番外編 八坂、サムネマスターへの道

「失礼します!」

「なんか気合入ってんな……」


 俺と八坂は今のところ師匠と弟子という関係にあるらしい。

 これは、俺が八坂から身を守るために辿り着いた関係なんだけど、八坂がVtuberについて真面目な相談をされた場合、師匠な俺は助けなきゃいけないというデメリットもある。


 これは、そんな弟子がサムネ作りをマスターしようとした日の出来事。


「闇也先輩の元でサムネ作りの勉強をさせていただきます! 八坂すみれです!」

「……まあ座れよ」


 基本的に師匠だなんて呼ばれたくはないけど、そう扱われると少し良い気分だから困る。

 と言っても俺もまだまだ新人だけど、Vtuberについてのことなら、八坂相手でも教えるのはやぶさかじゃない。


「……で、なんだって。サムネの話か?」

「はい。闇也先輩に肩を並べるに辺り、さらに改善を重ねていくべき部分だと考えました」

「ああ。あとわかりにくいからその喋り方もういいぞ」

「でもこの喋り方をやめると先輩の部屋の空気で溶けますよ私」

「……なにお前凍ってんの?」


 喋り方がキッチリしてる時はカチカチだから溶けないってことか?

 ギャグもわかりにくいんだな今は。


「って言われても……教えることなんてたいしてないけど」

「いえ! 闇也先輩のサムネは私の数倍上をいっています!」

「よくそんなサムネだけで熱くなれるな」


 師匠は若干置いてかれ気味なんだけど。

 サムネ……サムネねぇ。


 サムネっていうのは、Youtubeで動画再生前に表示できる画像のことで、そこにインパクトのある画像やらでっかい文字やらを載せることで再生数も変わってくる、と言われてる。


