第52話 被害

「あの、明神さん? いきなり妖雲堂の訓練室に来て、私に『来い』の一言。他にも隊士がいたのですが……」

「お前に用事があったから行ったまでだ」

「際ですか……」


 明神さんがなんの前触れもなく来たかと思うと、いきなり米俵持つみたいに脇に抱えられた私。しかも、ちゃっかり私が壁側に置いていた刀を持ってくださっている。


 一体どこに向かっているのだろう。あと、下ろしてください。これ、他の人に見られたら恥ずかしいです。


「あ、明神さん」

「ん」


 え、えええ。ぇぇぇぇぇぇええええ?!?!


 せ、せせせ――雪那せつなさん?!?! え、ちょ!! こんなお恥ずかしい姿見ないでください!!!! 恥ずかしすぎる。


「今から任務ですか?」

「そうだ」

「その隊士も?」

「あぁ」

「そうですか」


 え、それだけ? 短い会話だ。お互い口数多い方ではないからな、こうなるのか。


「あの、明神さん。下ろしていただいても?」

「そうだな」


 あ、足から優しく下ろしてくれた。落されると思ったから身構えちゃったよ。


「雪那さん、お疲れ様です!!」

「あぁ、これから任務らしいが。まぁ、死なねぇように頑張れや」


 あ、ああ。頭を撫でてくれたぁぁぁぁぁぁああああ!!! もう私、ここで死んでもいいです。幸せ過ぎる。


「それでは、俺はこれで」

「あぁ」

「頑張ってください」


 あ、一緒に来てくれないんだ。少し残念。


「いくぞ」

「はい……」


 そういえば、何で雪那さんは私が妖裁級の人と一緒にいることに疑問を抱かなかったんだろう?


 ※


 明神さんの後ろを付いていくこと数十分。どんどん人の気配がなくなる。

 今は木がたくさん並んでる森の中。葉の隙間から陽光が差し込んでいるから、森の中だからと言ってそこまで暗くない。足元をしっかりと照らしてくれる。それでも、石や枝。土が抉れていたりするから気を付けないとね。

 周りは同じ景色だから遭難しないようにしないと。と、言っても。明神さんが居るから大丈夫だと思うけどさ。


 周りを見ると、気の隙間から見えるのは投げ捨てられた家具やごみ袋、もう使われていない祠。あぁ、動物のせいかな。ゴミ袋が破られて中身が出ちゃってるよ、臭い。鼻が曲がりそうなほどというわけではないけど、気持ち悪いな。


「…………」

「ん? どうした」

「いえ、なんでもありません」


 なんか、気になる。心がもやもやというか、むかむかというか。変な感覚が胸を締め付ける。悲しい、つらい。今はそんなことないはずなのに。


 何で、こんな感覚になるんだろう。


「そうか」


 明神さんは他人の懐にあまり踏み込まない人なのかな。そうなんだとしたら、正直助かる。今の気持ちを聞かれたとしても、的確な答えを出すことなんてできやしないから。


「あれ、人の気配?」

「ここから先は人が住んでいる。だからこそ、怨みが集まり怨呪が生まれる。今回は怨呪だけではなさそうだが」

「え、そうなんですか?」

「あぁ、怨呪はもう現れているらしい。少し急ぐか」

「え、そうなっ――……」


 い、一瞬で消えた……。どんな瞬発力してんの。もう、突っ込むのも疲れたよ。


「私、本当にこの人達みたいになれるのかな……。無理な気がしてならないけど」


 ひとまず、私も行かないと。でも、怨呪の気配なんて全く感じない。今回の怨呪は相当大きくなっているのか。それか、私がただ感じられないのか。


 きっと、私が感じられないだけだろうなぁ。明神さんは感じていたみたいだし。


 急ごう。私の力なんて必要ないと思うけど、妖裁級の戦闘は見たい。いや、見なければならない。私はあの人達と同じ立ち位置まで上り詰めないといけないんだから。


「あ、道が開けてきた」


 あともう少しで――……




 ドン!!!!




「っな!?」


 何か、大きいものが落ちたような音!! もしかして、明神さんが押されてたりするの!? 少しでも役に立たないと!!


「あ、村だ!! ……って」


 え、何この状況。


 大きな牛の頭が村の出入り口。つまり、私の目の前に落ちてる。体はどこにあるんだと思ったら……。私より大きな牛頭の後ろ、二十メートルはありそうなほど大きな馬みたいな体発見。今回は頭は牛、体は馬の怨呪だったのか。


 それにしても、余裕そうに体のお腹部分に立って、もう死んでいるであろう怨呪を見下ろしてる明神さん。余裕ですかなるほど。


「明神さん」

「ん? どうした」

「浄化しないんですか?」

「そうだな、今する」


 あ、癒白玉ゆはくだまを投げるのと同時に降りた。そのまま、癒白玉は怨呪を包み込み小さくなっていく。中から現れたのは、馬。首がもうない、死んでいる馬。

 この馬も、何も悪いことなんてしていないはず。なのに、なんで怨呪になって殺されないといけなかったのか。


「次行くぞ、村の人達の避難を頼む」

「わかりました。って、まだ怨呪がいるんですか?」

「怨呪ではない。この気配は、おそらく恨呪の方。倒すのは簡単だが、周りに人がいればやりにくい。新しい情報と照らし合わせても、周りに人がいない方がいい」

「わ、わかりました」


 新しい情報って、多分幡羅さん達が戦った時のものだろう。恨呪は人に乗り移り続け、浄化しないと被害が拡大する。少しでも被害を最小限にしないと。


「では、私は避難誘導してきます」

「あぁ、任せた」


 周りには村人の死体。でも、いつもよりは被害が少ないから、そこはまだ安心できる。


 いや、安心してはいけない。人は死んでいるんだ。

 っ、だめだ。感覚がマヒってしまう。いつも、化け物と戦って、戦って。それでも人は死んでしまう。必ず、死んでしまう。


 被害をゼロにするのは、どんなに強くなっても、無理なのかなぁ。

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