第8話 王都ソルティア ちくしょうサービスだ!攻め

 王都への出発の朝、タック、ススリーと共にグウェンさんを迎えにタンブルウィードに向う。

 その途中、朝食のパンを買うためにエルザさんのお店に寄った。


「あら、おはよう。今日は3人なのね」

「おはようございます。これからグウェンさんと一緒に王都に向かうんですよ」

「いいわね。旅行?」

「いえ、ハンターギルドの登録なんですが、その前に色々下見をしようと思って」


 エルザさんにはスキルの詳細まで伝えていないが、それぞれ剣術や魔法などが使えるということは伝えてあった。


「そっか。くれぐれも気を付けるのよ。私たちも出来る限りの事はするから、必要な事があったら言ってね」

「ありがとうございます」

「よし、これもおまけしちゃう。道中で食べていって。あとこっちはグウェンにあげておいて。これ食べていれば大人しくしてるでしょうから」


 そう言って、買ったパンにいくつかおまけを付けてくれた。


「ありがとうございます。頂きます!」


 3人でお礼を言い、タンブルウィードに向かうと、グウェンさんは準備万端で待ち構えていた。

 楽しみすぎて早起きしたらしい。

 お店の施錠を確認した後、馬車乗り場がある中央公園へ向かった。

 王都へは馬車で4~5時間なので、これから向かえばお昼過ぎには到着する予定だ。

 乗合馬車だとティルディスから王都まで1人銅板2枚で行ける。


 ミリテリアの通貨は各国共通となっており、銅貨、銀貨、金貨が使用されている。

 各通貨には<銅貨>、<銅板>、<大銅貨>というように3種類があり、

 ・銅貨10枚で銅板1枚

 ・銅貨50枚で大銅貨1枚

 ・銅貨100枚で銀貨1枚

 となっている。

 銀貨、金貨においても同様なので、銅貨換算すると、金貨1枚は銅貨10,000枚、金板は銅貨100,000枚、大金貨は銅貨500,000枚の価値があることになる。

 さらに1枚で金貨100枚分の価値がある白金貨というのがあるが、金貨も白金貨もオレたち庶民には関係がなかった。

 一般的な4人家族なら、1か月の生活費は銀貨5枚ほどあれば十分だ。


 馬車乗り場に到着すると、まだお客さんが殆どいなかった。

 荷台の両サイドに長椅子が設置されたタイプで、本来8人乗りの馬車に4人で乗れることになった。

 貸し切り状態で広々と使えるのとは幸先がいい。

 天気も良く、王都までの道もきちんと整備されているので、快適な旅が出来そうだ。


「うひょー! 気持ちいいのだー!」


 馬車が静かに動き出すと、心地よい風が吹き込んでくる。

 久しぶりの遠出で朝から元気いっぱいなグウェンさん。


「あんまりはしゃいでると疲れちゃいますよ」

「昨日は一杯寝たから大丈夫なのだ!」


 クリームパンを食べながらご機嫌に話しているが、いつまでもつのやら……。


 ◆


「きもちわるい……。酔ったのだ……」


 1時間ほどしか持たなかった。

 青白い顔ですっかり元気をなくしたグウェンさん。


「だから言ったじゃないですか……」

「こんなはずじゃなかったのだ……。うー……揺れるー。きもちわるいぃー」


 少しでも楽になろうと横になっているが、ゴトゴトと揺れる馬車の振動が許してはくれない。

 ススリーが背中や頭を撫でたりしてあげているが、あまり効果はないようだ。

 しかし、あと4時間くらいは馬車に揺られなければならない。


「あ、そうだ。最近いい魔法作ったので試してみますか」

「いい魔法? 治るならなんでもいいのだ。ためしてー」


 タックとススリーに馬車の中央スペースを開けてもらい、水魔法で水分を集めて土魔法で粘性を与えていく。

 長さや幅はグウェンさんより少し大きなサイズ、厚さは5㎝くらいの板状にしていく。

 表面を光魔法でコーティングし、空気を少し圧縮させて板状の裏面部分に纏わりつかせ、床板から少し浮かせておく。

