第16話 死にます!

 今思えば、あいつは最初から謎の存在だった。


 急に事務所に来たと思ったら倒れるし、俺が隣にいるとわかったら倒れるし、基本的に近づいたら倒れるし。


 冷静に考えれば、人間があんなへなへなと何回も倒れるわけがないのだ。


 八坂が俺を好きな理由すら理解できないせいで、俺は八坂の考えていることを少しも理解できなかった。


 だから。今、俺はあいつの本性を――暴く。



「……ここから、叫べばいいの?」

「叫ばなくていい。いつも通りの『ただいま』で頼む」


 今は八坂しかいない隣の部屋。

 風無と一緒に玄関の扉を開けた俺は、帰ってきたのが風無だけであるかのように小細工をした。


「……た、ただいまぁ~」


 めちゃくちゃ演技くさい風無の『ただいま』が家の中に響き渡る。


 しかしこれで今、八坂は風無が部屋に帰ってきたとしか思わないだろう。

 その油断しきった、闇也の存在なんて関係ない八坂の姿を俺は目撃してやる。


「……で、私は帰ってもいいの……?」

「別に、邪魔しなければどこいてもいいけど」

「なら暑いから闇也の部屋いる」

「お、おう」


 この人、病人の妹しかいない部屋に男入れて自分は帰れるんだ。


 俺の八坂への信用の話をするなら、風無の俺への信用が高すぎる件をもうちょっと何とかした方がいいんじゃね……? いや、そりゃ何もしないけどさ……。


「じゃ、結果報告には来てね。すみれが可愛かったとか」

「言われなくても自分の部屋には帰る」


 どんなことがあってもその結果報告はしないけどな。


 そうして、いつでも冷房の効いた俺の部屋に戻っていった風無に置いていかれて、俺は玄関に一人ぼっちになる。


 ……冷静に考えてヤバいな、この状況。


 今考えると俺は何故この方法でいけると思ったんだ……? 普通に八坂からしたら不法侵入だろ。ストーカーより上のステップを八坂より先に踏んじゃったんじゃないか?


 今ここで八坂が出てきても捕まりはしないだろうけど、俺の姿を見られた時点で俺と話してない時の八坂を見るって目的はどっかに行ってしまうだろうし。


 ……まあいいや。来たもんは仕方ない。八坂の「うけけけけ」って独り言だけでも聞いて戻るか。

 そうすれば、八坂が真面目だって説は上辺だけでも否定できるし。


 よくよく考えると八坂とはコラボできないってことを今更確認したって状況は変わらないけど……それもいいや。全部いいや……。


 この『八坂がもし俺と同類だったら』なんてあり得ない思考とモヤモヤだけ消しされれば、何でもいい。


「…………」


 おじゃましま~す……。


 心の中でそう言ってからリビングに入ると、テレビの音も生活音もしない静かな空間が目の前に広がった。


 そもそも、風無の部屋にテレビはないから、するとしたら動画サイトから流れる音……もとい、俺の声だとは思うんだけど。

 今はその音もしていなかった。


 しているのは、カチャカチャというノートパソコンの浅いキーを押す音だけ。


 リビングと繋がっている、今は八坂が使っているらしい寝室の部屋の扉は開いていて、そこからタイピング音だけが微かに聞こえてきていた。


 ……やっぱ風無どっかに行かせて何かしてんだな、あいつ。


 ただ、もしここで八坂が寝てたら、俺は気まずい思いをしながら帰るだけだったから、起きてるのは好都合。


 ここまで来ると引き返す方が馬鹿らしかったため、開いた扉に近づきながら、俺は徐々に部屋の中を覗き込んでいった。


 見えてきたのは、勉強に使われているであろう机と、その上に乗った教科書類と、いくつかの小説。あとは椅子と、シンプルなベッドと……。


「…………」


 こいつの部屋、物少ね~~~~~~!


