『Cherish』- KIRINJI

 フレッシュな才能が続きましたがここで大御所というかベテランの登場です。最初に謝罪しますが、実を言うとKIRINJIについて語れる事は殆どないです。堀込泰行氏が在籍していたキリンジ時代については本当にエイリアンズくらいしか知りません。

 本当に、熱心なファンの方に怯えながら、それでも紹介したいこのアルバム『Cherish』。私的2019年ベストの本作をファン過ぎないフラットな視点でレビューしていきたいと思います。


 まずこのアルバムは、全体を通して一つの事が言えます。まじでグルーヴ感がエグい。どの曲も非常にリズムが美味しい。美味しすぎる。キリンジ時代とは違いシンセポップ的なアプローチをするKIRINJIですが、ベテランという単語では薄っぺいらいほどに「巧み」なサウンドメイクをしています。そして、思わず踊り出したくなるようなダンサブルな楽曲が多いのですが、どれも下品さが皆無。上品な大人のゆとりと言うべき、KIRINJIというバンドが到達した極上のグルーヴ感が全編にわたって発揮されています。

 そしてもう一つの大切なポイント。それは歌詞です。斜に構えたところのある毒気や皮肉が散りばめれた表現が多いのですが、それが巧みに、メロディとシームレスに接続されている事で見事に心地よさに変わっているのです。まじで歌詞の乗せ方がうますぎる。大人ってこう言うことか……ッ!

 

 さて楽曲に移っていきます。僕がこのアルバムで特に好きな楽曲は……全部なのですが、三つ選ぶとしたら一曲目の「「あの娘はだれ?」とか言わせたい」、四曲目の「Almond Eyes(feat. 鎮座DOPENESS)」、七曲目の「Pizza VS Hamburger」を推したいです。


 まず一曲目の「「あの娘はだれ?」とか言わせたい」はゆったりめなシンセポップという印象ですが、僕が特に好きなのは歌詞です。

 特に好きな一節は、


「たてがみも抜け落ちて 「あの人誰?」とか言われたよ」


 というところです。うまく説明できないけどなんか好きな箇所です。

 歌詞全体を見ると現代社会に対する批判や皮肉といったニュアンスが入っている事に気がつくと思います。「息できない クールじゃない 美しい国はディストピアさ」という一節が正しくそれですね。これを軽やかなダンスビートの上に無理なくシュッと入れてくるあたりミュージシャンの妙を感じます。


「Almond Eyes(feat. 鎮座DOPENESS)」は曲名にもあるようにラッパーの鎮座DOPENESSが楽曲に参加しています。きました鎮座DOPENESS、最高にカッコいいラッパーです。ベテラン勢の中でも一際異彩を放つ彼は、コンスタントな楽曲制作はもちろんフリースタイル界でもレジェンド的な立ち位置にいます。

 特に彼の持つ世界観はセンスの塊です。ファッションからフリースタイルに至るまで、鎮座DOPENESSという唯一無二の存在から作り出された「ヒップホップ」は「ハイセンスなサブカルチャー」としてのあり方をより日本らしい形で体現しているように思えます。

 KIRINJIはアルバム『ネオ』でもラップグループのRHYMSTERと「The Great Journey(feat.RHYMSTER)」という楽曲を制作しており、こちらも名曲です。

 この曲の歌詞で好きな一節が鎮座DOPENESSの、


「本当の事と 本当の事 だけで…… われわれは 繋がってゆける」


 という部分。

「本当の事と本当の事だけで我々は繋がってゆける」、それって普通じゃね? 上手いこと言えてなくない? とか思ったのですが、例えば「本当の事と嘘の事で我々は繋がっている」とした時に、この歌詞の意味が分かってくる気がします。

 大きな視野で言えば、このバースがポスト・トゥルースやフェイクニュースの時代について揶揄しているのだと気がつきます。ポリティカルな発言への是非についてはこのエッセイでは差し控えますが、この一見すると歪な歌詞表現がしかし歌の上では成立している事に、この歌やKIRINJIの持つ「ウィット」な面白さが現れているのです。


 最後に「Pizza VS Hamburger」を紹介します。この曲は同アルバムの中で最もグルーヴィーかつアップテンポな楽曲で、ダンスとシンセポップをこれまた大人っぽい嫌味な心地良さで包んだ歌詞表現で味付けをしています。

 この曲の好きな部分は「俺、ピザだな ピザだな」の二回目の「ピザだな」の言い方です。毎回言い方を変えてくるのですが、こんな嫌味な言い方のレパートリーがあったのかと思えるほどに、毎回僕の知らない言い方で「ピザだな」と歌うんですよね。ちなみに僕はハンバーガーです。


 いやぁ。やっぱこのアルバムは全曲好きです。完成度が高過ぎます。シティポップの正当な後継者とも言うべき成熟した大人のサウンドが頭からお尻までツーっっと繋がっている感じ。凄すぎますね。まじ。


 * * *


■一曲選ぶならコレ 【Almond Eyes(feat. 鎮座DOPENESS)】

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