第28話 それぞれの一歩を踏み出すために


「さて、どうしようかな」


 ヘスラーもクロウリーもそのままのサイズだと大きすぎるため、すぐに目についてしまう。

 召喚魔法はまだ世間に知れ渡っていないし、周囲の人にとっては巨大な魔物がすぐそばにいれば恐怖以外の何物でもないだろう。

 最悪、緊急時だけ呼び出すようにするしかないかと考えていたら、契約を結んだ場合、大きくはなれないが小さくなる分にはある程度のサイズ調整が可能のようだった。


 最大限小さくして中型犬程度のサイズになる事は出来たが、元々ライオンっぽいので猛獣感は拭い切れない。

 その辺は首輪でもして、従順なペットの大きめな猫として振舞ってもらうしかない。

 これも試練だと思い頑張ってもらおう。


 もちろん、家の外や身内以外の人がいるときは、ヘスラーもクロウリーも話すことは禁止とした。

 目立つ程度ならまだいいが、人々を怖がらせてしまう可能性があるし、下手したら討伐対象になってしまうかもしれない。

 召喚魔法が一般にも知れ渡り、魔物や魔族と契約できることが浸透したら解禁することにしよう。

 エイミーちゃんもリルファちゃんもそれで納得してくれている。

 そんな中、サラさんが食べ物はどうすればいいのか、家が狭いから寝床をどうしようかと心配していたので、昨日、クランの皆で話し合っていたことを伝えた。


「それから、話は変わるんだけど、エイミーちゃん、良かったらウチで働かない?」

「えっ?」


 お茶を飲もうとカップを持ち上げた姿勢で固まって、きょとんとした顔でこちらを見上げる。


「今はこの家でクランの皆と生活しているんだけど、それぞれ依頼とかお店の仕事とかしているから、家を空けることも多かったりするんだ。その際に家にいてくれる人がいるとすごく助かるんだよね。急遽連絡が来たとか郵便が来たとかさ。あと、時間がある時に買い物とかもしておいてくれると、とっても助かるんだ」


 オレ自身そうであったように、両親を亡くした後の生活はかなり大変だ。

 サラさん達が2人を邪険に扱うことは考えられないが、妹のことも考えなければならない分、エイミーちゃんの精神的な負担はかなり大きいだろう。

 そこでオレたちの家に住んでもらい、家のことを手伝ってもらえればオレたちも助かるし、2人も肩身の狭い思いをしなくて済むのではないかと考えたのだ。

 クランの皆に提案したところ、快くオーケーというか大賛成してくれた。

 ついでに小型化したヘスラーやクロウリーなら家で放し飼い(?)にしても問題ない。


「わ、私でいいんですか?」

「エイミーちゃんが良かったらだけどね。住み込みで3食おやつ付き。もちろん家賃や食費はいらないし、別途お給金も弾むよ。当然リルファちゃんも一緒に住めるよ」

「リルも働きたいです!」


 椅子から立ち上がり、直立してピンと真っ直ぐ手を上げながら言った。


「じゃあリルファちゃんにも手伝いをしてもらおうかな。でもリルファちゃんのお仕事は、まず学院に通ってお友達をいっぱい作ることかな。後は一杯遊ぶことだね」

「リル、学院に通えるの? お勉強できるの?」

「もちろんだよ。行きたいかい?」

「行きたいです!」


 再度ピンと手を上げて返事をする。

 可愛くて癒されるなぁ。


「エイミーちゃんも家の仕事自体は忙しくないから日中は学院に通えるよ。学費は別途支給、というかオレが出すから」

「そ、そんな、そこまでしてもらうわけには……」

「いやいや、これはオレたちの為でもあるし、世の中の為でもあるんだよ」

「世の中の為??」

「うん。信頼できる人に家を管理してもらえれば、オレたちは気兼ねなく仕事に専念が出来る。仕事に専念できるという事は、魔物に襲われて悲しい思いをする人を少しでも減らせるんだよ。だからしっかり勉強してオレたちの手伝いをしてくれることが、世界平和につながるのだ!」


 辛い思いをした分、少しでも良い条件で生活させてあげたいというのが一番の理由だった。

 でも施しのような形になってしまうと恐縮してしまうだろうし、オレたちが仕事に専念するためという理由があれば、少しは受け入れやすくなるんじゃないかと思って考えていた理由付けだ。

 もちろん助かるのは本当だから何も嘘はついていない。


「あ、今すぐに決」

「やります! ぜひやらせてくださいっ!!」


 今すぐ決めなくていいよと言おうとしたら即決されてしまった。


「そ、そうか、ありがとう。でも一応というか、サラさんにも確認した方がいいよね。サラさん、如何でしょうか?」


 現在二人の保護者であり、これまでのやり取りをずっと黙って見ていたサラさんに確認する。


「大変ありがたい事だと思いますし、本人がやりたいのであれば私は止めませんが……、本当によろしいのでしょうか? 傷を治してもらった上にそんなに良い条件を提示して頂けるなんて」

