第14話 言質取ったぞ
「じゃあ、コラボしてあげてくれない?」
「あー聞きたくない聞きたくない……」
風無がズカズカと部屋に入ってきた後。
予想通りの台詞に俺は思わず耳を塞いだ。親の「宿題やったの?」と同じくらい聞きたくない。
「なんでー。せっかく対処法まで聞き出してくれたのに」
「対処したくて聞いたんじゃねーよ……」
今日も八坂の居ぬ間に部屋にやってきた風無に俺の八坂との対話の成果を話すと、恩知らずな風無はすぐさま俺に追加のお願いをしてきた。
対価もなしに二連続で頼みを聞くほどお人好しじゃないってんだ。
「しょうがないから風無がコラボしてやれよ」
「意味ないでしょそれ」
「その答えは八坂にしかわからない」
「だって闇也とコラボしたいからって言ってたんでしょ?」
「まあな」
答えは既に八坂の口から出てた。
「ただ、先に言っとくけど、これはどれだけ頼まれても俺はこんな理由じゃ引き受けないからな。誰とコラボするかは、俺にとってはVtuber人生に大きく関わることだ」
「そんなにぃ?」
「そんなにだよ」
誰とでもコラボするコラボビッチな風無にはわからないだろうけどな。
俺みたいな、テキトーにコラボをしない人見知りがコラボすると、どうしてもファンから「この二人仲良いんだ!」という感想が出てくる。
勝手に「プライベートでも仲良いのかな!」みたいな妄想までされてしまうわけだ。
すると、そいつのいけない本性や悪行が明るみに出た時、嫌でも俺まで巻き込まれてしまうことになる。
たくさんコラボしたうちの一人なら言及しなくても許されるかもしれないけど、もしほぼ風無としかコラボしない俺が風無の炎上に言及しなかったら不信感を持たれるように、親しげな相手の炎上には巻き込まれざるを得ない。
その上で、もし炎上内容がヤバい奴で、仲良さそうなあいつも関係してるんじゃね……? となったら……ああ。考えるだけで気持ち悪い。
はい! 人間関係はクソ! 一人最高!
「俺は八坂はやらかす側の人間だと見てる。最低でも一年は見ないと信用できない」
「だからその認識……どっからきてんの」
「八坂の行動の全部から」
あいつのやってきた全ての行動が俺から見た八坂の評価に繋がってる。
つまりは自業自得ということだ。
「ということで、解決方法はそっちで考えてくれ。俺は頼まれたことはやった。原因は突き止めた。後は姉の出番だ」
「その原因を解決するには闇也の力が必要だってところまで突き止めたわけだけど?」
「知らん。俺の力なしで解決する方法は風無が考えてくれ」
とにかく俺はもうこの件には触れたくないんだよ。
触れる度にコラボを頼まれることは今日学習したからあとは風無に任せる。
「大体、八坂が学生の間はパソコン使える時間はあるから、最低限Vtuberはやれるだろ? 平日の昼配信が個性のVtuberとか」
「誰向けの時間なのそれは……というか、すみれが高校卒業しても続きそうな言い方だけど」
「一年見ないとコラボできないからな」
そうなると当然高校卒業まで八坂があの状態な可能性はある。
その場合八坂は突如配信しなくなったVtuberとして逆に有名になってるだろう。
「それに、元々二人分パソコン買えって俺は言ってたし。いい機会だと思えばいいんじゃね」
「いや……そっちの問題は別にそうやって解決できるかもしれないけど」
妹の心の方をどうにかしてくれよ、という顔で見てくる風無。
いや、甘えるな。
「俺は所詮お前らとは家族じゃない。他人だ」
「うん」
「風無は妹が倒れた時、自分じゃなく他人を頼るのか?」
「救急車に頼るけど」
「……だからダメなんだ」
「今のは質問が間違ってない?」
いーや間違ってないね。
とにかくそういうことを背負うべきは家族。
俺は後は知らない。
「とにかく……八坂のことなんて知らない俺はこの後何も気にせず配信する。風無も帰ってもらおうか」
「はいはい……そんなにコラボしたくないなら、私の方でやればいいんでしょ」
「そうだ。なんかめちゃくちゃヤバくなった時だけ俺に言ってもいい」
「なんでこういう時中途半端に優しいの?」
「優しくない」
俺が優しいのは自分にだけだ。
今のも隣の部屋がヤバいと俺に関わるから言っただけだ。
とにかく帰れ帰れ。しっしっ。
「じゃ、何か進捗あったら教えるから」
「あいよ」
そうして、最終的にはなんだかんだ関わらされそうな感じで風無は部屋を出ていった。
ま、風無になんと言われようと八坂とコラボすることはないからいいんだけどさ。
無事風無のお願いを断ることができた。それだけで今日は祝杯をあげていいわけだ。
俺の場合、もし風無とコミュ力勝負で戦ったら負けるしかないからな。
俺の主張を押し通して断れたところは称賛に値する。俺は自分には優しいんだ。
「……ふー。ま、言ったから配信でもするか」
風無の提案断れた記念ということで。
配信できない八坂の代わりに俺がゲーム配信をしてやろう。
そうすれば八坂の視聴者を吸収できるかもしれない。
「……ん」
というタイミングで、マネージャーからの連絡でしか聞くことのほとんどないスマホの着信音が鳴り、俺はスマホを手に取った。
ちょうど配信しようってところだったんだけど。あの人も大概俺の生活サイクルを熟知してるな。
「……あい」
『今日はちゃんと仕事のお知らせです』
「あい」
普通そんな前置きをする必要もなくマネージャーからの電話は仕事のお知らせです。
まあ、こう言うってことは嘘ではないんだろうと思いつつ、俺はパソコンを起動しながら真城さんの話を聞く。
『ゲーム大好きVtuberの闇也にはいいお知らせです』
「あい。早く言ってください」
『案件のお知らせです』
「え、俺に?」
『闇也君へのお知らせです』
もうそろそろうざいなその喋り方。迷子センターかよ。
……ただ、俺指名の案件? そんなことしてくれる企業があるのか? マジで?
