『Blood Loss』- Puma Blue

 サウスロンドンシーンの最終兵器と(勝手に)目されてきたミュージシャン、Puma Blue。2018年の初め頃、まだどのようなミュージシャンなのか情報が乏しかった中で「こいつはやべぇ」と僕の半径数キロメートル圏内で話題になった逸材です。某webサイトでは「デヴィット・リンチの世界観」とも評されるダークで不可思議な夢心地、そして記憶の淵から呼び戻されてくるかのようなローファイ・ヴィンテージサウンド。ジャケットに写し出された深夜の波打ち際が、この作品が持つ「心地よい悪夢」のようなサウンドスケープを体現していると言っていいでしょう。Puma BlueのEP『Blood Loss』の紹介です。


 さてこのEP。個人的にはかなり思い入れの強い作品です。というのも当時(今はどうだかわかりませんが)Puma Blueのヴァイナルを手に入れるのが至難の技で、そもそも日本で流通しているのかさえ怪しかったのです。度々登場する会社の先輩と情報交換するなどしてヴァイナルを探し回ったものです。

 ヒップホップを中心にソウル・R&Bを取り扱っている老舗レコード屋・マンハッタンレコードに入荷した履歴があるとか、もう再販する予定はないとか……。色んな情報が交差するなかで、最終的に辿り着いた答えは「もう手に入らない」という残酷なものでした。そうして僕らは夢心地破れ、その敗北から数ヶ月以上の月日が流れていきます。

 が、そんな負け犬の日々は、ある日突然終わりを迎えます。それはいつものようにBIGLOVEレコードのオンラインショップを見ていた時のことでした。


「あ。待ってこれ入荷してんじゃん……ッ!!」


 そう。裏原宿を代表するインディーサウンドの名店・BIGLOVEレコードに極少数だけ入荷しているのを発見したのです。遂に、そして待っていた甲斐があった……!と。すぐさま会社の先輩にも連絡し、二人とも無事にヴァイナルを手に入れられましたとさ。因みに在庫はすぐに底を尽きたようで、もしも発見が数日遅れていたら手に入っていなかったと思います。この経験は「チェック癖」を身につける上で大切な教訓の一つとなり、現在の僕のアナログレコードライフの血肉となっています。この時に手に入ったのはEP『Blood Loss』とシングル『Only Trying 2 Tell U / Moon Undah Water』の二つで、EP『SWUM BABY』は未だに手に入っていません。欲しい。

 

 楽曲の話をしましょう。まずね、全曲最高です。それしか言いようがないです。ローファイ、ダウナー、独りよがり。この三要素はKing Kruleと似通っているポイントで、全体的なサウンドも同氏に近いと言えます。Puma Blueの方がよりヒップホップ的アプローチをしており、King Kruleとローファイ・ヒップホップの類似性について言及しましたが、実を言うとPuma Blueの方がローファイ・ヒップホップ的な作り方をしているように思えます。

 ネット上のコミュニティとして広がり、ヒップホップのサブジャンルとして一定の地位を築いた「ローファイ・ヒップホップ」。時を同じくしてダンスミュージック・シーンでもヴェイパーウェイヴに呼応する―—DJ Seinfeldらを中心にローファイ・ハウスが人気を集めました。両ジャンルに共通する点は「リスニング向けのチルミュージック」である事で、お茶の間でも大人気となったフレンチハウス(フレンチタッチ)の大黒柱・Daft Punkも、そのサウンドはフィルターハウスと呼ばれるローファイなものです。わざとローファイにすることで音楽に一種の魔法が掛かるという事実は、これらの音楽やPuma Blueを聴くことで再認識できると思います。

 ですがローファイなサウンドはそれ自体がデメリットを含んでいます。どれも似たような作品になってしまというか、飽きが早い。またサウンドとしての「行き詰まり感」も否めません。それもあってか、今年リリースされた念願の1stアルバム『In Praise of Shadwos』はローファイなサウンドスケープから意識的に抜け出したようなクリアな音色に変わっています(特にボーカルとか)。こうなってしまうとRhyeとあんまり変わらないのでは?と思ってしまいますが、EP『Blood Loss』の時点で「めっちゃかっこいいけど先がない感じするよね」と先輩と話していたので『In Praise of Shadwos』での変化は割と順当なものだったと思っています。


『In Praise of Shadwos』はPuma Blueのネクスト・ステップを感じさせる秀作ですが、『Blood Loss』は、恐らく後にも先にも、あの「奇跡的な瞬間」にしか生まれなかった「奇跡的な音楽」なのではないかと思います。スーパーレコメンドです。


 * * *


 シングル『Only Trying 2 Tell U / Moon Undah Water』も最高です。特に好きなのは「Moon Undah Water」。一時期こればっかり聴いてました。はい。


■一曲選ぶならコレ 【Midnight Blue】

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