 パソコンとゲーム以外興味ないせいで部屋を汚くするだけの物すらない俺が言えたことじゃないけど、なんもないなこの部屋……。


 引っ越してきたばっかなのもあるかもしれないけど……でも別に段ボールがあるわけでもないしな。


 なんだこいつ。本当に女子高生か。推しのポスターとか貼っとけよせめて。いやそうなると貼るのは俺のポスターになるのか。


「……うーん」

「っ……」


 そんな感想を持ちながら部屋を眺めていると、部屋の真ん中にいる八坂が急にため息をついた。

 なにこれこわっ。泥棒が留守の家狙う理由がわかったわ。


 改めて慎重に覗くと、物のない部屋の中央で、夏なのに温かそうな服を来て座る八坂の前には背の低い机があり、その上にノートパソコンが置いてある。


 部屋の扉に背を向けて床に座る八坂の背中越しに、パソコンの画面がちょっと見える。


「……ここが、なんか……」


 悩んでいるような声を上げる八坂。


 その声は、独り言だからかいつもより落ち着いたトーンをしていて、教室の中で誰かが言っていても特に気に留めないような、普通の落ち着いた女子の声だった。


「……色……?」

「…………」


 そんな八坂が全く後ろを見ずに一人で喋っているのを見て、いい加減罪悪感のようなものを覚え始めた俺。

 叱ってほしいしもういっそのことバレてくれと思いながら、パソコンの画面を見るために八坂の部屋に入っていく。


 一応、俺が見ちゃいけないもの見たらすぐにスタコラサッサと逃げようと思っていたんだけど、ノートパソコンに開かれていたのは、ただの画像編集ソフトだった。


「……バランスバランス」


 ぼそぼそと喋る八坂は、ソフト上に置かれた八坂のキャラ画像と、大きな文字の位置を調整しながら唸っている。


 どうやら、サムネ作りの最中だったらしい。

 ちなみに、画面上に置かれた文字は『女性Vtuberが!?』と『吐いてみた』。何する気だこいつ。


「微妙だって……」

「…………」


 ……めっちゃ真面目にやるじゃん。絶対使わないサムネなのに。


 ちなみに、Youtubeでは動画を開く前に表示されるサムネイル画像を自由に設定できるわけだけど、俺はサムネ作りに困ったことがない。


 俺にはサムネ作りのセンスがあるのか、編集ソフトを開いてファンが描いてくれたイラストの上にデカい文字をドーンしてゲームのロゴもドーンすればあっという間に良いサムネができるからだ。


 風無の前でやった時は「速すぎてキモい」と言われた。


「サムネ……闇也先輩に聞けばよかった」


 今ここで後ろから肩叩いたらどうなるんだろう……。


「…………」


 あぶね。

 興味に体を支配されかけたけど寸前で留まった。


 いや、別に教えてほしいなら教えるんだけど……この状況からサムネ作りについて急に話し出すのはどうなんだ。


 言っておくと、もう俺はいつもの自分じゃなくなっている。

 緊張感を体いっぱいに溜めすぎた結果、溜めた緊張感が体から溢れ出してハイになってる。

 要はバレても何も気にしなくなってる。


 どうせ八坂に気づかれたところで警察沙汰にならないのはわかってるし、いっそのこと早く気づいてほしい。気づいて俺を動くに動けないこの状況から救い出してほしい。


「……喉渇いた」


 そう口にしたところで、パソコンの前で小さくなっていた八坂がもぞもぞ動き出す。


 ようやく後ろ向くか――というところで、俺は自分の手に持ったペットボトルに気づく。


 ああ、せっかくだから持ってけって風無に持たされたんだったか。

 どうせならこれ渡しながら気づかれた方がダメージが少ない。


「ほれ」

「ありがとう」


 ペットボトルを手元に持っていくと、八坂はペットボトルをちらっと見てそれを受け取る。


 …………えっ。何今の透き通った『ありがとう』は。


 あれ? 今こいつ誰からペットボトル受け取った気でいる? 無からペットボトルが生まれたと思ってる? それとも風無か? あいつ家だと俺みたいな声なのか?


