オッサンは神(修正版)

みそたくあん

第1話

「トシアキ=ヨシムラ、年齢四十一歳、職業……か、神!?」


 にわかに広間が騒がしくなる。先ほどの少年が『勇者』と発表されたとき以上のざわめきだ。

 俺だけが冷静だった。なぜなら、神官が俺に使った職業やステータスを読み取る魔道具に頼るまでもなく、自分自身の職業を知っていたからだ。だって神だから。


 こちらに召喚されてすぐ、様々な情報が頭の中に流れ込んできた。この世界の構造、法則、気候、地形、生物分布、国家とその情勢――ありとあらゆる情報が流れ込んできて、それを全て理解できた。自分が異世界に召喚されたことも、そしてその過程で獲得した自分の職業と力についても。

 それによると、俺こと吉村俊明の職業は『神』。厳密には『現人神』で、人でありながら神の権能を操ることのできる、この世界における最上位の存在であるらしい。

 神なので当然不老不死。ステータスは、数値化することが無意味なほど全ての数値が高い。そして、あらゆるスキル――このゲームのような魔法世界における全ての技能と魔法を行使可能だ。すなわちそれは圧倒的最強であるということに他ならない。まさに神。


 肉体という枷を抜け出して本物の神になるためには、ヒトとしての煩悩を全て捨て去る必要があるらしい。それは全ての欲望を捨て去るということであり、本当の神になろうとする意志すら捨て去らねばならないということ。つまり、なろうと思ってなれるものではない。

 欲望のない人生、いや神生じんせいなんて、考えるだけで退屈だ。解脱げだつなんて真っ平御免だから、真の神になれなくても全く問題ない。せいぜいこの世界を楽しませてもらおう。


「納得いかねぇなぁ!」

「ちょっとユウくん、やめなよ」


 俺と一緒に召喚されてきたふたりのうちのひとり、職業『勇者』の竹中雄一(十六歳)が不機嫌な声を上げる。それを止めているのが同じく召喚されたもうひとり、職業『聖女』の石井あゆみ(十六歳)だ。ふたりは恋人の仲らしい。


「なんでそんなメタボのオッサンが神なんだよ! だせぇおっさんより、若くて将来性のある俺のほうが格上で当然だろ? あり得ねぇよ、その道具壊れてんじゃねぇの?」


 若者にありがちな『根拠のない自信』というやつか。この場の主役を一瞬で奪われたのが気に入らなかったとみえる。くだらない。しかし、くだらないことにこだわるのも若さというものだ。

 付き合うのは馬鹿らしいけど、若者の思い上がりを正すのは年長者の務めだ。ちょっと説教してやるか。


「若さと将来性だけで勇者になれるのなら、経験と知識を積み重ねた年長者がそれ以上になるのは至極当たり前だと思うけどね」

「ああんっ!? ケンカ売ってんのかオッサン! そのメタボ腹でオレに勝てると思ってんのかよ!?」

「ん? ああ、この見た目が気に入らないのか。じゃあ、これでどうだ?」


 スキル『環境最適化』を発動させると、俺の肉体は神の権能による強化にふさわしい外見へと変化、固定化される。

 体脂肪率三十パーセントを越えていた中年のブヨブヨ肥満体が、二十台前半くらいのピチピチ細マッチョに変化した。身長がわずかに伸びて頬の脂肪が取れ、地肌が透けて見えていた毛髪がフサフサになる。

 ここまで見た目が変化したのに、能力的には全く変化してないというのが逆に凄い気がする。神の力は外見程度では左右されないというわけか。

 おっと、スーツとトランクスがユルユルになってしまった。肩もパッツンパッツンだ。着ているものに『形状最適化』を付与しておかないとな。ついでにその他いろいろな魔法とスキルも付与しておくか。

 うむ、五年物の吊るしのダブルが、オートクチュールの新品同様になった。性能ももはや神器レベルだ。これを着ていればマグマの中でも深海の底でも生活できる。いや、俺は着てなくても生活できるけど。だって神だから。