案件っていうのはVtuberの場合、商品とかサービスとかの紹介をお仕事として企業から頼まれることなんだけど。
当然企業としては影響力の高い人に頼みたいから、人気のある人に案件が来るのが普通。
俺みたいなデビューして日の浅いVtuberとは無縁だと思ってた。
「Vスター側の指名じゃなく相手からの指名で?」
『不思議そうね』
「引きこもり用の案件とかなら不思議じゃないですけど」
「家から出ないあなたへ」みたいな商品紹介なら得意かもしれない。
『闇也君も大概自己評価が低いわよねー。今やVスターでFPSプレイヤーといえば闇也君よ?』
「そんなにじゃないでしょ」
『そんなにでしょ』
『実際闇也君が一番上手いじゃない』と言う真城さん。
と言われても、他人の配信見るより自分で配信してる俺は肯定も否定もできないけど。
ただ、真城さんの言う通りなら、やっぱり俺の人気にゲームの上手さはかなり貢献してるのかもしれない。
八坂が急にゲームの練習し始めたのも頷ける。
「……ってことは、ゲームの案件か何かですか?」
『惜しいわね。当たるまで言ってもいいわよ?』
「いや時間もったいないんで」
マネージャーとクイズやることに意味を見いだせないから早く教えて。
『答えを言うと、パソコンの宣伝ね。知らない? DanDanってメーカー』
「……DanDan?」
その心惹かれるメーカー名は、と思って周りを見るとモニターにDanDanと書いてあった。
「ああ! 今俺使ってましたけど」
『丁度いいわね~。そのメーカーの人が最新のゲーミングノートPCを触らせてくれるらしいわよ』
「おぉ! 今めっちゃ喜んでますよ俺」
この滅多に喜ばないことで有名な俺が!
あぁ~ノートPCかぁ。
確かにノートPCでどこまでやれるか俺も気になるし、案件らしく「メチャクチャいい商品デスヨコレェ!」みたいなテンションでいかなくても自然とやれるかもしれない。
もしいい感じだったら風無に勧めてやろうか。世界の違いに驚くかもしれない。
『それで、二台用意してくれるから、いっつもゲームやってる人枠の闇也君と、もう一人あんまりゲーム得意じゃない枠の子のすみれちゃんでやってくださいってのが大体のお話』
「はいはいはいはい」
『いいわね?』
「当然当然。ちょっと楽しみですよ」
『あ、いいのね。じゃ、私はすみれちゃんに知らせてくるから~』
「わかりましたぁ」
ふぅ~いや~、案件って言うから身構えたけど、ゲーミングノートPCでゲームするだけの案件か。
確かに俺でもやれるし、俺に頼もうと思った人は俺のことをよく見てる。お目が高い。
もしかすると俺がメーカーの商品使ってるところまで見抜いてたのかもしれないな。透視力も高い。
いや~楽しみ楽しみ。
「…………いやちょっと待ったぁ!」
ん!? 今真城さん最後になんか言ってなかったか!?
もう案件受けた気になって聞き流してたけどなんか重要なこと言ってなかったか!?
えー、メッセージで確認……いや電話だ電話! 聞きたいことが多すぎる!
