第56話 ご褒美

 け、結局。次の任務、実虹さんと一緒になってしまった……。


 でも、実虹さんはあまり戦闘には出ない人みたい。今すぐではなく、明後日ってって、言ってたかな。今すぐという訳ではないのはよかったけど、なんか落ち着かない。


 今日は妖裁級の人達全員任務があるみたいだから特訓もない。宿題はあるんだけど。


 鬼教官の幡羅さんが考えてくれた特訓資料は……。


 腕立て 300回

 腹筋  300回

 素振り 1000回


 これを今日だけで五回繰り返せ……。紙の下の方に書かれてる。


「無理に決まってんだろうがあぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」


 ぜぇ、ぜぇ……。ま、まぁ、文句を言ったところで意味はないからやるし、やるために庭に来たわけだし。

 今日は風が気持ち良いから汗も洗い流してくれそう。気温も高くないし、心地いいなぁ。このまま日向ぼっこしたい。


 いや、これを終わらせないともっと酷い事が待っている。私にはわかる。だから、私はこの特訓を終わらせなければならない。


 今後の私が、生き続けるために!!!!!


 ※

 ・

 ・

 ・

 ・

 。


 …………ん、なに。なんか、息苦しい。水の中に入ってるみたい。顔が冷たい。というか、息苦しい。


 は、鼻が痛い!! な、なに。溺れてる?!


「ごほ!!!! え、溺れ──ん? え、幡羅さん?」

「やっと起きたかお転婆娘。ニシシッ」


 あれ、周りが暗い? いつの間に夜になってたのか。通りで、幡羅さんが私服で片手に竹筒を手にしているはずだ。さっきの息苦しさは、幡羅さんが私の口に水を流していたからだな。顔が濡れている……。


「私、もしかして素振りしてぶっ倒れた?」

「じゃねーの? 俺が来た時にはもう仰向けで白目剥いて転がってたぞ」


 白目剥いて?! それはまずい!!! 女としてそれはまずいよ。せめて安らかに気絶したかった!


 いや、気絶したい訳じゃないけど。


「どっちでもいいわ」

「…………」


 口を開かなくても通じるの楽でいいな、本当に。言葉を探さなくてもいい。


「俺を利用しようとは、いい度胸じゃねぇか」

「すいませんすいません!! その作った拳を下ろしてくださいお願いします!!」


 冗談じゃないですかー! もっと、軽く受け流してくださいよぉ。


「ところで、今日のノルマは終わったのか?」

「え? あ、あと一周……。やってない……」


 やべ、急がないと。私が殺される!


「さすがに今のお前には一日でこれは無理だろ。出来たらやれって話だ。出来ないのならそれでいい」

「え、そ、うなんですか?」

「出来たらご褒美やろうと思っただけだ」

「ご褒美?!」


 え、ご褒美ってなになに?! 何貰えるの私!! お菓子かな。それとも少しお高めのお茶とか? 耳飾りとか髪留めとかも欲しいし。あ、服とかも!!!

 幡羅さんは稼いでいるだろうし、お金には余裕があるはず。多少高い物でも問題なさそう。


 何をしてくれる予定だったんだろう、うわぁ!!! もうー!!!! 言うのが遅いよぉ。


「…………単純だなお前」

「余計なお世話です!!!」

「ニシシッ。まぁ、頑張ったみたいだしな。風呂入ったら俺の部屋に来い。もう、部屋は分かるだろ?」

「え、あ、はい」

「なら、待っててやるからさっさと済ませてこい」


 わっ! 頭、撫でられた。それで、そのまま行ってしまうんですね。


「…………優しくしないでよぉ」


 不覚にもときめいてしまった……。あの、幡羅さん相手に……ときめいてしまった。


「なんか、負けた気分……」


 ※


 ここでいいんだよね、部屋。左右を見ても同じ景色だし、襖も同じだからわかんない。何か、わかりやすい飾りとかあればいいのに。それか名前を書いてよ。本当にここで合っているのかわからないから、声をかける事すら出来ない。


『入れ』

「ひゃい!!!」


 中から不機嫌そうな幡羅さんの声。私の気配に気づいたんだろうなぁ、駄々洩れだったか……。それか、私の不安の声が漏れたのかな。うん、両方だろうな。


「失礼しまぁす……」

「襖の前で何してんだよ」

「部屋が合っているのかわからなかったので……。勇気が出なかったんです」

「阿保か?」

「うっ……」


 直接言い過ぎだろう。もっと、なんか。優しい言葉が欲しい。


「いろんなもんは洗い流せたか」

「いろんなもの?」


 と、いうか。幡羅さんって、やっぱり見た目は悪くない。壁に寄りかかりながら、手には煙管。深緑色の着物が落ち着いてるから、幡羅さんの明るい紫色の髪がポイントになっているような気がするな。しかも、今日は月明りが照らしてるからそれも相まって綺麗に見える。なのに、なんで隣に刀?


「おい」

「あ、はい」

「俺が美しすぎるからって惚れんなよ? てめぇみたいな餓鬼はごめんだ」

「なっ!!! 惚れません!!!」


 この性格がなければいいのに!! いや、どんな性格でも惚れませんけどね!! 私の一番は雪那せつなさんだから!!


「とりあえず、ここにお前を呼んだのはご褒美をくれてやるだけじゃねぇ」

「え、他に何ですか?」

「お前、もう一人のお前になれるか?」

「え、今ですか? なんで……?」

「聞きたいことがあるんだよ」

「私じゃ、だめってことですか……」

「あぁ」


 そっか。でも、今の私はわからない事だらけだ。聞かれたとしても答えられない。もう一人の方がわかるか。


「わかりました」

「言っておくが、今のお前が役に立たないわけじゃないからな。今のお前にも聞きたいことはある。順番だ」

「あ、は、はい」


 もしかして、慰めてくれたとか? いや、とりあえず入れ替わろう。


「殺さないでくださいね?」

「俺を何だと思ってんだよ」


 危険な人。


 ――――ゴス!!!


「さっさと入れ替われ」

「あい……」


 思いっきりげんこつを落とされた。痛い……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る