「こちらとしてはぜひお願いしたいくらいなんです。どちらにせよ人は雇うつもりでいたので、知らない人を雇うよりも知っている人を雇った方が安心ですし。もちろん危険が及ぶようなことは一切させませんのでご安心ください。」


 オレたちのやり取りを聞いて、エイミーちゃんが真剣な眼差しでサラさんに訴える。


「おばさん、私、働きたい。ヴィトさんのお手伝いをして、私たちみたいな子が増えないようにしてもらいたい」

「……わかったわ。私としても、全く知らない人の所に働きに出すよりも、ヴィトさんの所の方が安心できるわ。ヴィトさん、何から何まで本当にすみません。2人をよろしくお願いいたします。それと、私も夫も、何かお手伝いできることがありましたら何でもいたしますのでお申しつけ下さいね。」

「ありがとうございます。僕らもまだまだ未熟で世間知らずですので、サラさんや旦那さんのお力を借りることがあると思います。その際はぜひご指導を宜しくお願い致します。」


 サラさんと握手を交わしつつ頭を下げる。

 エイミーちゃんとリルファちゃんは手を叩いて喜んでいる。


「サラさんも旦那さんもいつでも遊びに来てくださいね。特に、僕らが仕事で不在になった時とか、二人っきりになったりすると寂しいでしょうから。お二人が泊れる準備もしておきますので」

「はい、ありがとうございます。エイミー、リルファ、しっかり働いてご迷惑をお掛けしないようにするのよ」

「はい!」

「うん!」


 これで今後の2人の生活も大丈夫そうだな。


「あ、そうだ! リルファちゃん」

「はい?」

「これで一応依頼は達成したということでいいかな?」

「はい! あ、報酬をお支払いします!」


 そう言って袋の中から銅貨を18枚出し、両手に乗せて差し出してくれた。


「はい、ありがとうございます。確かに報酬を受け取りました。また何かありましたらいつでもご用命を」


 銅貨を受け取り、深々とお辞儀をする。

 特に報酬がほしいわけではなかったが、こういう形式的なやり取りをしておくことも大切だ。


「ありがとうございました!」


 リルファちゃんも元気よくお礼をしてくれた。


「では、これはエイミーちゃんとリルファちゃんに、オレからのお礼です。代表してエイミーちゃんに渡しておくね」


 そう言って袋を手渡す。

 エイミーちゃんが受け取り不思議そうに袋を開ける。


「これは? 銀貨がたくさん入ってますけど……」

「うん。40枚入っているから失くさないようにね」

「えっ?」


 エイミーちゃんが困惑する。


「今回の件ではギルドの方からも調査依頼が来ていたんだ。今セラーナが報告に行っているけど、無事に解決したからギルドから報酬が出るんだよね。その報酬のオレの取り分があるから、情報提供料として半分を二人に受け取ってほしい」

「で、でもこんな大金貰えません!」


 袋をこちらに渡そうとするエイミーちゃん。

 それをさらに押し戻すオレ。


「ダメだよ。今回、ギルドの依頼では全く情報が無かったんだ。それこそ、リルファちゃんに会って、エイミーちゃんの話が聞けていなければ、2体いることすら分からなかったかもしれない。情報というのはとても重要な物なんだ。それを辛い中話してくれたんだから、十分にその価値はあるんだ」

「でもでもっ、傷を治してもらって、お仕事までもらったのに、その上お金までもらってしまったら私……」


 マズイ、泣きそうになっている。

 決して泣かせるつもりじゃなかったんだけど……。


「じゃあこうしよう。オレはヘスラーがやったことを知った上で契約したから、ヘスラーがやったことの責任はオレにもある。もちろん、ヘスラーは今後エイミーちゃんを守り続けることでそれを償う。それに加えて、僅かだけどオレからの慰謝料だと思って、お願いだから受け取ってほしい」