「なっ!?」


 俺の一瞬での変化を見た竹中が絶句している。因縁をつける拠り所だった見た目には、もう文句をつけることができない。しかし、彼の俺に対する不満が失われていないことは、我を取り戻した彼の眼を見れば明白だ。心を読む必要もない。


「そんなもん、まやかしだ! オッサンはオッサンなんだからよぉ! 加齢臭くせぇオッサンが俺たち若者の出番に割り込んでくるんじゃねぇよ!」

「君は年長者に対する礼儀というものがなってないな。若さは永遠じゃない。君もいつかはオッサンになる」

「知るかそんな先のこと! オレは今の話をしてんだよ!」

「なるほど。では君にはオッサン、中年になるというのがどういうことか、今実感してもらおうか」

「な、なに!?」


 『高速演算』でシミュレートした未来予測を『思考伝達』で竹中へ送る。約三十年分の人生が僅か数秒で体験できるという、人〇ゲームも真っ青の高速プレイだ。

 しかも、単に竹中の行動をシミュレートしているわけではなく、世界そのものをシミュレートして、その中に竹中の人格を放り込むという精密さだ。恐ろしいほどの処理が必要になるけど、神だから全然問題ない。


 演算結果を送り込まれた竹中が動きを止める。今、竹中はこの世界で勇者としての人生を体験しているはずだ……おや、案外早く死んでしまったな。最初のダンジョンに潜ってたったの三日、罠に引っかかってモンスターに喰われてしまった。召喚されてから数えてもたったのひと月だ。あっけない。

 一瞬で一度目の人生を終えた竹中がハッと気を取り戻す。


「こ、こんなものインチキだ! まやかしに決まってる!」

「でもリアルだっただろう? 草原の風の匂いも見たことない料理の味も、モンスターハウスで生きたままスライムに溶かされる痛みも、現実と全く変わらなかったはずだ。けど、中年を体験してもらいたかったのに、たったひと月で死なれたら困るよ。中年になるまで、何度でも頑張ってもらうからな」

「なっ、おい! ちょっと待っ……」


 俺に向かって手を伸ばした格好のまま、竹中が再び動きを止める。シミュレーションを送り込まれて、脳が他の機能を処理できなくなったのだ。


「ユウくん? ちょっとアンタ、ユウくんに何したの!?」

「心配ない。ちょっとリアルな〇生ゲームを体験してもらってるだけさ。なんなら、君も一緒に体験するといい」

「えっ!?」


 ヒステリックな声で石井あゆみが喚く。放っておくと面倒だ。丁度二度目のシミュレーションが終了したことだし、一緒に三度目のシミュレーションに送り込んでしまおう。なに、ふたり分のシミュレートくらいなら大した負荷じゃない。神の権能をもってすれば朝飯前だ。

 しかし、二度目でも一年で終了とは不甲斐ない。竹中は本当に若さしか取り柄がないな。

 でも安心したまえ。中年になるまで何度でも繰り返してあげるから。この程度、神である俺には造作もない。


 都合十一度、石井あゆみにとっては九度のシミュレーションで、ようやくふたりとも四十歳に達した。彼らの感覚では二百年近い時間が経過したはずだけど、現実世界ではたったの十六秒だ。光陰矢の如し、時間の経過は想像以上に早いものだ。少年老い易く学成り難し。竹中も少しは学習しただろう。

 『思考伝達』を解除すると同時に、ふたりとも膝から崩れ落ちる。顔からは滝のような汗が吹き出し、顔色も真っ青だ。ちょっと負荷が高すぎたかな? なに、魔法で回復させておけば問題ないだろう。『疲労軽減リフレッシュ』でいいか。


「どうだったかな、中年体験は? 他ならぬ君たち自身が中年になるまでのシミュレートだ。少しは考えることがあったんじゃないか?」

「……」

「ううっ、ヒドイ、あんまりよぉ……」


 竹中は無言、石井は顔を両手で覆って泣き始めた。さもありなん。

 ふたりが中年まで生き延びられる未来は、高確率で俺たちを召喚したこの国から追われることになる。大きな力を持つ者は権力者に利用され、用済みになれば処分されるのが世の常だからだ。

