第17話 闇也先輩がデレましたー!

 八坂とのコラボ配信が決まり、改めて告知された後。

 自分で言うのも何だけど、俺達はわりとVtuber界隈の中心にいた。


 ほんの一瞬の話だけどな。


 俺自身に全く自覚はなかったけど、新人ながら頭のおかしい八坂の執着具合と、それを無視し続けていた俺との関係は意外と注目されていたらしく。


 八坂がデビューしてからの、俺に対する発言をまとめた動画なんかも視聴者によって投稿されたりして、俺と八坂がコラボするって話題は、予想外に大きな反響とともにネットの中を駆け抜けた。


 そもそもそれまで八坂のことも俺のことも知らなかったって人もいるだろうし、悔しいけど真城さんの言ってた通り、俺と八坂のコラボにはやる意味が結構あったらしい。


 そうして、その話題も勢いを弱めつつ時は流れ、案件コラボ配信当日。


「……あっ、闇也くーん、こっちこっち!」

「あ……はい……」

「よ、よろしくお願いします……」


 俺と八坂は収録用のスタジオの中の一室でぺこぺこ頭を下げていた。


 ……いや、俺は元々、スタジオでやるって聞いた時から「今日は家じゃないから緊張してて……」ってスタイルでやろうと思ってたけど、なんで八坂まで緊張してんだよ。


「なにー、緊張してるのー? 二人共。いつも通りでいいのよ?」

「……それは八坂に言ってください」

「……頑張ります」

「あらー、重症ね」

「あらー、じゃなくて……」

「ま、二人共緊張してたらそれはそれで面白いからいいんじゃない?」

「そうなった場合、俺は二度と案件受けないでしょうけどね……」


 多分その空気味わったらトラウマになるぞ。


 ったく……どうせ喋れない先輩の代わりに八坂が喋るんだぞってあんだけ言っといたのに……頼りにならない後輩だな。


「でも、そんな二人もやる気になるサプライズ情報があるのよ?」

「はあ」

「……な、なんですか?」


 弱々しい声で八坂が聞くと、真城さんはスタジオに設置された二台のノートパソコンの方へ手を広げた。


「なんと、二人が盛大に話題になってくれたお礼に、最新ゲーミングノートパソコンが二人にプレゼントされます!」

「……あ、マジすか」

「それは、嬉しいですね」

「でしょ?」


 「どう? 二人もやる気出るでしょ?」と得意げに言う真城さん。を冷めた目で見る俺。と八坂。


 いや……嬉しいけど。貰えるから頑張ろうってなるかというと。

 視聴者数次第でプレゼントします! とかの方がやる気出たんじゃね。


「すみれちゃんはまだ二人でパソコン使ってるんでしょ? 嬉しいでしょ~」

「はい。ありがとうございます」

「……あれ、闇也君。これ、ダメだった?」

「帰ったら喜ぶと思いますけど」


 「私もこれでFPSマスターですよ!」って帰ったら言ってくると思うけど。

 今は初めてスタジオでコラボする緊張の方が勝ってるんじゃね。


 こういうところを見ると、八坂にも俺側の人間の要素があるって実感できるな。


「じゃあ、そうねー……あ、放送が盛り上がったら闇也君がご褒美に好きなところ行ってあげるっていうのはどう?」

「……は?」

「闇也君もすみれちゃんに盛り上げてほしいでしょ?」


 今あなたはご褒美に他人の財布からお金あげるって言ってるようなものよ?


 俺の時間と労力をあなたは今勝手に賭けたのよ?

 大体、八坂だってそんな単純な奴じゃ


「先輩」

「んぁ……?」

「配信では私が引っ張りますから……! 任せてください……!!」

「それで動くのかよ」


 お前はそれでいいのかよ。


 ……いや、いいのか。

 こいつの行動理由大体俺だもんな。そっか。今のは真城さんの方がよくわかってたわ。


「これで初めての案件配信も安心ね」

「俺は一生恨みますけど」

「いいじゃない。後から『嘘でした』って言えば」

「人間のクズか……?」


 俺よりよっぽどこの人の方が人間嫌いじゃね?