 無理やり理由を付けて押し通した。

 オレたちがいる間は仕事も食事も面倒を見てあげる事が出来るし、お金に困る事はないだろう。

 ただ、オレたちもいつ、どうなるか分からない。

 その時の為にお金はある程度持たせておきたかった。

 それだけあれば、しばらくの間は何とかなるだろう。


「はい……。ありがとうございます。ヴィトさんの優しさに甘えさせて頂きます。私頑張りますので、何でも言って下さいね!」

「うん、こちらこそよろしくお願いします」


 概ね話しも終わり、一度サラさんの家に戻って着替えなどを取りに行く事とした。

 仕事も引っ越しも急がなくてもいいと言ったけど、2人とも『今日から働きたい!』と意欲満々だったので、とりあえず引っ越しだけでも終わらせることにした。

 旦那さんには、後日2人を連れて改めて挨拶に来るとサラさんに伝えておいた。

 2人の荷物を持ち、お腹を満たしながら生活に必要そうなものを街で買って帰ることにした。

 ヘスラーとクロウリーの首輪とリードも買ったが、折角だからいざという時に使えそうな付与術を考えて付けておくことにした。

 2人にも緊急用のアイテムを作って渡しておいた方がいいかもしれないな。

 どんなものを作ろうか今からワクワクが止まらない。


 買い物や買い食いの間、リルファちゃんは終始楽しそうにしており、エイミーちゃんもリルファちゃんに注意しながらも楽しそうにしていた。

 用事を済ませ、帰るころには既に日が沈んでいた。


 ◆


 家に着くと、皆も仕事を終えて帰ってきていたようだった。

 リビングに集まり、今日の話の経過や2人が住み込みで働いてくれることになったと説明し、それぞれ互いに自己紹介をしていった。


「いらっしゃいませなのだ! ウチに来たからにはもう家族も同然なのだ! 自分の家だと思って遠慮なく過ごすといいのだ!」


 一応ここはオレの家で、グウェンさんも居候のはずなんだけどな。

 まぁ言っていることに異論はないからいいんだけども。


「ようこそブルータクティクスへ!」

「よろしくお願いしますねー!」

「仕事といっても無理はしなくていいからね。まずは新しい生活に慣れることから初めましょうね」

「困ったことがあった何でも言ってくれよ!」


 拍手をしながらそれぞれ歓迎の意を示す。

 初めは緊張していた2人も徐々に打ち解けてきた。

 女の子2人を急に住み込みで働かせるのもどうかと思ったけど、お姉さんが4人?もいるから大丈夫だろう。

 内1人は男性で1人は誰よりも子供だから実質2人だけど。


 自己紹介と質問タイムも終わり、セラーナが食事を作ってくれている間に、2人が使う部屋を決めたり、家の案内や設備の使い方などを説明した。

 一つ説明するたびに驚いてくれていたが、段々エイミーちゃんの表情が険しくなってきた。


「ん? どうかした?」

「あの、色んな魔法の道具があって凄いんですけど……。お部屋も廊下もお風呂も魔法でピカピカで……。私はここで何のお仕事をしたらいいのかと思って……」

「あぁ、確かに掃除系は魔法で何とかなっているね。だから買い物とか料理とか、食器の後片付けとかかな。」

「なるほど、魔法で出来ない部分を私がやればいいんですね! わかりました! 料理もたくさん勉強しますので、食べたいものがあったら言って下さいね!」

「うん、楽しみにしているよ。まぁそんなに忙しくはないとおも……、あー、一番大変なのはグウェンさんのお世話かもなぁ……」

「えっ?」

「あ、なんでもないよ、うん」


 流石のグウェンさんもこの子たちの前ならしっかりした人間に戻れるかもしれない。

 その辺りも期待しておこう。


 説明を終えてリビングに戻るとちょうど食事も出来ていたので、皆で食べる。

 食事後も皆で雑談していたが、2人とも今日は朝から目まぐるしかったせいか、眠気が出て来たようなので先に休むよう促した。


 2人が寝た後もオレたちは2人のことも含めて今後について話し合っていった。


 ヘスラーとエイミーちゃんの関係は当然まだまだぎこちないが、今後時間を掛けて距離を縮めて貰えたらいいなと思う。

 リルファちゃんはクロウリーと楽しそうにじゃれ合っていた。

 クロウリーは基本的にオレについてもらおうかと思っていたけど、リルファちゃんに付けておくのもいいかもしれない。

 滅多に危険に曝されることはないと思うけど、万が一何かあったら困るし。

 自分が必要になったら自分の所に召喚し直せばいいだろうし……って出来るのかな?

 後で試してみよう。


 それから2人の学校への入学手続きをしたり、ブロックホーン村にお墓参りに連れて行ってあげたりしないとな。

 エイミーちゃんに料理を覚えてもらうのに、サラさんを家庭教師として雇ってもいいかもしれない。

 そうだ、緊急時用のアイテムの作成や首輪に付与もしなきゃならないんだった。

 あ、給料についても話をするの忘れていた。

 明日真っ先に話をしなければ。

 他にも色々やる事がたくさんあるなぁ。


 しばらくは討伐依頼もないだろうし、優先順位を付けて1つずつやっていこう。

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