 生き延びるには戦うか逃げるしかない。そして、戦って生き延びられる確率はほぼゼロだ。残った選択肢は逃げることのみ。

 国から追われたふたりは、一緒にいると高確率で見つかって殺される。生き延びるためには別れるしかなく、その後は竹中が辺境の貧村で農夫に、石井は暗黒街の安宿で体を売る娼婦になる可能性が最も高い。

 そして、どちらも五十を迎える前に死ぬ。それ以上長生きできるルートはない。若さと将来性を過信して、考えることも研鑽することも怠った暴力頼りの無能者にはお似合いの結末だ。


「吉村さん、先ほどは失礼な発言をしました。この通り、謝罪致します」

「うん、もう大丈夫みたいだな。謝罪を受け入れよう」


 立ち上がった竹中が、深々と頭を下げる。二百年以上の仮想人生経験は無駄じゃなかったようだ。礼儀正しくなり、言葉遣いも丁寧になっている。


「君たちがシミュレーションで手に入れた魔法やスキルは現実でも使用可能だよ。これからこの世界で生きていく助けになると思う。有効に使ってくれ」

「っ! そこまで考えて……ありがとうございます!」


 竹中君が再度頭を下げる。この調子ならこの世界でも真っ当に生きていけるだろう。


「あの、吉村さん!」

「ん? 何かな」

「あの、あなたの力でわたしたちを元の世界に戻せませんか!? あなたが本当に神様だというのは理解しました。だったら!」


 石井さん・・の頼みは至極当然だ。しかし、それはできない。神にもできないことがある。


「残念だけど、俺たちはもう元の世界には帰れない」

「そんな、どうして!? なんとかならないんですか!?」

「……元の世界は滝の上、この世界は滝つぼ、俺たちは水滴だと思って欲しい。上から下に落ちることは簡単だ。流れと重力に乗っていればいい。けど、下まで落ちて滝つぼの水と混じってしまったら、もう元の水滴には戻れない。滝を自力で上ることもできない。俺たちは滝つぼの水の一部になるしかないんだよ」


 俺たちは高位の世界から下位の世界に落ちてしまった。いや、引きずり込まれてしまった。

 高位世界の存在は下位世界の存在に比べて多くのエネルギーを内包している。世界を渡る際にそのエネルギーが勇者や聖女、神の力といった職業やスキルに変換されている。変換は不可逆で、もう元の高位存在に戻ることはない。唯一の例外は、解脱して本物の神になった俺だけだ。

 元の世界に帰るには神になるしかなく、神になればもう人には戻れない。


「俺たちはもう元の世界には帰れない。この世界で一生を終えるしかないんだ」

「そんな……」


 石井さんの目に再び涙が溜まる。暗黒街に落ちる体験シミュレーションがよっぽど堪えたんだろう。望郷の念に駆られても全く不思議じゃない。でも、それは叶わぬ夢だ。神であっても叶えられない夢だ。神は万能じゃない。


「おほほっ、若返りおった! 神とは凄いの。トシアキとやら、その方の力を余に貸すがよい! 魔族と魔王を屈服させるのじゃ!」


 俺たちがしんみりしているところに、場の雰囲気も弁えず口を挟むバカがいる。誰あろう、俺たちをこの世界に拉致・・した主犯、この国の王その人だ。

 肥え太った豚のような身体を覆い隠すように、派手な装飾の施された下品な服を幾重にも纏っている。そのまま演劇の悪徳君主として登場できそうな、悪趣味この上ない見た目だ。


「貸すわけねぇだろう、このカスが」

「ブヒッ!? なんじゃと!?」


 一瞬の躊躇もなく罵倒した俺に、豚王が目を白黒させている。召喚時に付与されるはずの隷属魔法が作用していないとは思っていないのだろう。神にはそんな小細工は通じない。だって神だから。