 というか……普通にドキッとするからやめろよそのトーンで喋るの。良い声してんだよお前。


 早くいつもの騒ぐ八坂に戻ってくれよ。気づいてくれよ俺がいるって……。


「いっそのことレインボーに……」

「――いや、派手さより統一感出した方がいいだろ」

「えっ?」


 そこで、もう数分前からバレる気満々だった俺は、耐えられなくなって八坂の後ろからサムネに指示を出す。


 もう、別にいいだろ本性とか……。


 それにサムネも、どうせいつか教えろって言われるなら、現場で教えた方が早いし。


「このイラストにくっつけるなら、オレンジは見にくいから、青とかじゃね」

「あ、ああ……あっ確かに」

「で、そこに文字置いてもYoutubeだと隠れるから、ズラしてさ」

「あっ、なるほど……」

「あと、このイラストなら顔の辺りだけの方がインパクトあるだろうし」

「なら、イラストが右に偏っても……あ、いいですね」

「そうそう」


 なんだ。ちょっと教えたらすぐできるじゃん。

 俺のコーチング能力も捨てたもんじゃないな。


「……おー……! いい感じ……!」

「基本的にサムネなんて小さく映るもんだしデカくしときゃいいんだよ」

「確かに、詰め込んでも見えないですしね」


 感心しながら、自分の作った、爽やかな笑顔のイラストの上に『女性Vtuberが!?』『吐いてみた』と書かれた画像を眺める八坂。


 上手くできたとしてもそのサムネは使えないけどな。

 ま……このサムネ通りの配信しようとしたら止めればいいか。


「ありがとうございます。闇也先輩」

「いや別にいいよ。八坂が」


「――でえええええええええええええっ!? 闇也先輩がいるうううううううううううう!?」


「そのタイミング!? ってあっぶな!」


 振り返って俺を認識した瞬間真上に飛び上がった八坂は、そのまま一本の棒となって俺の方に倒れてくる。


 そんな八坂の頭が床に激突する寸前で背中を手で支えると、八坂は天井を超えてお空を見るような目をしていて。


「…………や……みや……先輩」

「……大丈夫か?」

「…………ファン……です」

「大丈夫か」


 手を離すとごちんと音を立てて八坂が床にぶつかった。


「痛っ!? あれ!? 夢なのに!」

「夢だと思ってたのかよ……」


 どんだけ意識朦朧としてたんだこいつ。

 正面から改めて見ると、冷えピタとマスクで隠されて少ししか見えない八坂の顔は完全に病人の顔だった。


「夢じゃない……いや、その……お見舞いに来たんだよ」

「お見舞い……? 先輩って、お見舞いのために私の部屋まで来てくれるんですか……?」

「…………時と場合によっては」


 何か理由がある場合は引きこもりでも部屋から出ることがある。

 その理由は八坂に伝える必要はない。優しい嘘というやつだ。


「あ、というかこんなところ……あれ!? 私今何してましたか!?」

「落ち着け落ち着け……」


 別にやましいことはしてなかったから……。


「普通になんか、サムネ作りの練習してただけだったろ」

「あ、あー……」


 そこで後ろを振り返る八坂。

 そして画面を見た八坂は、無言で編集ソフトを終了しようとする。


「なんでソフトを落とす」

「いや……こういう努力は、裏でするものなので」

「ふーん?」


 だからと言って表で馬鹿なことしてるところばっか見せられると困るんだけど。


 ただ、終了させられそうになった編集ソフトは、『閉じる前に保存しますか?』というポップアップを出してまだ生きようとする。


「保存しなくていいのか」

「……闇也先輩との思い出は保存せざるを得ません」


 『保存する』を選ぶと、いつも保存しているであろう『練習用』というフォルダが出てきて、その中に画像ファイルだけじゃなく、さらにフォルダがあるのが見える。


 俺の気のせいかもしれないけど『高め実況』とか『低め雑談』とか見えた気がする。


「八坂」

「はい」

「その練習用って――」


 聞いた瞬間、バン! とノートパソコン自体が閉じられた。


「……先輩」

「うん」

「今のは見なかったことにしてください」

「なんで?」


 むしろ積極的に見せていけばいいのに。

 高めの声で実況したり低めの声で雑談録ったりしてどれがいいか試してたんだろ。


「……理由はありません」

「そうか」


 ならそれ以上は言わないけど。

 ただ、どうしても一つ聞きたいことはできてしまった。


「ちなみに、八坂ってさ」

「はい」

「もしかして、真面目なのか?」


 聞くと何も答えない八坂。


 別に風無の言ってたことを全部信じたわけじゃない。だけど、八坂が俺とコラボしたいってなった後の取り組みも今思えば、奇声部分を除けば結構真面目だった。


 Vtuberとしては元気でアホっぽいキャラが定着してきてたけど、もしかすると、八坂本人は真面目だったんじゃないか?


