニガミソウはその名の通りとても苦い草だ。

 良薬口に苦しというが、残念ながらニガミソウは恐ろしく苦いだけで何の効果もないとされている。

 ただ苦いだけの草だとしても、美容とダイエットに最適と言われれば女性は飲まざるを得ないだろう。

 何てひどいことを考えるんだ。

 まさに……悪魔的発想……!


「奴らはわたしの店に来て宣戦布告をしてきたのだ。このまま黙ってやられる訳にはいかないのだ! そうとなれば早速調合しなければならないのだ。今に見てるのだ。クックック……」


 怪しげな笑みを零しながら調合台の方へ消えていった。

 お客さんがお店に来なくなる商品を作るために。

 大丈夫だろうかあの人……。


 ――そして2週間後。


「本日の営業は終了でーす! ニガミソウ茶は完売してまーす! 出来次第また販売致ししますので日を改めてご来店くださーい! 予約は受け付けておりませんのでご了承くださーい!」

 ヴィトが店を取り囲むお客さんに説明しているのが聞こえる。

 閉店時間になってもお店には続々と人が集まっていた。

 その殆どが新規のお客さんで、ニガミソウ茶を求めてやってきていた。


「うー……。なんでこんなことになったのだ……」


 わたしは頭を抱えた。

 ヴィトに纏わりつく虫よけの為、嫌がらせで販売したニガミソウ茶は大人気になっていた。

 嫌がらせの為に少し混ぜたはずの腹下しと体力減退の薬草が予想に反した働きをし、『便通が良くなった』、『食べても太らなくなってきた』と、本当にダイエットに効果が出てしまっていたのだ。

 どうやら腹下しの薬草は適度に働き便秘の解消を、体力減退の薬草は余分な栄養吸収を阻害し、脂肪も燃焼させているらしい。

 錬金術のスキルが影響したんだろうか?

 加えて、ニガミソウ自体の成分にも本当に美容効果があったようで、『お肌のハリが出てきた』、『長年困っていたニキビが治った』、『彼氏ができました』など、喜びの声がたくさん届くようになっていた。

 さらに、即効性も高く、飲んで3日目には効果が感じられるらしい。

 これらの効果が美の追求に余念がない女性たちへ瞬く間に伝わり、ほんの2週間ほどで他国からの観光客やお姫様までもが買いにくる始末となった。

 そして、この騒ぎに乗じて女性たちがさらにヴィトの周りをブンブン飛び回るようになってしまった。


「こんなはずじゃなかったのだ……。嫌がらせのつもりが完全裏目に出たのだ……」


 カウンターで突っ伏していると、説明を終えたヴィトが戻ってきた。


「いや~すごいお客さんですね。嬉しい悲鳴が……ってグウェンさん大丈夫ですか?」

「もうダメなのだ。わたしは何をやってもダメな奴なのだ……」

「急にえらい落ち込みようですね……」

「わたしは何一つ満足にできないゴミムシ野郎なのだ……。いや、ゴミムシにも申し訳ないのだ……」

「何言ってるんですか。グウェンさんはダメじゃないですよ。」


 そういうとなんとヴィトは突っ伏している私のそばに来て頭をなで始めたのだ!

 これは夢か幻か!?


「こんなに人々に喜ばれるものを作り出せる人がダメなわけがないですよ。そんなこと言わないでください。まぁ最初の動機はアレでしたけど」


 笑いながら、ゆっくり、優しく、わたしの頭を撫でながらそう言った。

 撫でられる心地良さと、まさかの嬉しい言葉に蕩けそうになる。

 連日の徹夜も重なりその気持ちよさのまま眠りにつきそうになる。


「連日ニガミソウ茶の調合で疲れも溜まっているでしょうし、明日はお店をお休みにして少しゆっくりしてください」


 その言葉にカッと目が見開く。

 ガバッと起き上がりヴィトに顔を向ける。


「うん。休むのだ。ヴィト、明日は美味しい物でも食べに行くのだ!」

「急に元気に!?」

「西町でカフェ巡りして甘いものを食べるのだ! その後中央公園でお散歩してお昼を食べるのだ!! 夜は南町でご飯を食べるのだ!!!」

「た、食べてばっかりなんですけど……。休んで寝てなくていいんですか?」


 休む?

 そんなことしてる場合じゃないのだ!

 デートするチャンスなのだ!


「大丈夫なのだ! 美味しい物を食べれば元気になるのだ!」

「わかりました。じゃあ明日は食べ歩きでもしましょうか」

「よぉーし! 早速お店を探すのだ!」


 本棚からミリテリアのガイドブックやグルメ情報誌などを引っ張り出す。


「グウェンさん、オレが見ておきますから今日はもう休んでください」


 なんとなんと!

 ヴィトがデートプランまで立ててくれるとな!

 これはもう婚前旅行と言っても過言ではないのだ!

 ぃよっしゃー!!

 見たか飛び回る虫ども!

 必ず最後に正義は勝つのだ!!


「うんわかった! もう寝るのだ! うひー! 楽しみなのだ! おやすみヴィト!」

「はーい。おやすみなさい」


 早く明日を迎えるために、いつもよりだいぶ早くベッドに入る。

 ワクワクして眠れないと思っていたけど、疲れと心身の心地良さにすぐに先ほどの睡魔が再び襲ってきた。

 先に楽しみがあれば、ちょっとくらい気に食わないことも我慢できるのだ。

 今日はいい夢を見られそうなのだ……。

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