 ウォーターマットの出来上がりだ。


「これに寝ておけば揺れも吸収されると思いますよ」

「おぉぉ! なんだこれはすごいのだ」

「最近寝るときに使ってるんですけど、めっちゃいいんですよこれ」

「よくこんなの思いつくわね……。でもすごい良さそうね。私も出来るかしら?」

「慣れれば簡単だよ。今やって失敗すると馬車が濡れて大変なことになるから、あとで教えてあげるよ。でもこれを覚えるともう普通のベッドじゃ眠れませんぜ」

「いいなー。俺も欲しいなこれ」


 皆で触って感触を確かめている。

 ぷにぷにとした触感で気持ちいい。

 なかなか好評のようだ。

 実際に寝っ転がると体にフィットして、包み込まれるような感覚になるのでもう手放せない。

 夏は水で、冬はお湯で作れば快適温度で睡眠がとれるであろう優れモノだ。


「うわーこれすごく気持ちいいのだ。揺れも全然感じないのだ」

「浮かせてますからね。因みにちょっと調整するとその中にすっぽり入る事も出来るんです。お風呂代わりにやってみたらこれまた夢見心地でしたわ」

「それは気持ち良さそうね……。絶対に覚えなきゃ」


 ススリーのお気に召したようだ。

 今度付与術で作りたいものがあるからギブアンドテイクにしてもらおう。

 そしてグウェンさんはマジ寝しだしたので、到着まで放っておいてもよさそうだな。


 ◆


 その後の道中は何事もなく進み、ススリーもオレが作ったウォーターマットで寝ていった。

 スキルの事や今後の事、タックの最近気になる女の事の話などを聞いていたら、あっという間に王都についた。

 予定通り正午を少し回った辺りに到着だ。


 王都ソルティアは海に面した大きな街で、港には各国から訪れた大きな旅客船が何隻も泊まっている。

 港周辺は宿や飲食店街、海産物店などが立ち並び、その規模はさすがにティルディスよりも大きく、いつでも観光客でにぎわっている。

 海岸から内陸側に向かっていくと住宅街などが広がり、住宅街の奥の方にある小高い丘の上には、街や港を見守る様に王城が建っている。


「あ~よく寝たのだ。ヴィト、マット気持ちよかったのだ! あれうちにも欲しいのだ!」

「それはよかったです。じゃあ帰ったら作ってあげますよ」


 グウェンさんの顔色も戻り、すっかり回復したようだった。

 自分で作ったものを褒められるとやはり嬉しいものだ。

 喜んで提供致しましょうとも。


「まずは宿を確保してから散策に行こうか」

「そうね。早めにとっておかないと、これから人が増えてくるかもしれないわ」


 お昼時でお腹も空いてきたが、まずは宿だ。

 その昔、とある偉い人も『メシより宿!』と言っていた。

 王都に着て道端をキャンプ地とするのは避けたいものね。

 常に観光客で混んでいる街だし、5日後のハンターギルド説明会の事を考えると、宿が一杯になる可能性もある。

 観光案内所のおじさんに安めの宿をいくつか聞き、おじさんが一番おススメしてくれた<プラウディア>という宿に向かった。

 港からはやや離れているが、3階建ての宿で見た目も綺麗だ。


「すみません。今日から泊まりたいんですけど、2人部屋2つ空いてますか?」

「えぇ空いているわよ。2人部屋だと朝食付きで1人銅板3枚よ。夕食も付けると銅板4枚になるわ」


 せっかく王都に着たんだから夕飯は外で食べたいというみんなの意見が一致し、朝食のみ付けることにした。

 5日後がギルド説明会で、翌日の朝に帰るとして6泊。


「じゃあ朝食のみでお願いします。とりあえず今日から6日間でお願いできますか」

「わかったわ。料金は1日毎でもいいし、前払いでもいいわよ」

「前払いでお願いします」


 一人当たり銅貨で180枚、銀貨1枚と大銅貨1枚、銅板3枚だ。

 一人暮らしのオレにとっては3週間分くらいの食費に当たるので懐が痛いが仕方ない。


「わたしが出しておくのだ」


 なんとグウェンさんがみんなの分を出してくれた!