 それから、配信内容の確認と機材のチェックをしている間に予定していた配信時間はあっという間にやってきて、俺達は最初の流れだけ決めて初のコラボ配信を始めることになったんだけど、


「……案件だからな……まずは案件元への感謝から初めて……」

「闇也先輩ってそういうキャラでしたっけ?」

「こういう時の印象だけは気にするんだよ……な? 八坂、案件で失礼なことする奴らだと思われたらこの先……」

「いや、ここはいつも通りの先輩の挨拶で始めましょうよ! 私あれ一緒に言いたいです!」

「あ? いや、俺いつもやってる挨拶なんてないけど……」

「二人で『あ、あー、聞こえてるかー』って言って始めましょう!」

「二人で言うもんじゃねぇ!」


 そんなこんなで、何故か緊張が解けて普段の配信よりテンションが高くなってしまった八坂との話し合いで何かが決まることはなく、スタジオ内の時計は配信時間を迎えた。


「あ、あー……」

「こんにちはー! 聞こえてますかー!」

「……聞こえてるかー」

「あ、聞こえてますか……あれ!? 最初からこんなに見てますよ先輩!」

「えー……今日はDanDan様のおかげで最新のゲーミングノートパソコンを触らせてもらえる運びとなり……」

「そうなんです! まさかこんなに早く私と先輩がコラボできるなんて思ってなくて!」

「企画していただいた方々には心からの感謝を……」

「そうですね! ありがとうございます! 頑張りましょうね、先輩!」

「……えー、頑張っていこうと、思います」


 俺と八坂の温度差エグ。


 しかし、頭にお花が咲いてる視聴者達にはこの会話も仲が良いように見えたのか『闇也緊張してて可愛い』『やっぱ仲良いじゃんw』『わりと噛み合ってて草』『二人が会話してる……てぇてぇ』とコメント欄にはお花畑ができていた。


 その後は、俺は配信でよく見せてるFPSのプレイを見せるだけなんだけど、注目度が違うのか8000人、9000人と視聴者数はどんどん上がっていった。


「闇也先輩と一緒に配信でゲームできるなんて夢みたいですね」

「いいから八坂……そこ敵来るからさっさと行くぞ」

「はい! 先輩今日は気合入ってますね」

「早めに負けたらこのパソコンの悪評を広めることになるかもしれないからな」

「そうですね」

「……あ、ちなみにめっちゃプレイしやすいぞ皆」

「私もです!」


 そんな人数に見られる中でも、案件だということを忘れずに俺はきちんと仕事をこなした。


 ちなみにコメント欄では『わざとらしい外国人の通販』とか『媚びの呼吸』とか言われた。



 それから、何度かプレイしては負け、プレイしては負け、を繰り返した後、配信終了予定時間ギリギリになって、俺達は最後の数人まで生き残った。


 恐らく、俺達を含めて残り三チームか。


「先輩! 勝てますよこれ!」

「やめろ。緊張して手震えてるから何も言うな」


 ここまで来るとコラボの違和感は頭から消えてたけど、単純に何も見どころがないまま案件配信を終わらせていいのかというプレッシャーが俺を襲っていた。


「先輩……これ、私達の真上に敵いませんかね……?」

「何も言うな……多分いるから静かにしろ……」

「現実で静かにするんですか……?」


 この配信が始まって以来の見どころに『いけるいける!』『闇也一人で勝てるだろ』『勝てる勝てる!』と盛り上がるコメント欄。プレッシャーかけるなクソ。


「あ! 先輩! 今私撃てますよ!」

「まだやめろ、せめて相手と相手が戦い始めるまで隠れて……」

「今いったらヘッドショットで一発で倒せます!」

「いや、お前その武器どうせ当たらな……」

「今なら二人いけます!」

「二人いけるなら撃ってみろよもう!」

「撃ちました! ……すいません外しました!」

「お前ええええええええええ! じゃあもう普通に突っ込むしかねええええええええ!」


 その後、威力だけは高いスナイパーをぶっ放して盛大に位置をバラした八坂のせいで出ていかざるを得なくなり、普通に乱戦の中で俺が撃ち勝って、最後の最後のマッチで俺達は優勝した。


