第15話 八坂の本性

 真城さんに掛け合ってもらった結果、DanDan公式ツイッターに投稿された俺とDanDanのコラボ告知は一旦削除されることになった。


 しかしネットの海は広大かつ、蓄えた情報を手放さないという性質があるため、削除したはずのツイートは『あれ? あのツイート消えた?』という形でファンの間に広がることになった。


 既に俺と八坂のコラボがあると思ってぬか喜びしている視聴者も多くいて、配信中にもそのコメントはいくつか流れていた。


 真城さんからは、できるだけ八坂と一緒にやれるか検討してほしいと言われた。


 

 そして今日、その状態のまま三日ほど悩みを抱えながら何とか生きていた俺のもとには、


「闇也ってだらしないのに部屋だけは綺麗なの不思議だよね」

「知るか。帰れ」

「闇也が入っていいって言ったんでしょ!?」

「知るか。今は気分がポンポン変わるんだ」


 パソコンを壊したわけでもなく、ただただ暇だったらしい同期の風無が部屋を訪ねてきていた。


 ……そういえば、風無は風無で八坂がどうにかなって大変なんだっけか。

 もはや今はどうでもいいな。


「でさー、すみれが」

「どうでもいい」

「さすがに酷くない……?」


 酷いわけあるか。

 風無だって俺が今どうなってるかは知ってるだろうに。


「俺は今それより重大なことで悩んでるんだよ……」

「ああ、パソコンの案件?」

「そうそう……」

「すみれとやるって本当?」

「……やらない」

「え、やらないの?」

「……とも、言い切れない」

「ならやればいいんじゃないの?」

「いや、やらない」


 今ちょっと信念が揺るぎかけたけどやらない。

 やらないもんはやらない。


「じゃあどうすんの? 案件自体やらないの?」

「いやそれは……人が変わるか……どうにかなるか……わからないけど……」

「ふーん……」


 その辺は、俺が八坂とやらないと答えを出して、真城さんに聞けばわかるんだろうけど。


 でも、俺と八坂のコラボが検討されていたことが世間にバレてしまったせいで、俺はもうまともな思考ができなくなってしまった。


 俺は人の目に弱いんだ。人のことはどうでもいいし関係ないって言ってるくせに周りの目にめちゃくちゃ弱いんだ。知ってるんだ自分で。


 だから、ここで八坂とのコラボがなくなった場合にファンからどう見えるかを考えてしまう。


「……風無は、この案件とか、興味ないか?」

「え、どういうこと? 二人でやるってこと?」

「まあ、それでもいい」

「えー……いや、今やったらすみれの代わりみたいになりそうだし……」

「じゃあ単体でだったらどうだ?」

「えぇ……? それこそ闇也のファンになんか言われそうだし……大体それは私が決めることじゃなくない?」

「……そうだよな」


 もしかしたらこの面倒くさいのを全部風無に押し付けられるんじゃないかと思って言ってしまった俺を許してくれ。


 だけど、風無の言う通り、ここでコラボの告知が消えてメンバーが変わってたら、いろいろ言われるのは見えてるんだよな……。


 俺の配信で言われないわけがないし、何なら既に八坂も巻き込んでるから、今八坂が配信したら何も知らない八坂も説明しなきゃいけなくなる。


「……申し訳ないな」


 八坂相手だけど。

 いつも一人で生きたいとか何とか言ってるくせに、こうなると一人じゃ何もできないのが申し訳なくなる。八坂相手だけど。


「……そういえば、今八坂は――ああ、学校か」


 平日だもんな。言ってから気づいた。引きこもりだから。


「ああ、今日は家にいるの」

「へぇ? 学校ないのか」

「いや、学校はあったんだけど」

「ああ、ズル休みな」

「違うけど!?」


 よくあるよくある。今日は登校が面倒くさくなる日だったんだな。


「すみれはそういうことしないから……普通に、風邪っぽかったから休ませたの」

「え、あいつ風邪引くんだ」

「そこ驚くところじゃなくない?」


 だって元気ない八坂なんて想像できないし。


 今どうなってんだろ。いつもは会いたくないけど今は若干興味あるな。

 八坂って寝る時も元気なのかな。


「だからまあ、移したら困るって言われたから、今日は避難しに来たの」

「俺も移されたら困るんだけど」

「闇也は風邪でも配信するでしょどうせ」

「するけど」


 「今日風邪だから短めに配信するわ……」って言う台詞は頭に浮かんだ。


 それで言うと、八坂も全然風邪でも配信しそうだけどな。

 今はそもそも配信してないから、やってるとしたらゲームか?


 ただ、さっきゲーム立ち上げた時はオンラインじゃなかったから、さすがに寝てるのか。


 ……いや、移したら困るって言って風無をどっか行かせて、部屋で何かしてる可能性はあるか……?


「やっぱ信用できねー……」

「なに? すみれの話?」

「……そうだよ」


 姉の風無には悪いけど、俺の引きこもりアイは八坂は将来確実に何かやらかすと言ってる。


 将来のやらかし率94%。俺を巻き込む確率99%。今部屋で元気にしてる率100%。


「お前らは……風無とか真城さんとかはやけに俺と八坂にコラボしろって言ってくるけど、風無はなんか思わないのか? 八坂に」

「何かって?」

「将来危ない粉に手を染めそうだとか」

「自分の妹に思うわけないでしょ!?」


 もしくは今既に手を染めてるんじゃないかとか。

 あ。あのテンションの高さはまさか……?