 竹中君と石井さんにかけられた隷属魔法も既に解除済みだ。これで、この国にこき使われて捨てられる未来は回避された。シミュレーションによって多数のスキルや知識も与えてあげたから、この国の庇護も必要ない。すぐにでも独立して生活していける。


 控えていた近衛騎士たちが剣に手をかけ、俺に殺気を飛ばしてくる。『貸す』と『カス』をかけた俺の神ジョークでは和まなかったようだ。


「勝手に呼び出しておいて力を貸せだ? 脳みそ腐ってんじゃねぇの? 召喚の魔方陣に仕込まれた隷属魔法があれば、なんでも言うことを聞かせられると思ったか? 生憎、神にはそんなもの通用しねぇよ。子供たちにかけられた魔法も解除済みだ」


 実際に召喚の術を行使したのは神官たちだから、これは教会ぐるみでの犯行・・だ。神を陥れようとは罪深い。全員に神罰が必要だな。


「そもそも、俺たちを召喚したのだって利己的な理由だ。さっき『魔王と魔族を屈服させる』なんて言ってたけど、この世界には魔王も魔族もいない。お前たちは、近隣の獣人や亜人の国を攻める戦力として俺たちを呼んだだけだ。領土の拡張と奴隷の確保のために、教義を歪めた欲深な教会と手を組んでな」


 この世界には、身体に獣の特徴を持った獣人や、長命で魔法に長けたエルフやドワーフといった亜人が存在する。彼らはそれぞれが独自の文化を持ち、独立した集落や国家を形成している。この豚王は、それらの他民族を魔族と呼び、蹂躙しようとしているのだ。

 その悪事の片棒を担いでいるのが、唯一神とやらを信奉している教会だ。本来は『全ての生き物は神のもとに等しく生きる権利を持つ』という教義なのに、『ヒトと違う姿をした獣人や亜人は、神の教えに背いたが故にヒトの姿を失った。なのでヒトよりも劣る存在』という風に教義を歪め、侵略の大義名分を与えたのだ。

 どこの国でもいつの時代でも、戦争の影にはいつも宗教が潜んでいる。そこに神や仏は存在せず、下種な欲望があるだけだ。


「ぐぬぬ、随分と余計なことを知っておるようだの。貴様は危険じゃ、排除せねばなるまい」


 豚王が右手を上げると、『シャラン』という音とともに騎士たちが抜刀する。実力行使に出るようだ。無駄なことを。


「うわっ!?」

「ひぃっ!? 剣がっ!?」


 突如、剣がダランと垂れ下がり、蛇へと変わる。騎士たちはパニックだ。腕に絡みついた蛇を必死に振り落とそうとしている。安心していい、その蛇は毒をもっていない。


「文字通り、神に対して手を上げたわけだけど、それ相応の天罰を覚悟してのことだろうな?」

「ええい、奇怪な! 剣がダメなら魔法じゃ! 魔道兵をy」

「『だまれ』」

「っ!?」


 スキル『みことのり』を使って豚王を黙らせる。詔は自分より下位の職の者へ強制力の強い命令を発することができるスキルだ。世界で最上位の職である神の命令に逆らえる存在がいるはずもなく、豚王は酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。


「お前は強欲で意地汚い、どうしようもない愚物だ。それに相応しい罰を与えてやる」

「~っ!? ……フゴッ!?」

「へ、陛下!? 陛下が豚になられた!?」


 豚が豚になったのなら何も変わっていないじゃないか、なんてね。まぁ、豚のように肥え太った男が本当の豚になっただけだ。大して変わっていない。

 呪いや肉体変化系のスキルではない。遠い辺境で飼われていた豚と豚王を『置換リプレイス』のスキルで入れ替えただけだ。

 先ほどの騎士の剣も同様で、森の中の蛇と剣を入れ替えたのだ。今頃は森の各所に大量の剣が転がっていることだろう。後で『引き寄せアポーツ』のスキルを使って取り寄せておこう。売れば当面の生活の資金にできる。


「フゴーッ!」


 体に絡まる服が気に障ったのか、豚が暴れ出した。飛び跳ねたり転がったり、メチャクチャに暴れて服を脱いでいく。あの服が気に入らないなんて、服のセンスは豚王よりいいみたいだ。

