第46話 次会う時は

 赤い、赤い何かが飛んでいる。何が起きたの? 何が起こったの?

 わからない、頭が追い付かない。働かない。頭を、動かしたくない。


「ひとまず、邪魔な者は片づけたかなぁ。さて、次はやっとお目当てのものを狙えるねぇ」


 近付いてきている。わかる。でも、動かない。動かしたくない。理解したくない。

 後ろには、動かなくなってしまった幡羅さん。前には、大量に血を流している美輝さん。どんどん近づいて来る男性。


 動け、動きたくない。走れ、走りたくない。考えろ、考えたくない。




「捕まえた」




 肩に、男の手。振り払わないと。動かないと。でも、動かない。振り払う事が出来ない。離して、離して。


「それじゃ、行こうか」


 嫌だ、いやだ。いやだ。


 行きたくないのに、掴まれたくないのに。体が言うことを聞いてくれない。男の歩く速さに合わせて足が勝手に動く。


「いい子だ」


 いやだ、なんで。



 あぁ、そうか。私は、諦めたんだ。もう、諦めた方が、いいと、脳が勝手に判断した。

 そうだね、私が行けば、これ以上被害を出さなくていい。私が居なくなれば、幡羅さんも美輝さんも。これ以上酷い事をされなくていい。


 もう、何も見たくない。目を、閉じてしまおうか。


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 何を、諦めてんだよ輪廻!!!! ふざけるな!!!!!



 ――――パン!!



「…………まさかねぇ、また出てくるとは思わなかったよ。君」

「俺も出てきたくはなかったわ。だが、このまま連れていかれるわけにはいかねぇんだよ」


 咄嗟に入れ替わり、俺の肩を掴んでいるこいつの手を弾いたはいいが。この後どうする。

 一応距離は取ったが、こんな一歩程度、一瞬で詰められる。次の行動に移さねぇと。だが、京夜達が叶わなかったこいつに俺一人なんて…………。死にに行くようなもんだ。どうする。


「まだ、体が震えているように見えるが、大丈夫かい?」

「人の体調を気にするほど余裕ありますってか」

「そういうわけではないのだけれどねぇ」


 煙草を咥え直しやがった。また、何か来るか。


 こいつの戦い方はわかってる。煙を使った近距離体術。煙で相手を殺せたらそれはそれで問題ない。京夜みたいにすり抜けてきても、近距離戦で確実に殺せばいい。

 まぁ、京夜の戦闘方法は正直めんどくせぇし、一発で仕留められなかったみたいだけどな。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよぉ。君を殺すのは、また違う人だ」

「どのみち殺すんじゃねぇか。つーか、俺は殺せねぇぞ? 残念だったな」

「生き物には必ず最後がある。君にも必ず、ね。試してみるかい?」

「今試したら、てめぇが殺すことになるじゃねぇか」

「それもそうだねぇ。うっかりしてしまったよ」


 喉で笑うんじゃねぇわ気持ちわりぃ。


 マジで、この後どうすればいい。どうすればこいつを帰らせることが出来る。

 俺では帰すことが精いっぱいで、殺すことなんて不可能。いや、帰らせること自体出来るわけがない。でも、やらねぇと。


 こいつに、付いていくのだけはごめんだ。


「…………時間をかけすぎてしまったねぇ。今日はここまでにしようか」

「あ? 何だよ、いきなり……」

「そこの二人に伝えておいてもらえるかい? 楽しかったよ、とね。あぁ、でも。一人はもうこと切れているか。残念だよ」


 こと、切れてる? ま、まさか……。


「京夜……いや、風織……か」


 胸辺りを貫通してる。俺もこんなの食らったらどうなるかわかんねぇ……。


「それじゃぁね、また今度。会うのを楽しみにしているよ。楽羅輪廻」


 え、ここで去るのか? 俺を諦め――……


「ガハッ!!」


 なんだよこれ、何かが首を絞めてるような。く、苦しい。息がしにくい……。体がしびれてきやがった。


「あいつ、な、にをっ……」


 去って行く黒い背中。糞、俺に何をしやがった、それだけ、言いやがれ。


 だめ、だ、視界が……もう――……


『早く救護班を回せ!! 妖裁級を殺してはならん!! 我々の勝利のために!!』


 声……、誰……だ――……



 ※


「…………」


 流石、浪風なみかぜさんだ。妖裁級二人もいたのに圧倒的だった。僕なんて、幡羅さんに手も足も出なかったのに……。


「おや? どうしたのかな、彰一」

「すごいですね、あの二人にここまで圧倒的に勝つなんて」

「圧倒的でもないけどねぇ。まだまだ妖殺隊では、転生者の体について知られていないことが多いみたいだと、そう思ったよ。仕方がないよねぇ。翡翠ひすい家は今、まともに動ける状態じゃあない。どうしても部下に頼る羽目になる。その部下達も、怨呪や恨呪の討伐で走りまわっている。転生者について詳しく調べるのは難しいだろうねぇ」

「転生者について知っているには妖裁級のみ。それも、また足枷になっているということでしょうか?」


 輪廻も自身が転生者だってことは、妖裁級の人達と話して初めて知ったらしいしな。他の奴らも転生について話しているところを見たことがない。

 知っていたとしても、誰彼構わず話せる内容ではないし、僕達を転生させた人達に動きを気づかれる訳にもいかない。調べるのは、簡単なことではないか。


「……あれ、浪風さん。まだ回復していないんですか? 体からまだ薄く煙が……」

「ん? あぁ。少し回復に時間がかかっているねぇ。細かく切り傷を入れられてしまったからかなぁ」

「大きな一撃を食らったわけでもないのにですか?」

「そうだねぇ。ククッ、あの少年、面白い。また、殺りたいねぇ。まだ色々隠しているかもしれないなぁ」


 うわぁ、波風さんが笑ってる……。これは、幡羅さん。次はないな。


 それにしても。いくら転生者だとしても、なんで僕の鎖鎌をまともに食らってあそこまで動けたんだろう。もっと鈍っても良かったと思うんだけど……。あんなに体も小さいし、すぐ出血多量になったもおかしくない。もしかして、人には話していない事がまだあるのだろうか。


「…………不思議なことが多いな」

「だからこそこの世界は飽きない、面白い。そうだろぅ?」

「…………………そうですね」


 この人が言うと胡散臭いんだよなぁ。それに、面白いって……。

 僕はそんな感情を持てるほど、余裕ないですよ。


 ひとまず、もうここにいても意味は無い。今日はもう行こう。


「輪廻、次会う時は仲間か……それとも敵か。楽しみにしてるよ」

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