「だからぁ……闇也の見てるすみれと私達が見てるすみれが違いすぎていっつも困惑するんだって……」

「それは自分の妹だからってバイアスが掛かってるからだろ?」

「違う違う……元々真面目な子なの。すみれは」

「……はぁ」

「信じてないでしょ」

「うん」


 シスコンになるとこうなるんだ、って思いながら聞いてる。


「学校でも家でも大人しい子だったし」

「へぇ」

「勉強も私より全然できるし」

「はぁ」

「先生とかにも礼儀正しい子だったしね?」

「どこまでが本当かだけ教えて欲しいんだけど」

「全部ホント!」

「全部ぅ?」


 さすがにそれは欲張りすぎだろ~。


 全部本当だとしたら八坂は元々真面目で学校でも家でも大人しくて勉強もできて先生とかにも礼儀正しいのに、俺の前では声を張り上げて家にも張り付いてきて一目惚れしたら「ぐふっ」って声を上げて倒れる奴ってことになるぞ。


「じゃあ配信の時めちゃくちゃ元気なのは?」

「まあ、私からしたら意外だったけど。元々、子供の頃はアニメとか見て凄いテンション上がる子だったから、一人の時はああいうテンションなのかなーって」

「ふーん……整合性を取りに来たか」

「だからぁ!」


 「全部本当だから! 本当だからね!?」と俺の肩を掴んで力説する風無。


 あーあ、この必死さがもう嘘くさいもんな。あと揺らさないで。気持ち悪い。


「大体……そんな嘘信じるわけがないんだよ」

「だからどこが嘘に見えてんのって……」

「そんな奴がいたら……そいつは、多分俺とめちゃくちゃ気が合うからな」


 学校でも家でも大人しい子で? 一人で喋る時はめちゃくちゃテンション高くて? 気を許した奴の前ではわりと話せる? そんな奴がいたら、話しただけで即俺と意気投合してるだろうよ。


 だってその場合確実にそいつは俺と同じ側の人間だし、有り体に言ってしまえば陰キャだ。


 その上俺のやってるゲームは全部やってるとか……。

 俺がラノベ書いたらそういうヒロイン作るわ。


「? 気が合うならいいじゃん」

「気が合わないから八坂はそういう存在じゃないってことだ」


 八坂と俺は気が合わない。だから八坂は陰キャじゃない。


 もしかしたら、俺に対して過剰に興奮する部分を取っ払ったら風無の言う通りの性格なのかもしれないけど――いや、そんな仮定はいらないな。


 八坂はそういう奴じゃない。これは確定事項だ。


「八坂は陰キャでもないし大人しくもない。絶対そうだ」

「……なんか、自分に言い聞かせてない?」

「言い聞かせてない」


 全部俺が本当に思ってることだ。

 八坂がそんな奴だとしたら、俺はあいつとコラボしなきゃいけなくなる……なんてことは考えてない。


 いや、なんだ。そもそもそんな奴なわけないし。今風無がしてるのは妄想の類だし。


「まあ、闇也と気が合いそうかって言うと……家で大人しい時のすみれは、確かに闇也と気が合いそうだけどね」

「いい、そういう真実味のある追加情報はいらない」

「今無理やり嘘ってことにしようとしてない!?」


 いいんだ。俺の中で八坂は化け物なんだ。そのままでいいんだ。

 別に認識を変えたいとも思ってないし、変えないと困ることなんてないし――


「闇也も、自分と同じような性格の人だったら信用できたりするんじゃない?」

「……結局コラボしてやれって言うんだな」

「だって今は闇也が困ってるから」


 闇也のためだから~、という顔で呑気に部屋の中を歩き回る風無。


 くそ、今日は自分の部屋に戻らない理由があるからっていつまでも居座りやがって……。


「別に悪いことないんだから良くない? すみれが大人しい子でも」

「もし八坂が大人しい奴だった場合……俺は八坂を信用してしまう」

「……良くない?」

「そうなった場合……俺は八坂とコラボしてしまう」

「……良くない?」

「…………いや、八坂は化け物なんだ」

「だから自分に言い聞かせてない!?」


 俺は今まで散々八坂に困らされてきた。わりと本気で悩まされてきた。普通にただただ迷惑だった。


 それが、今になって信用する余地があるかもしれないだとか言われたって、信用する気になるか?


 知り合いに昔お前のこといじめてた奴って実は良い奴でさ~って言われて信じる気になるか? ならないよな?

 だから、俺もこの話を信じなくて当然なんだ。


 八坂は俺と気が合う奴なんかじゃない。あいつは根っからパリピで元気だけが取り柄の、人の迷惑なんて考えたこともない俺が忌み嫌っているような女子高生なんだ。


 それが事実なんだ。それ以外あり得ないんだよ。


「いや、闇也が単純にコラボしたくない人なのはわかるけどさぁ」

「…………」

「今はコラボしないと闇也も困るかもしれないし……」

「わかった」

「えっ?」


 なら、俺はそれを信じ抜けばいい。


 自分を信じるのなら――この大嘘つきシスコンの言葉も、否定しまわないと気持ちが悪い。


「風無の話に真実がある可能性もある」

「いや真実があるっていうか全部真実……」

「ただ、真実があったとしてもそれは本性とは言わない。人は疲れた時こそ本性が出る」

「……そうなの?」

「そうだ」


 だから、と俺は隣の部屋と繋がった壁を指差した。


「今から八坂の本性――確認してきていいか」

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