 最後の一枚であるカボチャパンツだけがどうにも脱ぎ捨られず、パニックになって謁見の間を縦横無尽に走り出す。騎士が突き飛ばされ、神官が踏みつけられる。


「騎士団、その豚っ、陛下をお止めしろ!」


 宰相と思しき初老の男が豚を捕まえるよう、騎士たちに命令する。どうやら豚が王だと勘違いしているようだ。俺が自分の外見を一瞬で変えたから、豚王も同様に姿を変えられたのだと判断したらしい。思惑通りだ。

 気に入らないからと豚王を殺してしまえば、俺はこの国から追われることになっただろう。たとえ全世界の人類が敵に回っても余裕で勝てるけど、大量虐殺は趣味じゃない。

 だからと言って豚王を許すわけにはいかない。俺はともかく、未来ある二人の子供を拉致誘拐したのだ。それ相応の報いは受けてもらわねばならない。

 そこで、本物の豚と入れ替えることにしたのだ。この豚は王として天寿を全うするまで生きられるし、肉にされることもない。幸せな一生を送れるはずだ。

 一方の豚王は、裸で辺境の農場へと転移されている。豚が一頭消えてるから、豚王が犯人と疑われるだろう。しかし豚王は詔によってしゃべることができないから、弁明も身分証明もできない。筆談をしようにも、辺境の識字率はゼロに近いし、それ故に筆記用具も流通していない。そのような政策を施したのは外ならぬ豚王その人なのだから、自業自得だ。

 豚王は犯罪者として処罰されるか、辺境からも追われて野垂れ死ぬことだろう。宰相たちは豚を王だと思っているから、本物を捜索することもない。惨めな死が待っているだけだ。


「さて、次はお前たち神官だな。二枚舌のハエトリトカゲと腹の黒いタヌキモドキ、どっちがいいか選べ」

「ひぃっ! か、神よ、どうかお慈悲を!」

「我らは王に命じられて仕方なく!」


 神官たちへと通告すると、彼らは震えあがって許しを請う。だが、神の名を騙っての悪行は看過できない。


「なら、動物に変えるのは無しにしてやる。その代わり、教会に所属する者全員に正しい・・・・教義の順守を誓ってもらおう」

「は、はい、もちろんです! 神の教えを順守いたします!」

「御心のままに!」


 神官たちが跪いて祈りの姿勢をとり感謝の意を表す。しかし、これで終わりではない。まだ罰を下していない。


「そうか。なら神として、お前たちが神の教えとして崇める『聖典』を順守できるよう協力してやろう。現在から未来永劫、『教会に所属する者は肉と魚、酒に触れると、死ぬほどの激痛が一昼夜続く』『淫らな行為に及ばないよう、教会に所属するものは不能になる』という祝福・・を授けてやる。聖典にも書かれている教義だ。問題ないだろう?」

「なっ!?」

「そ、それはっ!?」


 聖職者は犯すべからず、肉と魚、酒を口にするべからずというのは、教会の掲げる聖典に書かれている正当な教えだ。もっとも、守っている聖職者はほとんどいないけどな。元々、神じゃなくて教会が考えた教えなのにな。

 祝福と言いつつ、呪い以外の何ものでもないのはご愛敬だ。『僕の考えた正しい聖職者』としての在り方に協力しているんだから、祝福と表現してもおかしくはないだろう。


「問題ないよな?」

「は、はい……」

「……御心のままに」


 早速『呪詛』と『効果範囲拡大』、『効果時間延長』を最大出力で発動させる。未来永劫とは言ったけど、実は効果時間延長では三百年ほどで効果が切れてしまう。まぁ、俺には永遠に近い寿命があるんだから、切れ掛かったらまた掛けなおせばいいだけだ。

 これで、今まで享楽と美食に耽っていた背教者は等しく罰を受けることになった。神の教えを歪めた代償としては軽すぎるけど、これによって教会はゆっくりと衰退し、いずれ消滅することになる。悪徳宗教の犠牲者がでなくなると思えば、世界にとっては大きなプラスだ。