「……先輩」

「ん?」

「……私は真面目じゃありません」

「そうは見えないけど」


 俺も八坂はぶっ飛んでる奴だと思ってたけど、真面目じゃない奴は練習用フォルダ作らないだろ。


 まあ謙遜したい気持ちはわかるけど、そこについては俺も認めてやるって。


「真面目ではありません」

「いや真面目な方だと思うけど」

「全く真面目じゃありません」

「いや真面目な方だって」


 そんな遠慮するなよ。


「――真面目じゃないって言ってるじゃないですかー!?」

「なんで怒った!?」


 何が八坂の琴線に触れた!?

 俺はただ褒めてたつもりだったのに、唐突に立ち上がった八坂は珍しく俺を睨んでいた。


「私はおかしいんです! 根っからの変態なんです!」

「いや表面上はそうだけど真面目なところもあるんだろ……?」

「違うんです私はおかしいんです! おかしくなきゃ先輩と張り合えないんです!」

「なにで張り合うんだよ」

「おかしさでですよ!」

「それ俺への悪口になってね!?」


 え、今俺がおかしいって言われてんの?

 俺は八坂のこと褒めようとしてたのに?


「大体……おかしくなきゃって言ってる時点で作ってるだろおかしさを」

「いえ! おかしいんです! 私はおかしいんです真面目なんかじゃないんです!」

「いや、いいだろ別に真面目で……」


 真面目な奴がおかしいことしてるから出る面白さも、あるんじゃねぇの?


 大体、おかしくなきゃいけない理由も俺にはわからないけど。


「はぁ……はぁ……」

「とりあえず落ち着け、落ち着けって……」

「いーや、これが落ち着いていられますか! 結構体調悪いのにサムネ作りの練習してるところ見られて! 練習用フォルダにたくさん作った画像保存してるところも見られて! 挙句の果てに毎日どの自分が面白いのか録音して確認してることまで知られて!」

「お前めっちゃ真面目だな……」

「真面目じゃないんですよ!」


 ただVtuberやるためだけに、そこまでやってたのか……。


 普通に毎日配信してるだけで登録者百万人いかねーかなーっていつもゴロゴロしてる俺なんかよりよっぽど真面目にVtuberやってる。


「真面目にやっててこれじゃダメなんです! 全然やってないのにどんどん上達できるくらい伸びしろのある天才じゃないと先輩とコラボはできないんです! 隣には立てないんです!」

「はぁ……? いや、それ、誰が決めたんだよ……」

「私です!」

「自分で自分のハードル上げまくってるじゃねーか」


 というか、そんな天才俺の隣に置きたくないし……俺が劣等感に苛まれそうだ。


 じゃあ……なんだ? 八坂はしばらく誰にも見せない間に、めちゃくちゃゲーム上達ところ見せたかったから配信もしなかったし、こっそり練習して頑張ってたのか……?


 ……そのストイックさは真面目以外の何者でもないだろ。


「違います! 私だけじゃなく視聴者も納得しないんですよ! 闇也先輩と釣り合っていないと!」

「はあ……視聴者が……?」

「最初にちょっと人気になっていけるかと思ってた私が甘かったんです! 最近ようやく気づいたんです! だから今回のことは見なかったことにしてください! もうちょっとで! もうちょっとで天才になって戻ってきますから!」

「いや、別に俺天才とコラボしたいわけじゃないんだけど……」

「絶対闇也先輩にもコラボしたいと思ってもらえるVtuberになれますから!」


 「お願いします!」とふらふらのまま頭を下げる八坂。


 えー……こいつ、今自分で何を頼んでるのかわかってるのか怪しいんだけど、要は今俺は『今日見たことの記憶を消せ』って頼まれてるのか……?

 そんなんできないに決まってんだろ。


 ……大体、俺がここで「わかった! 忘れるわ!」って言って帰ったら、八坂はまた天才目指して体調崩すまで頑張るんだろ?

