第26話 依頼は達成しなければならない


 ヘスラーの匂いを辿り、後を追っていく。

 村の方からは反対の、離れた方向へ向かっていたようだった。

 鬱蒼とした森の中、一際大きな木の根元に出来た洞の中に、ヘスラーがいた。

 すかさず“スキャン”でスキルを確認する。

 火魔法Lv6,雷魔法Lv7、闇魔法Lv6と“黒い牙ブラックファング”というスキルを持っており、クロウリーと兄弟という事が窺い知ることが出来る。


 ヘスラーも怪我をしているようで、地面に伏せたまま顔だけをこちらに向けた。


「クロウリー……。お前、傷は……」

「あぁ、このヒト族が治してくれた」

「そうか……」


 ヘスラーはゆっくりと起き上がる。

 ヘスラーの毛が逆立ち、身の回りに濃色の雷がバチバチと音を立てながら生じ始める。

 大気が揺れ、全員が戦闘態勢に入る。

 しかし、その前に確認しなければならない。


「ちょっと待て。お前は何で人を襲ったんだ?」

「……。貴様に話す必要はない」

「いや、ある。オレはお前が殺した夫婦と傷つけた女の子の家族から依頼をされてきた。お前を倒してほしいと」


 ヘスラーの目が僅かに見開き、一瞬大気の揺らぎが弱まった。


「あのヒト族の……。フン、死にぞこないがいたのか。関係ない。いずれ皆殺しにしてやる」

「じゃあどうしてその後、村を襲いに行かなかった?」

「……」

「今回も傷を負ったとはいえ、その程度なら支障はないはずだ。なぜ村に行かない? むしろ村から離れて森の奥にやってきたのはなんでだ?」

「貴様には関係ない!」


 エイミーちゃんとクロウリーの話を聞いて、何かおかしいと感じていた。

 本当に人に憎しみを抱いているのであれば、直ぐに行動に移してもいいはずだった。

 それなのに、クロウリーに止められていたとはいえ、エイミーちゃん達を襲った以外に犠牲者が出ていないのは、良いことなのだが少なすぎる。

 聞いていた経過や内容、行動などから、ちょっと悪ぶった子供の様にしか感じられなかったのだ。


「お前、本当は殺すつもりはなかったし、後悔してるんじゃないのか?」

「なっ……」


 身に纏っていた雷が消え、明らかに動揺が見えた。


「不安を誤魔化すために強がって悪態をついていただけなんだろ?」

「違うっ!」

「人を襲ったのも、ちょっと脅かすつもりが力加減を間違えてしまったんじゃないのか?」

「うるさいっ! ヒト族など皆殺しだっ!」


 バチッっと激しい音が鳴り、濃色の雷がオレに向かってくるが、あえて避けない。

 同じ魔法を身に纏うように広げ、魔法を受け流して左手に集めていく。

 左手には濃色の雷の玉が出来上がり、それをそのまま打ち返してやっても良かったが、力の差を見せつけるために握りつぶして見せた。


「な、なんだとっ……!?」


 驚愕の表情を浮かべるヘスラーだったが、隣でクロウリーも驚いていた。

 それを無視してオレは続ける。


「クロウリーを襲ったのも、後に引けなくなってどうしたらいいか分からなくなったんだろ?」


 恐らく故郷に帰れず、不自由な時間を過ごしていくうちに、不満が溜まっていたのだろう。

 理不尽な状況に対する愚痴や強がりをクロウリーにこぼしている内に、段々とその気になって来て、自由に生活している現地の人々を妬ましく思ったのは事実なのだろう。

 ただ、偶々出会ったエイミーちゃんたちに八つ当たりをしてしまった。

 そして、思ったよりも人は弱く、命を奪ってしまった。

 クロウリーに咎められても、今更引っ込みがつかなくなり、クロウリーにまで手を上げてしまったが、その後どうしたらいいかもわからなくなり、森の奥深くに逃げ込んだ。



「黙れっ!! だったらどうした!!」

「お前には同情する部分もあるよ。でも、オレは『魔物を倒して』という依頼を受けてきたからそれを果たさなきゃいけないんだ。だからごめんな。見逃すわけにはいかないんだ」