 宗教がなくなれば信仰もなくなるけど、実のところ、神は信仰を必要としない。召喚されたばかりの俺が神になってることを考えれば自明だ。宗教がなくても神は困らない。


 では、最後に後始末をしておきますか。


「この場に居る者全てに命ずる! 『勇者と聖女、神を追う事、呼ぶ事を終生禁ずる』!」


 詔で広場の全員に命令する。これでもう竹中君と石井さんは完全に自由の身だ。どこへでも行けるし、自由に生きていける。少なくとも、ここに居る連中が権力の中枢にいる間は大丈夫だ。少しだけでも時間を稼げれば、何処へでも行けるし更なる力を身に着けることもできる。もう怯えて生きる必要はない。

 呼ぶ事も禁じたから、今後新たな拉致被害者が出ることもない。


「さて、それじゃ行こうか」

「「はい!」」


 勇者と聖女を伴い、城から出る。

 ほどなく辿り着いた城下町で、引き寄せた剣を売ってそこそこの額を手に入れる。当面の軍資金だ。これを三人で山分けする。


「いいんですか? オレたち、何もしてませんよ?」

「いいよいいよ。これは俺からじゃなくて、この国から貰ったものだからね。拉致の賠償金としては安すぎるけど。これから別々の道を行くんだから、それぞれに路銀は必要でしょ」

「えっ!? 吉村さんはアタシたちと一緒に行動してくれるんじゃないんですか!?」


 石井さんが目を見開いて驚きを露わにする。申し訳ないけど、それは無理だ。


「俺が一緒にいると、いろいろな意味で君たちに良くない。大丈夫、君たちなら俺が居なくても生きていけるよ。だからここでお別れだ」

「そんな……」

「……」


 石井さんはまた目に涙を溜めている。このは少々情緒不安定なところがあるな。けど、竹中君が一緒なら大丈夫だろう。シミュレーションによって勇者らしい思慮深さと決断力を身に着けた彼なら、この世界でも石井さんを引っ張っていけるはずだ。

 俺の力は規格外すぎる。強いし死なないし、その気になれば世界そのものを作り替えることすらできてしまう。俺の近くにいるとその力の影響を受け過ぎる。ぶっちゃけ、人でなくなってしまう可能性が高い。彼らが望むも望まざるも関係なくだ。それはあまりにも無責任過ぎる。一緒にいない方がいい。


「吉村さん、今回は何から何までお世話になりました。この御恩は一生忘れません!」

「いいんだよ、困ったときの神頼みって言うだろ? 丁度、俺の出番だっただけさ」

「いえ、オレたちはあの時、自分たちが困っていることにすら気付いていませんでした。今こうして自由の身でいられるのも、全て吉村さんのおかげです。本当にありがとうございました!」


 竹中君の言葉に、俺は無言で微笑みを返した。本当にいい子になった。これなら真の勇者として世界に羽ばたいていけるだろう。


「それじゃ、俺はもう行くよ。ふたりとも仲良く、達者でな」

「はい、吉村さんもお元気で!」

「またいつか会える日を楽しみにしてます!」


 何の特徴もない、城下町の通りの片隅で俺たちは別れた。ふたりが生きていれば、またいつか何処かで会える。だから別れの言葉は口にしない。



 こうして俺は旅立った。目的地はない。世界の全てが目的地であり、帰る場所だ。

 気ままに歩き、気ままに船に乗り、気ままに竜に乗る、気ままな旅だ。

 どこかで伝説になるかもしれないし、誰の記憶にも残らないかもしれない。

 何かを成そうだなんて考えない。興味の赴くままに世界を見て回るだけだ。

 誰かを助けるかもしれないし、傷つけるかもしれない。ただ隣を通り過ぎるだけかもしれない。


 それでいい。困ったときに頼られて、助けた時に感謝される。そんな都合のいい存在で構わない。

 だって俺、神だから。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オッサンは神(修正版) みそたくあん @misotakuan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