 さすがに、俺と言えど止める。


「いや、とりあえず……座れよ」

「あ、はいっ」


 俺が立ち上がって肩に手を置くと、何故かストンと床に崩れ落ちる八坂。俺は催眠術師か。


 別に立ってても座っててもいいんだけど……その状態で立たれると倒れそうで心配になる。


「確認するけど……八坂は俺とコラボするために真面目に頑張ってんだよな」

「真面目でも頑張ってもいないですがコラボはしたいです」

「そうだよな」


 それがなんで天才じゃなきゃ達成できないのかはわからないけど、その願いは、叶えてやろうと思えば、叶えてやれる。


 俺がコラボしようって言えば、八坂は俺がコラボ相手を選ぶのに天才とか人気とかは関係ないって気づくんだろうし。


 そして、正直に言えば、今日八坂と話した中で、俺の中の八坂への不信感はだいぶ消えてる。


 ……いや、全く認めたくはないんだけど。風無の言ってたことは全部嘘だと今でも思いたいんだけど。


 ただ、体調不良の中、必死に真面目がどうとか天才がどうとか言ってる八坂が演技をしてるようには、どう捻くれても見えなかった。


 八坂と案件をこなすことになれば、俺の悩みも解決するし、コラボしようって俺から言ってやってもいいかなってところまで気持ちが来てるのも事実だ。


 それを伝えればこの気まずい場所から逃げられるなら、さっさと伝えてもいい。

 ……ただ。ただ、だ。


 今までのことがある分、どうしても心の底から信じる気になれない人間不信な俺は、一つだけ八坂に聞きたいことがあった。


「……八坂、チャンスをやる」

「えっ…………何のですか?」

「それは聞くな」

「なんでですか!?」

「ただ……これに素直に答えたら、いいことがあるとだけ言っておく」


 できるだけ真剣な顔をして言うと、意味はわからないけど、という顔で「は、はい」と答える八坂。


 俺も意味深に言う意味はわからないけど、俺も散々意味わからない話は聞かされてきたからいいだろ。

 真面目な話を真面目な雰囲気でするのが一番苦手なんだよ。


「第一問」

「はい」

「俺を好きになった理由を答えろ」

「え? あ、はい。それは事務所で会った時に――」

「ああ、そっちじゃなくて――Vtuberの『闇也』にハマった理由の方だ」

「あ……そっちですか」


 聞くと、八坂の声は徐々にさっきの独り言を言ってた時のように小さくなっていく。


 何かを思い出しながら悩むように斜め上を見ていた八坂は、自信なさげに俺の方を見た。


「全部話すなら、長くてつまらない話になりますけど……いいですか?」

「素直だったら何でもいい」


 素直ポイントさえ高ければ。あとは俺でも納得できる理由だったら、何でもいい。


 すると、どうせ最初は「格好良かったから」とか言うかと思った八坂は、どうやらふざけてはいなさそうな雰囲気で話しだした。


「私が最初にVtuberって知ったのは、お姉ちゃんから話を聞いてからなんですけど」

「ああ、風無がデビューした頃か」

「あ、いえ、お姉ちゃんは元々見る側でVtuberが好きだったので、それで」

「へぇ」


 ってことは、俺がデビューするよりも前ってことか。


「ただ、私はそういうのはよくわからなかったので、結局見ることもなくて。Youtubeもあんまり見なかったので、あんまりわかってませんでした」

「……じゃあその頃は、何してたんだ?」

「一応高校生なので、その頃も勉強してましたよ? 今も学校では一応勉強だけしてます」

「あー……」


 真面目なんだな。


「……ってことは、あんまり遊んでなかったのか?」

「あ、それは――あっ、ゲームセンターとか行きまくってたんですけど勉強はできて!」

「素直ポイント減点」

「……友達がそもそもいなかったので、外で遊ぶとかいうこともなかったです」

「えっ……マジかよ」

「マジです」


 風無の言ってたこと……全部本当だったのか。

 そもそも八坂が真面目な奴なら、それも別に不思議なことではなくなるけど。


 普通に過ごしてて友達もできない気持ちは、俺もわかる。


「それで、私が冬休みの時に、お姉ちゃんからVtuberになるって言われて。何となくYoutubeを開くことも増えて。その頃に、闇也先輩の初配信に出会ったんです」

「……あぁ、初配信の時から見てたのか?」

「そうです。検索したわけでもなくホーム画面に出てきたので、今でもあれは運命だと思っています」

「そういうのはいいけど」

「これも素直な気持ちなんです!」


 笑って言う八坂。

 さっきまでは必死そうに話してたけど、今の八坂は話の中でだいぶリラックスしたように見えた。


「それで……Vtuberって生放送もするんだ、と思って、何も知らないまま見てみて」

「うん」

「あっ、ちなみにこの頃の私は本当に無知なので、むっちむちだったので、アニメとVtuberの違いもわかってなかったですし、中で人が動いてるっていうのもわかってませんでした」