「えっ? グウェンさん大丈夫なの?」

「最近お店が繁盛しているから大丈夫なのだ! たまにはお姉さんらしいところを見せるのだ! 年上の威厳を見せるのだ!」


 ドンと銀板1枚をカウンターに置き、支払いを済ませるグウェンさん。

 背が小さく、行動も子どものそれなので一緒にいると年下にしか見えないが、いつもより背中が大きく見えた。

 さすが最年長で経営者。経済力は一人前だ。

 グウェンさんに3人でお礼をいい、『さすが大人の女性』、『カッコイイ』、『憧れちゃう』など誉めたてると、笑みがこぼれ小鼻がヒクヒクしだした。

 とても嬉しそうだ。


「じゃあ部屋はわたしとヴィト、タックとススリーだな」


 皆で一切聞こえなかったことにし、ススリーにグウェンさんの回収を頼み、タックと部屋に向かった。

 2階にある並びの部屋で、ベッドが2つ、テーブルが1つとシンプルだが綺麗な部屋だ。

 通りに面した窓からは海は見えないが、部屋から景色を楽しむわけではないので気にならない。

 荷物を置いてロビーに集合し、今日の動きを確認する。


「とりあえず港の方に行ってお昼でも食べようか。その後にハンターギルド総本部やクラン説明会の場所を見に行ってみよう」

「賛成! お腹空いたのだ!」


 美味しいものが食べたいな。

 皆で来た道をまた戻っていった。


 ◆


 宿を出て再び港の方へ向かっていく。

 多種多様な飲食店があり、お店を決めるのも一苦労だ。


「何食べる?」

「せっかくだからまず海産物が食べたいわね」

「どれもうまそうだなー。食えるなら俺はなんでもいいぜ!」

「あっちからいい匂いがするのだ!」


 グウェンさんがふらふらと匂いに引き寄せられていく。

 そこには食べ歩きや持ち帰り用の料理を売る屋台が並んでいた。

 魚介や肉の串焼きに丼もの、麺類、パンにお菓子など、いろんな屋台がある。


「お昼はここで好きな物買ってもいいかもね」

「そうね。どれにしようか迷っちゃうわ」

「よし、俺はとりあえず肉と魚介の串焼きを食おう」

「む、タック。わたしもそれにするぞ!」


 オレもススリーも同意見で、先ほどから香ばしい匂いを漂わせてオレたちを誘惑してくるけしからん屋台に向かっていった。


「たのもー! 美味しい串焼きをくださいなのだ!」

「いらっしゃいお嬢ちゃん。うちのは全部美味しいよ。どれでも1本銅貨1枚だけど、6本買うと銅貨5枚だよ!」


 どうせ1本では足りないので6本を選ぶことにする。

 タックは12本買うことにしたようだ。

 あれこれ悩みつつ選んでいると屋台のおっちゃんがグウェンさんに話しかけている。


「お嬢ちゃんかわいいねー。1本サービスしちゃおう! どこから来たんだい?」

「わーい! ありがとなのだ! ティルディスから来たのだ!」

「おうそうだったのかい。観光で来たのかい?」

「観光もするけど、ハンターギルドの登録に来たのだ!」

「えっ? じゃあお嬢ちゃんは力を授かった人なのかい!?」

「そうなのだ。ヴィトたちと一緒に登録するのだ」

「そうか、お嬢ちゃんみたいな小さい子まで……」


 おっちゃんが何やらショックを受け、唇を噛み締めた。

 あ、これはグウェンさんを子どもだと思ってるパターンだな。

 訂正しておこう。


「あ、違いますよ。その」

「おっちゃんはな! 力を授かっていないから魔物の事は授かった人に任せるしかないんだけどよ……。だけど、娘と同じくらいのお嬢ちゃんにまで任せるしかないなんて、大人として情けねぇ……!」