『あ、闇也く――』
「真城さん!? すいません案件の話で確認したいことがあるんですけど」
『ああ。ちなみにもう先方に「オッケーでーす」って言っちゃったわよ?』
「軽いな……というか早いな仕事が……」
この人本当に仕事は早い人だったのか……。
『それで? 確認ってどの部分を?』
「最後の部分ですよ。すみれとか言ってませんでした? あと、もう一人とか言ってませんでした? さっきの案件の話ですよね?」
『何も聞いてなかったのね』
「何も聞いてませんでしたよ」
もう聞く必要のある部分は聞いたつもりでいたんだよ。
と思ってたら最後に一番重要な部分が明かされてたんだよ。俺が悪いよ。
「え、この案件は二人? って指定で?」
『そうね。コラボの方が人集まるし、そうしましょうかって』
「言ったのはどなた?」
『私』
「あなた?」
やらかしたのはあなた?
おいおいやっちゃったなマネージャーさん。
案件動画で俺がコラボだって? なーに言ってるだこいつ。
「というかその様子だと相手も俺のこと知らないんじゃないですか? 俺がよくコラボする感じのVtuberだと思ってるんじゃないですか?」
『まあ宣伝してもらえればいいでしょうしそんなに興味ないんじゃない?』
「悲しいことを言うな」
企業の人俺のこと好きなのかなってウキウキしてた頃の俺を返せ。
「え、ちなみに、もう本当に伝えちゃったんですか? 八坂に?」
『伝えようかと思ったけど、すみれちゃんはその辺り全部やる時に言ってくれればいいって言ってたから、先にDanDanの人に伝えたのよ』
「……八坂と俺が出るって?」
『そうね』
「八坂と俺が出るって!?」
『そうね』
この人は一体何を考えて……いやそもそもこの話を聞いてた時の俺は何を聞いてた!?
『ダメだったかしら』
「俺がダメじゃないと言うと思ってやったのかだけ聞かせてください」
『最近仲良いらしいから大丈夫かと思ってやったわね』
「仲良くないんだよぉ!」
それ最近よくされるネット民の勘違いなんだよぉ!
俺と八坂が実は仲が良いって噂が流れてるだけで全く仲良くないんだよぉ!
「っはー……大体なんで俺と八坂なんですか……八坂なんてまだド新人でしょ……」
『まあ、注目度の問題もあるわ。すみれちゃんは注目度から言って大型新人と言えるでしょうし、闇也君とのコラボは今一番期待されてることでもあるしね。熱が冷めないうちにできれば、二人にプラスになると思ったのよ』
「俺は熱が冷めるのを待ってたんだ……」
俺はアツアツのうちに召し上がるつもりなんて少しもなかったんだ。極限まで冷まして冷凍庫にしまわれるのを待ってたんだ。
なのになんでこう周りは俺にコラボしろコラボしろって強制して……。
「というか……言っときますけど、俺、八坂とコラボはしないですからね……俺の中でコラボしていい人間の中に八坂は入ってないので」
『あらら。本当にできない?』
「嘘のできないなんて言いませんよ」
『素直になってもいいのよ?』
「最高に素直ですよ今」
俺は八坂を信用してないから全くコラボする気はない。これ以上に素直な状態はない。
『あらー……さっきは内心結構喜んでたんだけど』
「こいつ引っかかったなって?」
『言質取ったぞって』
「大して変わらないな」
結局やってやった系だな。
「……ってことは、今からでもキャンセルはできるんですね?」
『ま、本人がやりたくないってことやらせたら事務所として問題だしね。先方には手違いがあったのでって、私が頭下げるスタンプ送っておくわ』
「だから軽いな」
DanDanの人多分いい人だなその様子だと。
「……じゃ、頼みますよ」
明日になって、手違いで八坂とやることになったってメッセージと頭下げるスタンプが俺に送られてくるのはダメだからな。
『一応言っておくと、一回言ったら結構な人が動き出す場合もあるから、話はよく聞くようにね』
「はい……気をつけますよ」
真城さんとの会話の時は特に気をつけるようにしておこう。
『まあ、そうねぇ。今回は私がやりたくて早とちりしたところも――――あ』
「…………『あ』?」
今、明らかになんか起こってなかった?
もしくは既に起こった何かを、たった今発見しなかった?
「……真城さん? え、真城さん?」
今俺がキャンセルを頼んで、真城さんが承ったって流れだったよね?
大丈夫? その流れ、正常に行われてる?
え? 真城さん?
「いやちょっ、不安になる沈黙はやめてくだ――」
『ごめん闇也君。もう、人が動き出してた後だったみたい』
「えっ」
その後、真城さんは『DanDanの公式ツイッターを見てみて』と言った。
不穏な空気を感じながらパソコンから言われた通りにツイッターを開くと、フォロワー数は1万程度のDanDan公式ツイッターの一番上には、現在進行形でやたら伸びているツイートがあった。
内容は、『Vスターから闇也&八坂すみれ×DanDanゲーミングノートPCのコラボ放送が決定!』というもの。
試しにブラウザを更新すると、俺が固まっていたうちにリツイートが何百と増えていた。
『……ダメかもしれないわね』
「……ダメかもしれないですね」
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