「それはわかる」


 俺も最初は、これがミクちゃんですかって思ってた。


「だから、闇也先輩が何してるのかも、大してよくわかってなかったんですけど……ただ、それでも面白かったんです」

「嘘つけ」

「本当ですよ! 最初、これはアニメなのかなって思ったんですけど、闇也先輩の喋りは、現実に生きてる人の喋りで……しかも、私側の人の喋りだったんです」


 お前側ではないだろ、と今までだったらツッコんでいただろうけど。

 今までの話と、八坂の目を見ていたら、不思議と八坂の話にも納得ができた。


「人間なんかクソだー、友達なんていらねー、みたいな……聞いてると、私も同じだってなるんですけど、闇也先輩の場合は、それを面白く話せる力があって。私と同じだけど、私達が話せない分を、代わりに話してくれてるみたいな、感覚があって……」

「…………映画評論家か」

「いやっ、先輩が素直に話せって言ったんじゃないですか!」

「い、いや、そうだけど……」


 そんな、べた褒めされるとは思わないし……。

 恥ずかしいし、何ならもう八坂のこと見れなくなってる。


「だから、その……私にとっては、先輩はただの天才ですし……ファンになった理由は、Vtuberとか関係なく、闇也先輩の配信のファンになって、好きになってたからじゃないかなと、思うん、です、けど」

「…………」

「…………」


 ……うーん。


 どうする? この空気。


 告白された時なんかよりよっぽど照れてるし恥ずかしいんだけど。


 なんでこいつこんな真面目に俺について語れるんだよ。真面目かってツッコんでいいのか? 今。顔見れないからツッコめないけど。


「……せ、先輩?」

「……どうした」

「それで……いいことは、あるんでしょうか」


 小動物のように話す八坂は、俺がいつも困らされていた八坂と同一人物なはずなのに、それを忘れるほど――いや、何でもない。

 別に何も考えてない。


「はーっ……」


 こんな真面目な雰囲気作られた後じゃ、「君には俺とコラボする権利をあげよう」とか言って逃げられないんだけど。何してくれてんだこいつ。


 正直言って、もう悩む必要はなかった。


 今まで散々疑ってきたけど、今の八坂の話に嘘がある可能性なんて今微塵も考えてないし、純粋に俺のファンになったところからスタートしたらしい八坂に、お前とはコラボしたくないと言える人間でも俺はないし。


 俺は人見知りの同志には弱いんだ。


 ……じゃあ、言うか。ちゃっちゃと。


「……最近配信してない八坂はまだ知らないかもしれないけど」

「? はい」

「俺と八坂の案件動画が決まりかけてる」

「えっ……え、そうなんですか!?」

「なんか、新しいゲーミングノートパソコンが触らせてもらえるらしくてさ、ゲーム結構やってる枠の俺と、あんまやってない枠の八坂で配信してほしいらしい」


 言うと、本当に何も知らなかったのか目を丸くする八坂。


「で……俺はやるかどうか、今決めたから、あとは八坂に許可取りたいんだけど」

「え、はい……」

「あー……俺と配信してもらっても、いいか?」


 重たい口を動かして、らしくないことを言う。

 すると、八坂は一瞬フリーズした後――


「死にます!」

「は?」

「嬉し過ぎるので死にます!」

「……それは答えとしてはどっちだ?」

「当然やります! いえ、やらせてください! やった後に死にます!」

「わかりづれぇ!」


 今度は俺が告白する時並にドキドキしただろうが……。


 いや、八坂ならそう答えてくれると思ってたけどさ。

 元々駄々こねてたのは俺の方だし。


「……はぁ」


 ま、こんだけ喜んでくれるなら、言ってよかったか。

 目の前で病人が踊り狂ってる姿は見たくなかったけど。


「はぁ……はぁ……今死にそうです!」

「なら落ち着け!」


 ……こいつは結局、常人なのかおかしい奴なのか……。


 まあ、常人なら俺と出会うところまでやってないだろうから、八坂は真面目におかしい奴なんだろうな。


 それでも、八坂の性格を知った今なら、わけもわからず怯えてた頃よりは、仲良くできる気がした。


 そうして、あり得ないと思っていた俺と八坂のコラボ配信が、正式に決まったのだった。





 ◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇



 第一話ぶりに切りどころがわからなくて一万字近くなりました。申し訳ない。

 読んでくれた方、ありがとうございます。


 応援もありがとうございます。引き続きこの先も読んでいただけると嬉しいです。

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