第53話 感情

 避難誘導はもうほとんど終わってる。と、いうか避難誘導しなくても人数が元々少ないからか、何もしなくても逃げてくれてる。

 本当に少ない。それなのに、今回のでさらに少なくなってしまった。早くどうにかしないと。


「明神さんは恨呪を見つけたのかな」


 見つけたとして、どうするんだろう。すぐに斬ってしまうのかな。それとも、幡羅さんみたいに情報を引き出すやり方かな。

 避難は終わったし。私も早く戻って明神さんのお手伝いに。


「っ、え?」


 背後からいきなり気配が……。


「私は、わ、ワタ、ワタシァァァァァアアアアアアア!!!!!」


 この、気配……。真後ろから。肩に手を置かれて、動けない。どうすればいいんだ。動いたら、殺される……。


「あ、の……」

「ワタシはアナタみたいに。ワタシは、きれい。ワタシは、キタナクなんか」


 綺麗? 汚くない? 何を言っているんだろう。とても苦しそう。凄く辛くて、悲しくて、涙が出そうになる。肩に置かれている手を、振り払うことができない。


 やば。腕がどんどん前に……。拘束される。


「何をしてる」

「み、明神さん……。あの……」


 あ、やばい。あの目、殺す気だ。細められた藍色の瞳。その瞳は、光も感情もない。真っすぐ、後ろの女性に向けられてる。


 明神さんは京希きょうきさんと同じ、すぐに殺す人だ!!


「待って明神さん!! ころさ――……」



 ――――ザシュ



「な……いで……。あ、あぁ……」


 いっ、しゅん……。一瞬で、明神さんが後ろに移動している。血しぶきが、舞っている。体の拘束が解けた、動ける。


「…………今回のは女。筋力がない分簡単に切れたな」


 後ろから明神さんの声。いやだ、向きたくない。女性の声が、聞こえない。


「どうした」


 声質でわかる、まったく気にしていない。人を、殺したことを。なにも、思ってないのがわかる。


「ん? 輪廻?」

「あの、明神さん。もしかして……」

「どうした」

「斬って、しまったんですか……?」

「? 当たり前だ。それが俺達のやるべきことだ」


 たしかに、そうなんだけど。でも、こんな簡単に……。


 振り向くと、やっぱり一人の女性が地面に横たわっている。体だけ……。首がない。首は、あ。少し遠くに転がってる。斬った時に吹っ飛んでいったんだ。


 血が、止まらない。どくどくと流れ続けている。まぁ、血が止まらなくても、もう死んでるから関係ないけど。


「あ……」


 恨呪が女性の身体から現れた。今度は誰に乗りうつ――……


「うわ!!!」

「何ぼさってしてる、お前は殺されたいのか」


 明神さんに横抱きされ、恨呪から逃げることができたけど。でも、まだ追いかけられる。

 周りに人がいないからか、一番恨みが強い私に乗り移ろうとしている。もう一人の私に反応してるんだ。


「ひっ!?」


 明神さんの足より早い、追い付かれる!!


「怨みは浄化し、恨みは制圧せよ。我々妖殺隊により、安らかに眠るがいい」


 いつもの言葉を唱え、明神さんは癒白玉ゆはくだまを振り向きざまに投げた。眩しい、光が強い。


「もうここに用はないな」

「…………そ、うですね」


 なんで、明神さんはこんなに冷静でいられるんだろう。怨呪は一瞬で倒したみたいだけど、私達がたどり着く前に何人か死んでるし。今も、簡単に殺した。どんな感情で殺したんだろう。わからない。

 表情が変わんないから。ずっと、無表情。怖い、この人、怖い。


「あの」

「なに」

「貴方は、どんな思いで人を殺したんですか? どんな思いで、今いるんですか?」


 わからない、わからない。この人、京希さんと同じでわからない。


「思い? それはどういうことだ?」

「…………え。えっと、悲しいとか辛いとか。そのようなものはないんですか?」

「? 何が悲しいんだ。俺は言われたことをやっただけ。怨呪も恨呪も、主様が浄化しろといったから今提示されている方法で浄化したのみ」


 あぁ、そうか。この人には感情がないんだ。だから、表情も変わらないし、今のこの状況にもなんとも思わないんだ。納得した。


「…………どうした」

「え、何が?」

「涙、流れてる」

「え?」


 あ、本当だ。いつの間にか濡れてる。何でだろう。


「すいません……」

「構わない。泣きたかったら泣け」

「…………すいません」


 恥ずかしい、恥ずかしいよ。まさか、こんな態勢で泣いてしまうなんて。情けない。


「よくわからんが、お前は感情を感じやすいんだな」

「そ、んなこと。ないと、思いますが……」

「少なからず、お前は感情が豊かだと思う」

「そうですか……」


 まぁ、貴方よりかは感情的かとは思いますが。


「あの」

「なんだ」

「貴方には、大事な人などはいないんですか?」

「大事な人?」

「はい。絶対に失いたくない人や傷ついてほしくない人などです」


 もし、そんな人かいたら。この人もまだ、変われる。今のままだと悲し、辛い。何かが支えとしてなければ、人間は生きていけない。


「…………いた」

「え? いた?」


 なんで、過去形……。


「もう話は終わりだ。戻って主様に報告する」

「え、あ。あの!!」


 明神さん? 私を下ろして、そのまま行ってしまった。

 なんか。少しだけ、泣いてた? いや、表情とかは変わっていなかったけど。なんとなく、泣いているような。そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る