「いや、グウェンさんは」

「おっちゃん。困ったときはお互い様なのだ。気にすることはないのだ」

「お嬢ちゃん……!」


 説明しようとしても会話に入れない。

 おっちゃんが感極まっている。


「ちくしょうっ! おっちゃん力はないけど、美味い串焼きなら焼ける! お嬢ちゃんたちの無事と活躍を祈って、今日はサービスだ! 好きなもん持って行ってくれ!」

「そ、そんなの悪いのだ。お金はちゃんと払うのだ!」

「お嬢ちゃん。これはおっちゃんからのお願いなんだ。魔物の事では力にはなれないが、せめてうちの串焼き食べて元気を付けてくれ!」


 おっちゃんが色々串焼きを詰めて渡してくれる。

 そして真剣な顔つきで、目に涙を浮かべながらグウェンさんを見つめて言った。


「ただ、お嬢ちゃん。これだけは約束してくれ。命だけは粗末にしちゃいけないぞ。危なくなったら逃げ出したっていいんだ! 力を授かったからと言って、他の人の為にお嬢ちゃんや若い兄ちゃん姉ちゃんだけが危険な目に合う必要はないんだからな!」

「わ、わかったのだ。気を付けるのだ。」

「兄ちゃんたちもまだ若いのに申し訳ないと思うけど、お嬢ちゃんの事、しっかり守ってやってくれよ!」

「は、はい。わかりました」

「また来てくれよ! サービスするからな!」

「「「ありがとうございます……」」」


 おっちゃんは言い終わるとこちらに背中を向け、少し上を見ながらたくましい右腕で自分の目を拭っている。

 恐らく、グウェンさんを見た目通りの年齢だと思ったのだろう。

 そして自分の娘と重ね、娘が魔物と戦うことを想像したのだろう。

 確かにそんな想像をしたら、誰だって大人の自分が何も出来ないのは不甲斐なく感じるだろう。


 ただ、グウェンさんは戦いに赴く予定はない。

 毒や解毒剤作成などで、自宅でサポートしてもらう予定だ。

 そして、子どもでもない。

 オレたちの10歳上で宿代を出してくれるほどの立派なレディだ。


 でも聞いてくれなかった。

 決して騙したわけでもないし、あえて黙っていたわけでもないのだが、何となく罪悪感を抱きながら屋台を離れた。


 串焼きには罪はないので皆で頂くと、めちゃくちゃ美味しかった。

 どれもこれも素材の良さはもちろんだが、焼き加減も塩加減も抜群だ。

 オレの中ではイカ焼きが一番美味しかった。

 肉厚のイカが醤油ベースのタレで香ばしく焼かれており、弾力がありつつも容易く噛み切れる。

 噛めば噛むほど旨味が出てくる。

 正直もう2~3本食べたいところだったが、さすがに今行くともっと寄越せと言っているようで気が引ける。

 王都滞在中にまた行こう。


 因みにその後、他の屋台で買い物をした際も、『どこから来たの? →観光かい? →えっお嬢ちゃんが……!? →ちくしょうサービスだ!』のパターンが続いた。

 戦いはしないんですよ、こう見えて年上なんですよと説明をしても、オレやタックが買いに行ったとしても、後ろにいるグウェンさんの姿を見つけ、そのパターンが発動した。


 どうやっても『ちくしょうサービスだ!』パターンに持ち込まれ、逃れられない嵌め技を食らっているかの様だったので、オレたち3人は諦めることにした。

 何か屋台の人たちの決まりでもあるのか、グウェンさんが凄いのか分からないが、こっちが損するわけじゃないし、そんなにあげたいなら貰っとけばいいと。


 当の本人は『なんかまたもらえたのだー!』とご満悦だった。

 年上の威厳は何処へ……。

 実は神様から何かサービスをしたくなる様なスキルを貰ってるんじゃないか?

 そんな疑惑を抱きつつ、美味しいけど精神的に疲れた昼食を終え、ハンターギルド総本部の予定地に向かっていった。


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