 同情の余地はあるし、今話した感じだとこれ以上人を襲ったりすることはないと思うけど、依頼を受けた以上、それは果たさなければならない。

『任せてほしい』と皆に目配せをし、オレは剣を右手に持ちゆっくりとヘスラーに近づいていく。

 ヘスラーはわずかに逡巡た後、咆哮を上げオレに飛び掛かってきた。

 しかし、殺意や脅威は感じられず、見せかけだけの咆哮と攻撃だった。

 飛び掛かったものの、返り討ちにあってしまったという形にし、自ら命で償おうとしているのだろう。

 依頼を受けた以上、オレもヘスラーを殺すつもりだ。

 殺すためではなく、自らが死ぬための攻撃を躱しながら、その首に向かって剣を振るう。

 毛、皮膚、肉、骨を切り裂き、ヘスラーの太い首を一瞬で刃が通り抜ける。

 飛び掛かってきた勢いのまますれ違い、オレの後方でトスッと軽い着地音がした。

 そのままヘスラーは動かなかった。


 が、一瞬の沈黙の後、ヘスラーがこちらを振り返り、声を発した。


「な、何をした?」


 みんなもヘスラー自身も驚いている。


「確かに我が首が切断されたはずだ。幻術か?」

「幻術じゃない。確かに切ったよ。そして切った直後から治していった。」

「そんなことが出来るのか!?いや、それよりもなんでそんなことを……?」

「お前を倒すという依頼を達成しないといけないからね。ところでさっき言ったことは図星なんだろ?」

「……そうだ。信じてはもらえないかもしれないが、ヒト族もクロウリーも傷つけるつもりはなかった……」


 観念したようにヘスラーはこちらに来てからの不安と葛藤を語り始めた。

 概ね予想した通りだったが、一つ予想外だったのは、へスラーがこちらで生活していく覚悟を決め、人と仲良くなろうとしていたことだった。

 八つ当たりではなく、自身としては普通に出ていったらしいが、予想以上に怖がられてしまった。

 それに慌ててしまい、バタバタしている内にあんなことになってしまったと、本当に申し訳なさそうに語っていた。


「どんな理由であれ、お前が人を殺し、傷つけたのは確かだ。でも、言ってみればお前も被害者なんだから償うチャンスがあってもいいと思うんだ。ただ、それは死んだらお終いというものでもないと思うんだ」

「この命以外でどうやって償えというのだ……」

「まず、オレと召喚契約を結ぼう。そして、お前が殺した両親の代わりに、子どもたちを守るために命を使うんだ。初めは拒絶されるだろうな。なんせ親の仇なんだから。でも、陰ながらでもいいから、傷つけた以上に命を懸けて守るんだ。守るのは奪うよりも大変だぞ」


 魔物だから討伐して終了というのも違うと思った。

 あの子たちが納得してくれるかはわからないけど、今後起こりうる事態を考えると、強力な護衛がいる事はあの子たちにとってメリットがあると思った。


「しかし、そんなことは……。いや、一度捨てて拾われた命だ。従おう。召喚契約をすれば、主の許可なく危害を加えることが出来ないし、再び同じことをする心配がないというわけか」