 俺は内容の方が大事じゃないかと思ってるけど、テキトーな動画内の一部をサムネにしてるVtuberはほとんどいないし、八坂も気になるんだろう。


「サムネなんて貰ったイラストにデカい文字乗せれば何でもいいのに……」

「それ! それですよそれ!」

「ん?」

「私はとある筋から噂を聞いたんです……闇也先輩が、毎回サムネを三十秒も掛からず作り上げていると……!」

「風無から聞いたんだろ」


 とある筋も何も俺がサムネ作ってるところ見せたの風無だけだし。


「私はずっと不思議だったんです! サムネ作りなんて面倒くさがりそうな先輩が毎回配信でオシャレなサムネを使うのか!」

「そのイメージは師匠に結構失礼じゃないか?」

「その制作風景を私にも見せてください! そして教えてください! サムネ作りの極意を!」

「……好きにすればいいんじゃね」


 別に毎日してることだし。

 極意だとか言われるほどのものじゃないけど、見たいなら好きに見ればいい。


 そう言って俺がパソコンの前に座ると、八坂は微妙に離れたところからパソコンの画面を見てくる。


「……そこで見えてんのか?」

「バッチリ見えてますよ」

「ああ、そう」


 こういう時は遠慮するんだな、こいつ。

 じゃあとりあえずパパっと作ってやるか、と俺は画像編集ソフトを開く。


「一応なんか説明した方がいいか?」

「闇也先輩の副音声付きですか!? そんな、贅沢な……」

「じゃあ無言でやる」

「説明聞きたいです聞きたいです!」

「……簡単な説明だけな」


 俺としてはちゃっちゃと教えて、早く俺のフィールドから出ていってほしいし。

 今日は雑でいいからいつもより早めにやろう。


「まあ、まずサムネのサイズに視聴者が描いてくれたイラストを開いて……」

「はい」

「文字を入れる」

「はい」

「な? 簡単だろ?」

「あれ!? もうできっ……できてるーっ!?」


 漫画みたいなリアクションで後ろの八坂が驚いてる。

 なんか俺が無自覚に強い魔法使ってるみたいな反応やめろよ。


「今十秒も掛かってなかったですよ!?」

「まあこれは試しに見せただけだからな。いつもはもっと掛かる」

「あ、そ、そうなんですか?」

「今日配信に使うやつを作るとしたら……そうだな」


 俺は今作った画像を消して、再び新しい画像を開く。


「俺のファンアートを開いて」

「はい」

「文字入れて」

「はい」

「今日やるゲームのロゴも入れる」

「はい」

「な? 簡単だろ?」

「それでも十秒切ってるーっ!?」


 スマホでタイムを測っていたらしい八坂が画面を見て驚いてる。

 へー、十秒切ってるのかこれ。風無に見せた頃は三十秒掛かってたのに成長したな俺。


「しかも十秒チャレンジなはずなのに私の作ったサムネより圧倒的にバランスも良いし見やすい……」

「な? 簡単だろ? 良かったなこれで八坂にもできる」

「できませんよ!?」

「えぇ?」


 せっかく言われた通り見せてやったのに駄々をこねる八坂。

 こいつ、最初から俺の指導にケチ付けて居座るつもりだったんじゃね? 悪質だな。


「もっと、もうちょっと詳しく教えてくれませんか!? 今私はトリプルアクセルを見せられて『これでやり方はわかったね』って言われてる気分です!」

「いや、これでやり方はわかっただろ」

「そう言われた気分なんです!」


 実際言ったからな。

 えぇ? これ以上何教えればいいんだよ。


「正直これ以上教えることないんだけど」

「そんなこと言わないでくださいよ! 私も頑張って理解しようと――」

「じゃあ八坂も今ここで作れよ」


 それ見て悪いところ教えるから。

 それなら文句ないだろ。


 と、俺は立ち上がって椅子を空けるも、八坂は近づいてこない。


「……八坂?」

「あっ、え……っと」

「早く座れよ」


 そうやって時間稼ごうとしたって無駄だぞ。


 急かすようにポンポン椅子を叩くと、八坂は恐る恐る椅子に近づき、世界遺産にでも座るかのようにそっと椅子に腰掛けた。


「……ほわぁっ」

「俺の画像しかないけど、とりあえず作ってみろ」

「あっ……はい」


 さっきの俺のやり方真似るだけだし簡単にできるだろ。

 ……と、すぐ終わるだろうと俺は後ろで見ていたんだけど。



「…………できまひた」

「……11分56秒」


 何故かわからないけどカチコチ動いてた八坂は、途中で何度も微調整しながら十分掛けて一つの画像を完成させた。


 時間掛かった自覚はあるのか縮こまった様子で椅子に座ってるけど……やっぱりこいつ部屋にいる時間稼ぐつもりでやってんじゃねーのか……?


「……はぁ」

「どうでしょうかっ……」


 しかも、確かにやり方見せただけじゃあんまり吸収できてないしな……。


「じゃあ……最後にこれの悪いところだけ教えるから、あとは自分で練習しろよ」

「はいっ」

「そうだなぁ……」


 アドバイスするとしたら……と考えながら、目の悪い俺は椅子の横からモニターを眺める。


「まず色使いはこの前も言ったけど……なんだろうな。感覚的に見やすいとか見にくいとかはわかるだろ?」

「はいっ……」

「複雑なことは考えなくていいから、もっと単純に見やすくすればいいし……あとはー、文字のバランスか?」

「はいっ……」

「小さい文字詰め込み過ぎだし、もっと書くこと絞れば文字もデカくできるし……あと、この辺もな?」

「…………」

「……八坂?」


 そこで、返事をしなくなった八坂の方を見てみる。

 すると、なぜか完全に肩が上がった状態で固まってる八坂は、椅子の上でただただ姿勢正しく座っていた。


「……何してる?」

「…………へっ!? あ、何でもありません聞いてました聞いてました……」

「聞いてなかった奴しか言わない台詞だなそれ」


 なんで俺に教えろって言ってきた上でそっちが途中で飽きてんだよ……。


「いや、飽きたならもう……」

「違うんです違うんです! その……」

「その……なんだ」

「や、闇也先輩と……」

「うん」

「こ、こんな距離で過ごせてしまって、いいのかと……思って、しまって……」

「……距離?」


 言われてから、自分の立ち位置を見て、改めて八坂の位置を確認すると、いつもより赤く見える八坂の顔がすぐ近くにあった。

 モニターに近づいてるうちに、いつの間にか八坂にも近づいてた……らしい。


 ……え。なに。このラブコメみたいなシチュエーション。

 いや、俺はただ気づかなかっただけだけど――


「…………悪かったな」

「え、いや、悪かったなんてことは――」

「よし、帰ろう。八坂」

「えっ?」

「今日はもう集中できないだろ。な。八坂。帰ろうな」

「あれっ!? 先輩……浸らせてくれない感じですか!?」

「余計なことを考えなくなった頃にまた来てくれ」

「先輩!? 違うんですわざとじゃないんです! せんぱーい!?」




「ふぃ~~~……」


 そうしてようやく八坂を追い出した後、俺はやっと一人で落ち着いてパソコンに向かう。


 ああ、やっぱ一人だな――と安心感とともに椅子座ったところで、俺にさっきのことを思い出させる、違和感のある椅子の温もり。


「…………わざとじゃない」


 ……別に俺はあんなイケメンみたいなことをしたかったわけじゃない。


 ただあいつが指導しろって言うから近づいただけだしモニターが見えなくてモニターに近づいただけだし目が悪いから遠くじゃ見えなかっただけだしむしろ八坂のことなんて眼中にすら入ってなかったという証拠にもなるし――。


「……はぁ」


 配信しよ。






 ◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇



 はじめまして。読んでくださっている方には特に関係ないことなんですが、番外編を書くのが物凄く楽しくて困りました。

 この小説の場合、八坂が「先輩! ○○をしましょう!」と言ってくれればいくらでも番外編が見られそうだと思ったり。


 それはそうと、読んでくださっている方、応援してくださっている方、ありがとうございます。

 この先は少しラブコメ要素も増えそうなので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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