第51話 謎

 普通に部屋を出て行ってしまった実虹みにさん。どこに向かって行ったんだろう。 


「研究室」

「研究室?」


 研究室って、どこにあるんだろう。そもそも研究室なんて存在するの? なんか、少し気になるかも。今見た感じ普通の人だし、さすがに死体とかはないよね?


「その油断が命取りだぞ。お前なら行けばすぐにやられる」

「やられる!? どういうことですか!?」


 というか、めっちゃ幡羅さんの顔が真っ青なんだけど。一体どうしたの? なにかに怖がっているような……。でも、さっきまでめっちゃ余裕そうだったけど。何でいきなりそんな顔に?


「普段のあいつはただの馬鹿だが、一度スイッチが入ると人が変わったようになんだよ」

「えっと、どんな風になるんですか?」

「…………見た方が早いが、見つかった時の覚悟はできてるか?

「やめておきます」

「その方がいい」


 あの幡羅さんにここまで言わせるって……。めちゃくそ気になるけど。やっぱり、自分の命が一番大事だし、我慢。


「とりあえず、俺は明日から任務に行くからその準備をするが。お前はどうする?」

「私は……」


 あれ、そういえば。いつの間にか体調が治ってる? 気のせいとかじゃなくて、本当に治っているような気がする。


「少しだけ、体を動かしていきます」

「そうか。あまり無理すんなよ」

「ありがとうございます」


 そのまま部屋を出ていった幡羅さん。


 幡羅さんって、時々怖いし暴力的だしいじわるだけど、本当は優しくて世話焼きなんだなぁ。なんか、嬉しいような気がする。


 ……もう、さっきの時点でここから離れてしまっているから、さすがに思考は読まれないはず。範囲がどのくらいなのかわからないけど。


「よし、妖雲堂の訓練室で体を動かしぞーー!!」


 ※


 あいつ……。俺がまだ近くにいんのに、いい度胸じゃねぇか。襖を閉めただけで、部屋から離れていないんだけどな。今度会った時はお望み通り、横腹にでも刀を刺してやるか。表側でもしっかり再生するのかを確認するついでにでも。


 おっと、離れないと輪廻が出てくるな。本当に離れるか。


 それにしても、さっきの話は少し気がかりだな。表輪廻には不調が出始め、裏輪廻は抵抗を始めた。


 表に出たくて仕方がない時の裏輪廻みたいな感じがするって言ってたな。首飾りが関係しているにしても、どうやってだ。

 呪いが呪符されていると言われればそれまでだが、それは解決策と言えない。


 仮に、呪いが呪符されて、体に不調が出始めていると言われた場合。どんな呪いなのか、どんな効果を発揮するものなのか。徹底的に調べねぇと。


 今の段階で予想できるのは、”恨み”の質量だろうな。

 あいつはもともと他人のことを自分のように考えちまうお人好しなところがある。そんなあいつが恨呪と出会い、人が人を殺しちっまった光景を目の当たりにし。今度は妖裁級の死も目の前で見ちまってる。


 精神はまだまだガキ、相当きついだろうな。


「…………って、他人事のように考えてる。もしかすると、人の死に慣れちまってる俺達が、おかしいのかもな」


 そんなことを考えたところで、人の死は俺達隊士にとっては日常茶飯事。慣れちゃならんと思うが、割り切ることはしていかねぇと。じゃねぇと、今度は自分が仲間に殺される羽目になるだろう。


 ”恨呪”になって――……


 だから、あいつはもしかすると。今戦ってんのかもしれねぇな。自身の中にあると。


 ん? そうなると。もう一人のあいつはどうなんだ?


 そもそも、裏輪廻はどんな存在なんだ。転生者だとは聞いた。だが、普通ではないことは明らか。


 なぜ、表輪廻の体に憑依する形でこの世界に転生したのか。再生能力は異能ではないのか。

 いや、確かあいつの異能、恨力こんりょくは氷のはず。再生の能力が備わっていること事態おかしい。


 その恨呪も、何かしらの代償が必要になる。俺の恨力である千里眼も時間制限付きなものだしな。

 あいつの代償はなんだ? 何を条件として発動しているのか。もしくは、何を代償として使用しているのか。


 あいつについても謎が多いな、仕方がねぇ。予想しつつ、あいつ自身についても探らせてもらうか。


「…………あ?」


 あの真っ黒な袴の隊服を着ている後姿は……。


「おい梓忌しき。今から任務か?」

「っ、京夜か、そうだ」

「相手はもうわかってんのか?」

「詳しくはわかっていないらしい。ただ」

「ただ?」

「ただ、恨呪の可能性が高いと聞いている」

「そうか」


 恨呪の可能性が高いということは、少なからず一般隊員では手に負えない相手という事だな。そんで、今回選ばれたのが梓忌。


 よりにもよってこいつか。俺でもよかったんだが、生憎先約がある。他の奴も厳しいんだろうな。


「おい」

「なに」

「簡単に殺すなよ?」

「なんで?」


 首を傾げんな。くそ、本気でわかってねぇのが駄々洩れなんだよ。


 梓忌は強い、才能の塊だ。妖裁級の一位二位を争うほど。だが、その半面。感情の浮き沈みがない。割り切ってんのか分かんねぇが、相手が恨呪だろうが何だろうが関係ない。

 襲ってきたら、何のためらいもせず斬っちまう。だから、情報もなにもとれやしねぇ。


「今回は一人なのか? いつも一緒にいる和音かなではどうした?」

「一人ではない。だが、和音は今は違う任務にあたっているから違う」

「なるほどな」


 なぜかここ最近、怨呪の動きが活発になり始めたような気がする。何かが、動き始めているのか? この世界で、なにか。


 まるで、今まで止まっていた歯車が、動き出すかのように。何かが、裏で動き始めている。そんな、嫌な予感が、頭をよぎる。


「…………梓忌」

「今度は何?」

「少しでも新しい情報が欲しい。特に恨呪の。だから、すぐに殺さず、できる限り情報を抜き取って俺に教えてくれ」


 無茶な願いだとは思うがな。だが、裏でもし、良からぬものが動き始めているのなら。こっちも迎え撃つ準備を整えなければならない。もし、相手が動き出していないのなら、先手も打てる。


 情報は戦況で勝ち負けを決めるための必須アイテム。少しでも、小さいことでもいい。新しい情報が、ほしい。


「…………わかった、努力はする」

「あんがとよ。ただし、一番は自分だ。危なくなったらためらわず斬ってくれて構わない」

「了解した」


 本当に了解してくれたんだろうな……。今までも同じことをお願いしてきてるが、いつも一瞬で終わらせちまって情報なんて抜き取れなかった。今回も同じになりそうだ。


 静かに去っていく黒い後姿。あいつが死ぬなんてことはまずないだろうし、安心して見届けられる。


「俺が、もっと強かったら。あいつは、もっと――……」


 いや、やめよう。後悔は自分の腕を鈍らせる。今は、明日の戦闘のため、準備だ。


「…………そういえば。あいつ、一人ではないと言っていたな。一体、今回は誰と行くんだ?」

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