サウスロンドンから外れるけど紹介したいやつ

『Nothing Great About Britain』- Slowthai

 Slowthaiというラッパー/グライムMCは話題に事欠きません。2019年に行われたマーキュリー賞の授賞式ではボリス・ジョンソン(イギリス首相)の切断されたマネキンの首を持って登場。大きな物議を醸しました。


『英国には何一つ素晴らしいものがない』。


 まるでロンドンパンクの雄・SEX PISTOLSが、それまでのロック・ミュージックと彼らを取り巻く社会に対して全力でクソを投げつけた世紀の名盤『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols』を彷彿とさせる題目。この挑発的でセンセーショナルなタイトルは「向こう見ずな若者の怒り」であり、現在のロックが忘れ去ってしまった反逆の魂、そのアティチュードを現代に蘇らせる「パンク」のスピリッツそのものです。元OASISのリアム・ギャラガーをして「アイツは才能があると思うね。―—アイツは好きだ」と言わせる、暴れ馬の如き異端児・Slowthaiの紹介です。


 さてSlowthai。彼はいわゆる「ラッパー」と呼ばれるミュージシャンですが、より厳密に言えばラッパーではなく「グライムMC」と呼ぶのが適当かと思われます。同じラップで歌ってるけどどう違うの? と疑問を抱いた方に向けてラップとグライム、というか「ヒップホップ」と「グライム」の違いについて簡単に説明しましょう。

 ヒップホップは70年代後半ぐらいにアメリカで生まれた音楽で、一般的には、生楽器ではなくドラムマシンやサンプラーを用いて作成されたトラック/ビートと呼ばれるローテンポなリズムの上で、ラップという韻と独特のリズムを持った歌唱方法を用いる音楽です。

 対するグライムは00年代初頭にイギリスで生まれた音楽で、UK産ダンスミュージックであるUKガラージ/2ステップから派生したサブジャンルの一つです。内容としては2ステップやダブステップ(2ステップから派生したサブジャンル。2ステップとダブレゲエがミックスされた独特のキック感が魅力的)の上でラップを行うというものです。ヒップホップとの最大の違いは、グライムはダンスミュージックの文脈から生まれた音楽であるという事です。

 両者は出自こそ異なりますが非常にクロスオーバーな音楽で、グライムMCがヒップホップ的な曲をやっている場合もあるので違いが分かりづらいです。「2ステップ/ダブステップの上でラップを披露しているものがグライム」と理解するのが無難です。

 そんな感じでSlowthaiはグライム/グライムMCに相当するミュージシャンと認識されています。特にこのアルバムではグライムシーンの重鎮であるSkeptaが客演をしており、その色が強いです。


 Slowthaiの良さはカッコいいところです。特にカッコいいと思うのは彼のアーティスト写真で、他のグライムMCと比べて圧倒的にクールな印象を受けます。今年リリースされた2ndアルバム『TYRON』ではポスト・ダブステップのパイオニア・James Blakeとその盟友・Mount Kimbieとの三者で楽曲制作を行っており、手の付けられない暴れん坊というイメージとは対象的な、落ち着いたトーンのダブステップでしっとりとラップをしています。インテリ色の強いJames Blakeと共鳴するあたりSlowthaiという人物の「隠されたクールさ」を感じざるを得ません。

 また、新たなUKガラージの旗手となったダンスミュージックデュオ・Disclosureとも積極的にコラボレーションを行っており、そちらも目が離せません。


 10年代以降、海外や日本のシーンを問わずに「チルアウト」という単語が一つの共通言語になってきました。「チル」。つまりは「休憩」なのです。ですが10年代が後半に差し迫ると、世界には不穏な影が射し込み始めました。現在の「コロナ渦」に代表される社会情勢の乱れ―—いつまでチル休憩を続けるつもりなのか? ネオ・シティポップが象徴する「仮初の平和」。そういったものに反発・反抗を企てるミュージシャンが内外問わず現れ始めています。


 パンクの精神とエネルギーが、ヒップホップやグライムという方法論を用いて現代シーンに登場している。その一つの例がSlowthaiであり、今後のシーンを担う予感があります。チルアウトからパンクへ、時代は移り変わろうとしているのかもしれません。


 * * *


 特に好きな曲は二曲目の『Doorman』です。まずねMVがカッコ良すぎる。映画「トレインスポッティング」を大々的にオマージュしたまじでクールな映像。更に楽曲はMura Masaがやっているというのだから無敵。素敵。


■一曲選ぶならコレ 【Doorman】

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