「それだけじゃないぞ。召喚契約をしたら多分フォーステリアに帰れるんじゃないかと思うんだ」

「なにっ!? 本当か!?」


 リーベラさんは召喚する魔法と帰還させる魔法が使えるようになると言っていた。

 ただ、今回は召喚する前からミリテリアにいる状態で契約するので、フォーステリアに帰還させられるか分からない。

 でも、帰還させる魔法が使えるようになれば、それを“魔法創造クリエイトマジック”でいじれば何とかなりそうな気がしていた。

 もし納得してもらえなければ、殺したことにしてフォーステリアに送還しようと思っている。


「やってみないとわからないけどね。クロウリーも契約しない? もちろん嫌じゃなければだけど」

「それはありがたいが、大丈夫なのか?」

「えっ? 何が?」

「我ら同時に契約を結ぶとなると、かなり負担が大きいと思うが……」

「あ、そうなの? じゃあまずヘスラーで試してみてから考えよう。召喚契約自体は問題ないかい?」

「問題ない。むしろ、命の恩人の力になれるならば、喜んでこの命差し出そう」

「いや、差し出さなくていいから。なんかあった時に手伝ってくれれば」


 こいつらは何かあれば死ねばいいと思っているのだろうか?

 命はそんなに安いものじゃないと教えてやらなければ。

 先程一瞬とはいえあっさりと命を奪った自分が言うのもなんだけどね。


「とりあえず、ヘスラーからやってみよう」


 プラントさんから教わった“契約コントラクト”を使用すると、幾何学模様の魔方陣が現れ輝き始めた。

 ヘスラーの意思が契約に同意すると、魔方陣の光がヘスラーの身体に取り込まれていき、額に模様のようなものが現れ、その模様が光ると魔方陣が消えた。


「これで成功?」

「我が主よ、成功の様だ。召喚契約を結んだのは初めてだが、なんだこれは……。力が、魔力が溢れてくるようだ」

「へーそんな効果もあるんだ。その模様は契約を結んだという証なのかな?」

「そのようだ。我が主の僕である事を示す言葉の様だ」

「それにしてもお腹とかもうちょっと目立たない所に出てもいいのに。額のど真ん中はやりすぎでしょ……」

「いや、我は気に入っております。命を頂いたばかりか、素晴らしき力と紋様も与えて頂き光栄です。主の名を汚さぬよう尽力してまいります!」

「あ、あぁ、気に入ったならいいんだけど。よろしくね」


 契約を結んだら急に堅苦しくなった。

 暑苦しいのが増えてしまったかもしれないという懸念が生じたが、契約成功により、ヘスラーとどこにいても会話が出来るようになった。

 そして “送還リペイトリエイト”も使えるようになったので、早速試してみる。


「ちゃんと向こうに帰れるかな? “送還リペイトリエイト”!」


 先程とは違う魔方陣が出現し、ヘスラーが魔方陣に沈んでいった。

 自身の内側にヘスラーの魔力を探し、頭の中で話しかけてみる。


(ヘスラー、聞こえるか? どこにいる?)

(主よ! フォーステリアです! 我らが住んでいた森におります!!)

(お、よかったな! とりあえずもう一回こっちに戻していいかい?)

(畏まりました!)


 クロウリーにヘスラーが故郷の森に戻れたようだと伝えながら、再度ヘスラーを“召喚コンジュレイション”で呼び出す。


「これでいつでも行き来が出来るな。まぁ基本的にヘスラーはエイミーちゃんについていてもらう予定ではあるけど」

「戻れるとわかっただけでも僥倖です」

「まぁ今後の事は相談しながらだな。今の所何ともないし、クロウリーも契約しちゃおう」


 クロウリーにも“契約コントラクト”を使用すると、問題なく契約が出来、フォーステリアに送還も可能となった。

 また、オレの魔力を介してだけど、契約したことによりクロウリーとヘスラーの間でも会話が出来る様になったようだった。

 一先ず、このまま森にいて、もし人に見つかればまた面倒な事になりそうなので、フォーステリアに一旦戻ってもらうことした。


 オレたちも村に戻り、サルトス村長には『魔物は2匹ともフォーステリアに送り返したので、もう心配ご無用』とだけ伝えた。

 ギルドには討伐はもったいないので自分の召喚獣にしたと説明すれば大丈夫だろう。

 問題はエイミーちゃんとリルファちゃんにはどうやって説明をしようかということだ。

 みんなで話しながら、ティルディスへの帰路についた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る