 結局、いいゲーミングノートPCを使って八坂は最後に位置をバラしただけだった。

 まあ……流れ的には面白かったけどさ。


 コメント欄も『うおおおおおおお』と『草』が入り混じってたし。


「はぁはぁ……私達のチームワークの勝利ですよ先輩!」

「自分のキル数が表示された画面でよくそれ言えたな」

「チームのキル数は8って書いてますよ?」

「お前のキル数は0だけどな」


 どちらかと言うと俺の個人技の勝利だったけどな。

 八坂も、もう少し落ち着いてる時ならもっとマシな動きができたろうに……。


 まあ、こいつがゲームを上手く見せたがってたのは俺とコラボするためだったし、もういいのか。


 今回はゲームあんまりやってない枠で呼ばれたわけだし、上の人の要望通りとも言える。気に食わないけど。


 そうして最後のプレイが終わった後、案件先のセール情報を、元気のあり余ってる八坂に全部読ませて、配信を締める流れになる。


「いや~、今日は楽しかったですね! 先輩!」

「なんだそのわざとらしい台詞」

「本心ですよ!? 今日で私の夢が叶った的なところもありますし」

「ああ、そうかい……」

「先輩も楽しかったですか?」


 横を見ると、配信を締めるためというより、素直に質問したかったような顔でこっちを見ている八坂が隣にいた。


 ここで楽しかった、なんて言ったら俺がコラボ大好きキャラになってしまうし、八坂との変な憶測を呼んでしまうし、全く楽しかったなんて言いたくはないんだけど。


「……ま、楽しかったんじゃね」

「せ、先輩……?」

「最新のノートパソコン触れたからな」

「そこですか!?」

「ということだから、皆もゲーミングノート使おうな。バイバイ」

「あっ、皆さんありがとうございましたー!」


 そうして、八坂が「ありがとうございましたー!」の「ー!」の部分を限界まで伸ばしている間に画面は暗転していき、配信は終了した。


 終わった瞬間、ドッと疲れがやってくる。

 今日は頑張った自分へのご褒美に、帰ったらいつもよりダラダラ配信をしよう。


「はーっ! 楽しかったですね! 先輩!」

「もう配信終わったぞ、八坂」

「別にあれは配信用のテンションじゃないですから!」


 嘘つけ。根は真面目なくせに。


 ただ、実際のところ八坂のテンションがなかったら話も繋がらなかっただろうから、助かったと言えば助かった。


 ご褒美をやるかは後で考えるとして。


「先輩」

「……ん」

「私のさっきの、夢が叶ったっていうのは結構本気で言ってたところもあるんですけど」

「ああ」

「私はこの先を目指してもいいんでしょうか」

「目指すな馬鹿」

「あぇっ!? 今結構真面目な話してるつもりだったんですけど!?」

「知るか」


 むしろ、真面目な顔してるから真面目に答えなかったんだよ。


 大体、目指すなって言ってもどうせ目指すだろうが。八坂が俺の許可で動く生き物だったら俺はこんなに八坂に困ってないんだよ。


 どうせ暴走するんだから、俺が迷惑しない範囲で好き勝手やってればいい。

 その中で今回みたいに俺の人気も増えるようなことがあるなら、Win-Winとも言えるしな。


「じゃあ私はこの先目指す場所を失ってもいいんですか!?」

「どうせ失わないから安心して活動しろ……それに、まあ」

「?」

「もし今度から俺が誰かとコラボしたくなったら、八坂も選択肢には入る」


 次の瞬間、ぱぁっとと信じられないくらい明るい顔をした八坂は。


「闇也先輩がデレましたーーーーーーーーっ!」


 真城さんが入ってきたと同時にスタジオ中に響く声で叫び、しばらく俺に距離を置かれるようになった。

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